第4話 由奈の噂

夏の朝のラジオ体操が終わった公園にまた朝の静けさが戻って来た。

すると先程ベンチに腰掛けていた女性二人が戻って来て、同じベンチに腰掛ける。

しかし、その女性二人の表情はやはり暗かった。特に三十以上に見える女性の方は、かなり暗い表情だ。



「ママ‥‥追い出されちゃったね」


「‥‥‥ごめんね‥」


「ううん、いいのよ。だってママ一生懸命働いて体を壊しちゃったんだもの、仕方ないよ」


「本当にごめんなさい‥」


「いいよ。それよりママ、体の方は大丈夫なの?」


「ええ、今は落ち着いてるわ」


「ねえ、ママ。今回は私も一緒に行ってあげましょうか?ママの体の事も心配だし」


「ありがとう。けど‥いいわよ一人で大丈夫だから」


「本当に?」


「本当よ。ありがとうね。柚葉ゆずは



柚葉は、母親を心配そうに見つめながら言うと、母親の由奈は少し笑みを浮かべながら答えたが、その表情は少しやつれ疲れきっていた。

そんなお互いを心配し合う親子の名は、母親が 松塚まつづか由奈ゆな(35)とその一人娘の松塚まつづか柚葉ゆずは(17)。

この親子はこれまでいくつかの不幸に見舞われていた。

最初の父親は柚葉が一歳の時に不倫をして父親が不倫相手と逃げた挙句に借金をした為に離婚。2人目の父親はお金の使い方が酷く、また働かなく、挙句には金融商社から借金をして一年前から行方知れず。その金融商社からは由奈の名で借りられていた為に、身に覚えのない由奈には500万もの借金が由奈の方に降りかかった。

離婚をしたくても相手がどこにいるかわからなく、家庭裁判所の審判がいつおりるかもわからない。

親や親族に頼りたいが、一番最初の結婚の時、親や親族の反対を押し切り結婚した為に、絶縁状態になっている。

しまいには由奈が働きすぎて体を壊し、アパートの家賃を滞納し、アパートを追い出されてしまった。




「ねえママ‥今日会いに行く人は、ママの高校の時の知り合いなんでしょう?」


「ええ、私の二年下の後輩だった子」


「その人、ママのいままでの素性のこと、知っているの?」


「知らないと思うわ‥」


「そうなんだ‥‥じゃあ私何処かで時間潰して待っているわ」



そう母親の由奈に言うと、由奈は頷きベンチを立ち、何処かに歩いて行った。

ただ、その足取りはやはり重たく感じられる。



◇◇◇



朝のラジオ体操から柚葉と帰った俺は、ジャージのまま、またベッドに横になった。



「今日から10日間の夏休みなのに、柚葉のヤツに朝からラジオ体操に連れて行かれるとは。うん?確かラジオ体操は暫くあるのでは?て、ことは暫くは朝早くから柚葉に付き合うのかよ〜」



俺はそう考えると、いきなりドッと疲労感が増した。そして暫く俺は天井を見ながらボォーとしていた。するとフッとある事を思い出す。



「そう言えば、あれか十五年か‥‥‥あの親子、今頃どうしているのかな‥‥‥」



そう考えると、何故か梅雨時でもないのに、左腕の古傷が少しうずいた。


丁度そのころ、隣の翔先輩の家では、由奈さんが来るとの事で、散らかった部屋を片付けていた。まあ、明菜さんが毎日掃除をしているので、然程散らかってはないが。



「もうそろそろ由奈先輩が来るわね」



テレビの横の時計を見ながら話す明菜さん。



「ああ、ところで明菜‥」


「うん?なに?」


「そのな、由奈さんの事でちょっと噂を聞いたんだが‥‥‥」


「?」



翔先輩は少し神妙な表情をすると、明菜さんに自分が聞いた話を話し出した。



「由奈さん‥‥‥最初の旦那とは離婚したんだとか。しかも今の旦那とも離婚調停中だと聞いた‥‥‥」


「えっ!本当に!あの由奈先輩が!」


「ああ、そうらしい‥」


「じゃあ、今回ここに来るのはその事の相談なのかしら?」


「多分な‥‥‥」


「あの由奈先輩がそんな事になっていたなんて信じられない‥‥‥」



明菜さんは、由奈先輩の噂話を信じられない思いで、翔先輩の話を聞いていた。

それもそうでしょう。明菜さんはその由奈先輩の事を尊敬していたのだから。

高校時代の由奈先輩はかなりの美人で、頭も良くて人当たりが良く人気者だった。

だから由奈先輩の子供が生まれた時に由奈先輩に会いに行き、あの幸せそうな表情を見て、羨ましく思い、翔先輩のプロポーズを受ける気になったと明菜さんは翔先輩と俺に教えてくれた。(まあ、できちゃった婚ではあるが)


そんな由奈先輩が今苦しんでいるかもと思うと、明菜さんは何とか力になってあげたいとそう思っていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る