第十七話 人生は出会いと別れ、繰り返し

 夜ご飯を食べ終わり、食器を片付けた時、泉さんが僕に話しかけて来た。


「佐藤さんと田中くんは幼馴染で、仲がいいんだよね?」

「うん」

「そして、佐藤さんは田中くんが好きなんでしょ。田中くんは佐藤さんの事をどう思っているんだろ?」

「多分、ただの仲がいい幼馴染としか思っていないと思うよ。良くて親友かな」

「じゃあさ、佐藤さんは田中くんのどこが好きなのかな?」


 僕が泉さんを好きと思っている理由も分からないのに、他の人に事なんて分かるはずがない。


「僕は佐藤じゃないから分からないよ」

「そうだよね」


 僕は、泉さんが好きな理由は分からない。

 だけど、泉さんは僕の事をどう思っているのだろう?


「泉さんは、僕の事をどう思っているの?」

「私は月城くんの彼女だよ? もちろん、私は君の事が好き……」


 ここまでなら、僕も答えられる。

 でも、この先は……?


「君は僕の僕のどこが好きなの?」

「えっと……優しい所かな」

「それから?」

「顔?」


 何で疑問形なんだよ。


「他には?」

「ちょっと、どうしたの? なんか、いつもと雰囲気が違わない?」

「答えて!」


 僕が声を荒げると、泉さんが物音に驚いた子猫のようにビクンと震えた。


「…………」

 泉さんは何も言わない。


「君は僕の優しい所が好きだと言ってくれた」


 あれ? 僕は何を言っているんだろう。


「でもさ、僕より優しい人って、沢山いるよね」


 黙れ。

 そう強く思っても、自分は黙らない。


「君の彼氏は、僕である必要ある?」


 僕は何故こんなことを言っているのだ?


「あるよ」

「どうして?」

「……それは…………」


 このままじゃ、僕が泉さんに酷いことを言ってしまいそうな気がする。

 だから――


「ごめん。この部屋から出ていって。ちょっとだけ、独りにして」

「…………うん」


 泉さんが静かに部屋から出ていった。

 この日はもう、泉さんが僕の部屋に入って来る事は無かった。


 泉さんを追い出してしまった自分自身に、殺意すら覚えた。



 何故僕は泉さんを部屋から追い出したのだろう。


 その答えは、いくら考えても分からなかった。

 自分自身が、泉さんを好きだと思っている理由が分からないのと、同じように……。



***



 次の日――僕は泉さんに合わせる顔が無かったので、独りで登校した。


 しかし独りで登校したとしても、学校で泉さんと会う事になる。

 その時、僕はどうすればいいのか、登校中に必死になって考えた。


 僕は答えが見つからないまま学校に到着してしまった。


 泉さんと会ってしまった時、どうするか決まっていないが、学校の教室に向かった。




 教室に佐藤と田中がいた。


 二人が僕に「「おはよう」」と挨拶する。僕も「おはよう」と返した。


「あれ? 泉さんは?」

「今日はまだ会っていないんだ。まだ学校に着いていないの?」

「来ていないぞ。もう少しすれば来るかな?」




 一時間目の授業が始まっても、泉さんは学校に来なかった。




 授業と授業の間の休み時間に、田中が何か不安げな様子で話しかけて来た。


「泉さん遅いなあ。月城、何か知らないのか?」

「知らない」


 嘘だ。


 泉さんが学校に来ていないのは、きっと僕の所為だ。


「そっか……。泉さん心配だな。放課後、泉さんの家に行って来いよ」

「ごめん。今日バイトがあるんだ」

「なら、仕方ないな。俺が代わりに泉さんの家に行ってくるよ」

「…………うん……」


 元気なく答える僕。


「月城……?」


 田中が首を傾げた。



***



 昼休み。


 僕は田中と佐藤と一緒に昼食を食べている。


「おい、月城」


 泉さんは今何をしているのだろう。

 僕は泉さんにどうすればいいのだろうか?


「月城!」


 田中の声が耳に響いた。


「何?」

「どうしたんだ? ボーっとして。何かあったのか? 今日のお前変だぞ」

「ごめん。昨日は録画していたアニメを、夜更かしして見てたんだ。それで眠くて……」

「しっかりしろよ」


 僕は嘘をついた。

 眠いのは本当だが、何をしていたか――僕が言ったそれの答えは嘘だ。本当の事なんて、言えないから……



***



 下校中。


 泉さんは今日学校に来なかった。

 それを良かったと思っている僕がいる。


 僕は、泉さんと会いたくなかったのだと思う。そんな自分が嫌だった。


 僕は好きだと思っていた泉さんに、会いたくないと思っているようだ。

 僕は、泉さんが好きではなかったのだろうか?


 考えたくなかった。


 否定したかった。


 しかし、自分の考えを否定できるほどの説得力が、僕には無かった。



***



 アパートの前に着いた。


 僕は冷たいボロボロの階段を上り、泉さんの部屋のドアノブに手を伸ばし――止めた。


 泉さんと会うのが怖い。


 僕にはまだ、泉さんに会う勇気がない。


 無限に湧きおこる悔しさに飲まれないように耐えながら、自分の部屋の戸を開けて、その中に入った。



***



 僕はバイトを終え、アパートに帰った。


 そして、今日一日を振り返る。




 朝早くに起きてお弁当を作り、朝ごはんを食べ、学校に行く用意をしてから、登校した。


 放課後下校し、バイトに行き、晩飯を食べ、眠る。



 何の変哲もない、僕の日常。


 僕の生活はまた、何の変哲もない日常に戻った。

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