四章 僕と君 そしてみんなと……

第十五話 不安の種

「お前はさあ、泉さんのどこが好きなんだ?」


 田中が手に持ったほうきを壁に立てかけ、口を開いた。


 今は放課後だが、僕は田中と一緒に体育倉庫の掃除をしている。



 何故こうなったのか――

 事の始まりは30分ほど前に遡る。



 今日の体育の授業で走り高跳びをしたのだが、ジャンプした勢いで靴を飛ばしてしまい、それを体育の先生の顔面に命中させてしまった。

 その罰として、僕は体育倉庫の掃除をさせられている。


 田中は、先生の顔面に靴が当たった事を面白く思い、腹を抱えて大笑いした罰として、僕の手伝いをさせられる事になった。



 こうして、現在に至る。



 僕は田中の質問に「は?」と答えた。


「勘違いするなよ。泉さんが魅力的じゃないと言っているんじゃない。ただ、お前の泉さんが好きな理由を聞いているんだ」


「どうしてそんな事を聞くの?」

「何となくだ」


 僕は泉さんが好きだ。しかし、それは何故かと聞かれてみると、よく分からない。


「優しいから?」

「何故疑問形……? まあいいや、他には?」

「可愛いから」

「それと?」


 他に好きなところは……。

 少し考えて、あることに気が付いた。


「なんでそんな事を君に話さないといけないのさ」

「別にいいだろ?」

「良くない! ちゃちゃっと掃除終わらせて帰るよ」

「つまんねえな」


 僕たちは掃除を再開した。


 僕は、泉さんの好きなところをちゃんと説明出来なかった。田中が相手だからではない。僕が思いつかなかったからだ。


 僕は本当に泉さんが好きなのだろうか?


 そう思うと、不安になった。


 だから、精一杯掃除して体を動かして、不安を忘れようとしたが、忘れる事なんて出来なかった。



***



 アパートに帰って来た。

 アパートの僕の部屋には、先に帰ってもらった泉さんがいた。


 泉さんは僕が帰って来たので、読んでいた僕のマンガを閉じる。


「お帰り。遅かったね」

「うん。掃除、大変だったよ」

「あんなマンガみたいな事が本当にあるんだね」

「あの時は驚いたよ」


 高跳びの時に靴が飛んで行く事だけでも珍しいのに、飛んで行った靴が先生の頭にヒットするなんて……世界初かもしれない。


「話が変わるけど、泉さんは部活とかやって無いの?」

「部活? やっていないけど……」

「泉さんは、何か入りたいクラブ無いの?」

「月城くんは何部?」

「帰宅部」


(正確には『帰宅部』という部は存在しないが、何のクラブにも入らずに帰宅する人の事を帰宅部と呼んでいる)


「ふ~ん。私はね、料理部に入ろうと思ったんだ」


 どうしよう。泉さんが料理部に入ったら、何人死者が出るか分からない。

 全力で止めなきゃ。


「どうして料理部に入りたいの?」

「私、料理好きだから」

「なら、僕が料理を教えようか?」

「え? でも……」

「遠慮しないで」

「……なら、お願いしようかな」


 よし。大惨事を未然に阻止できた。


「そうだ! さっそく一緒に料理を作ってみない?」

「ハイ、先生!」


 初の泉さんとの料理のメニューは、泉さんが初めて僕のために作ってくれた、卵焼きとお味噌汁にする事にした。




 僕の監視の元、卵焼きとお味噌汁が完成した。


 泉さんは、料理について知らない事が多いから料理が下手なだけで、決して不器用では無かった。


 だから、僕が教えた通りに作った卵焼きとお味噌汁は、そこら辺の飲食店よりもいい味に仕上がっていた。


 正直、才能だけなら僕より上だ。


「どう? 私が作った卵焼きとお味噌汁は!?」

「うん。とっても美味しいよ」

「良かった」


 僕に笑顔を見せてくれた泉さんに、僕も笑顔を返す。



 今この時間が楽しい。それは確かだ。

 しかし何故だろう。心から、楽しめていない自分がいる。


 昨日までは、ちょっと前までは、こんな事無かったのに……

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