#2.1 死者からのメッセージ
すべての部屋の片づけが終わった後、僕はドラッグストアへ向かい、大量の薬を購入した。次から次へと薬を口に放り込み、一日の大半をベッドの上で過ごす日々を送った。日が昇り、月が昇り、また日が昇る。時間は刻一刻と過ぎていくのに、ずっと深夜の二時のようだった。
日を追うごとに人間としての機能を失っていくのを感じた。まるで孤独という名の形のない化け物が、僕の身体を丸ごと飲みこみ、僕を構成している感情や感覚、細胞ひとつひとつをどろどろに溶かしていくみたいだった。
「最期ぐらい、誰かに死ぬほど愛されたかったな」
僕の呟きに呼応するように、床に落ちていたスマホがぶるぶると震えだした。スマホのバナーには、Tellmoreからの通知が表示されていた。
遺族の心のケアを目的に作られたアプリTellmoreは、事前に自分の肉声や思考パターンなどを登録しておくと、死者になった後も、アバターを通じて生きているかのように話しかけてくることから、死人と会話が出来るアプリとして大ヒットした。このアプリの開発者が父だと知った時、とても複雑な気分になったのを今でも覚えている。
アプリを開くと、兄の姿をしたアバターが画面に現れた。
『おはよう、渚。今日から新学期だね。』
机の上に置いていたデジタル時計を見る。【九月一日】と表示されているのを見て、げんなりした。不快な思いをするぐらいならアプリを開かなければ良かったと後悔しながら、スマホを机の上に置こうとすると、再びスマホが震えだした。スマホ画面には、またしてもTellmoreからの通知が表示されていた。
『渚。学校で待ってるよ。』
「は?」
思わず携帯を落としそうになった。もちろんバグだと分かっているが、現実味を帯びた嘘に違和感を覚えた。
「嘘だったら許さないから」
いま家を出れば始業式に十分間に合う。急いで制服に着替え、玄関の扉を開けた。
行ってきます、と言いかけて、その口を閉じた。誰もいない廊下を見て、兄が生きていた頃、母が兄に弁当を持たせて笑顔で見送っていたのを思い出した。僕のせいで、彼らの日常を壊してしまった。
「・・・・・・ごめんなさい」
誰もいない廊下にひとり呟き、玄関の扉をガチャリと閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます