#1.2 死にたがりの少年

 母が亡くなった次の日、僕は数年ぶりに父と再会した。

「金は出すから絶対に医学部に合格しろ。いいな?」

 葬式会場を出た直後、父は僕に向かってそう言った。彼は時計をちらりと見た後、ズボンのポケットから車の鍵を取り出した。

「あのさ、前から思ってたけど、なんで医者にならないと駄目なの?」

「ああ?」

 昔から父の威圧的な声が大嫌いだった。生まれてから現在に至るまで、僕は父とまともに会話を交わした覚えがない。幼少期の頃から父は家を空けていて、母が定期的に彼と連絡を取っていることは知っていた。母は父との電話を終えた後、いつも泣いていたが、僕は知らないふりをした。

 父がどんな人間なのか、直接会って話さずとも容易に想像できたはずなのに。押し黙る僕を前に、父が深いため息をついた。

「俺は、お前のためを思って言ってるんだ。資格があれば食っていける。だから・・・・・・」

「嘘だ。僕のことなんて、本当はどうだっていいくせに」

「なに?」

 父が僕の首元を掴んだ。彼の眉間には深い皺が寄っていた。

「父さんが僕を医者にさせたいのは、兄さんが医学部を目指していたからだろ。父さんも母さんも、死んだ兄さんのことばっかり。そんなに兄さんが大事なら、十年前のあの日、僕を見殺しにすれば良かったじゃないか!!」

 僕は父の手を振り払い、葬式会場を後にした。

駅まで走り、出来るだけ遠くに行こうと、ドアが閉まる寸前の電車に駆け込んだ。終点で降ろされた僕は、波音を頼りに、海へと向かった。

「母さん・・・・・・、兄さん・・・・・・」

 どれだけ願っても、彼らはもう二度と僕の前に現れることはない。

 僕は人を不幸にする。だから、僕は死ななければならない。

「死のう」

 僕の足は再び駅へと向かっていた。

 帰宅後、僕は家中を片付け始めた。自分が死んだ後、特殊清掃業の人の手を煩わせないようにするためだ。

 自分の部屋、母親の部屋、リビングの順に片づけを終え、最後に兄の部屋の片づけに取り掛かった。机の引き出しを開けると、中からたくさんの紙が出てきた。

「なんだ、これ?」

 机の中に入っていたのは、昔、僕が兄に宛てて書いた手紙だった。

『にいちゃん、だいすき』

『いつもあそんでくれてありがとう』

『にいちゃん、またいっしょにあそんでね』

 手紙を読み終えた後、そのままずるずると床に倒れこんだ。生きることも死ぬことも許されていないような気がして、僕は兄の部屋に入ったことを後悔した。

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