第18話 彼と天使

事実は見たくない、

現実から逃げたい、

全て忘れたい。


楽しかったあの時間に戻りたい、

幸せだったあの時に戻りたい、

愛を感じていたあの日に戻りたい。


「見苦しい真似はよしなさい」


視界がまばゆい光に包まれる。

神聖な感じの雲と、

優しい感じの光。


白いワンピースに身を包んだ、少し賢そうな小人が視界に入る。

小人の頭には天使の輪っかのようなそれがついていた。

顔はなんとなく、私に似ている。


「現実を受け止めるのです。あなたが否定しようと、彼の決断は変わらない。いや、たとえこの場を誤魔化しきったとしても、根本的解決にはならない」


天使のような小人は続ける。


「だから、今あなたができることは、この現実を受け止めることだけ」


優しく、

ゆったりとした口調で彼女は告げる。


「過去を恨んではいけない」


歌うように、


「過去を否定してはいけない」


諭すように、


「過去を忘れてはいけない」


あやすように、


「終わり方が最悪だからと言って、今まで彼と過ごした時間まで、最悪にしてはいけない」


私に向かって、言った。


彼女の言葉は心に響く。

胸にすとんと落ちる、

その言葉の意味するところがすっと理解できる。

バカな私でも分かる。


彼女はすっと左手を掲げ、遠くを指差す。

それが指し示す先は、玄関。

まあ、そうだろうね。


私は小さくため息こぼし、彼に背を向けた。

そして、一歩踏み出す。


一歩、

一歩、

また一歩。

彼からどんどん離れていく。


「それでいいのです。彼から離れる、彼との過去を良き思い出として次へ進む。それが二人にとっての最良の選択肢」


私は進む。


彼との思い出とともに。

彼と別れて、生きていく。


幸せな過去は写真立てにでも入れて、

幸せなままにしておこう。

時が来たら、見返す時が来るかもしれない。

それが新しい人に見つかって、喧嘩になるかもしれない。


その時は、そいつに向かってこう言ってやる。


「忘れるくらい、幸せにしてよね」


ーー


私はそんな未来予想図を胸に描きながら、彼の家を後にした。

握るドアノブは少し重かったが、

開けてしまえば何も感じなかった。

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