第3話待ち時間 天使

「落ち着きなさい、視点を変えればこの状況も、そう悪くない」


ばさり、ばさりと、

神々しい光と共に『あの方』はやってくる。


「焦る必要もないし、慌てる必要もない。これはただの順番待ち。コンビニのレジの順番と大差ありません。ただ、時間が1分か1時間の違い。取り乱す程ではない」


柔和な微笑みを添えて、あの方は僕に語りかける。

白く可愛らしい翼をはためかせ、僕の肩にちょこんと座る。


「それに、この状況はチャンスといっても過言ではない。幸運と呼んでも許されるくらいに、喜ばしい状況と言えるかもしれない」


ゆったりと、落ち着いた口調。

頭にはどうゆう仕組みで浮いているか、原理不明の輝く金色の輪っか。


『あの方』ーーというか、今は僕の右肩にいるので『この方』と呼ぶべきなのだろうが、とにかく、この方は悪魔同様、僕にしか見えない、僕にしか聞こえない『天使』的な方である。

顔は僕ベース、なのだがまるで違う。

双子の妹、という感じだ。


純白の白い衣、

あらゆる不運を受け止め、いなす精神力、

全てを許す微笑み。

悪魔のせいでひりついた心が癒されるようだ。


「1時間、この場で待たなければいけない、それは愛しい彼女とそれだけの時間を過ごせるということ。その事実だけで十分に幸せではありませんか。かのアインシュタインもこう言ってました。

『熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられません。それが相対性というものです。』

少なくとも、あなたにとっての今の状況はそういうことです」


アインシュタイン、なんという名言。

流石は天使、人を元気づける言葉を知っている。


「それに、人は一緒にいる時間が長い程相手のことを好意的に見る性質があるようです。併せて、予想外の『おあずけ』時間ーー空腹は最高のスパイスです。本日のランチはきっと極上のものと感じることでしょう。そして、終わりよければ全て良し、というように、人の記憶には最後の部分が一番印象に刻まれます。それはつまりーー」


天使は、最後まで言葉を告げず、僕を見て微笑む。

僕は心中で、天使に向けて言う。


『美味しいランチの記憶が今日のデートの印象になる』


「エクセレント」


天使は短く微笑むと、ゆっくりと消えていく。


ーー

「どうしたんですか?顔が緩んでますけど、何か良いことでも?」


彼女の問いに『君と今一緒にいれるから』という言葉を返そうになったが、流石に不味いと思い、飲み込む。

代わりの言葉を、僕は笑顔で言う。


「いや、この状況もあながち悪くはないのなかな、ってね」


首を傾げる彼女に、僕は準備していた話のネタ帳を脳内展開する。

うん、楽しい。

とりあえず、僕にとっては1時間などあっという間だろう。

流石はアインシュタイン、相対性理論のわかりやすい例示だ。

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