005-つよくてニューゲーム

【聖王歴128年 青の月 16日】


<平凡な農村 ハジメ村>


 チュン、チュン……。

 窓から差し込む眩しい朝の光に、俺は清々しい気分で目を覚ました。


「ふぁ……」


 寝ぼけまなこを擦り窓の外を見ると、そこにはのどかな田園風景が広がっている。

 これは紛れもなく、懐かしの我が故郷ハジメ村の~……


「なんじゃこりゃあああああああーーーーーっ!!!」


 思わず絶叫すると、隣家の屋根でのんびりしていたノラネコが驚いて落ちそうになり、めっちゃ威嚇された。


「つーか実家じゃねーか! しかも俺の部屋っ!!?」


 これは一体どういう事だ???

 俺は確か、常闇とこやみの大地に居たはず。

 サイハテの街が大騒ぎになって、聖なる泉に向かって……そうだっ!


「エレナっ!!!」


『ふぁい~?』


 聖なる泉の精霊の名を呼ぶと、なぜか自分の腰の辺りから声がした。


「エレナ?」


『Zzz...』


 ベッドのシーツをそっと持ち上げると、俺に抱きついたまま丸まってる青い毛玉……もとい、水の精霊エレナがスヤスヤと寝ている姿があった。


「なにこれぇ……」


 意味不明すぎる状況に、俺は困惑するばかりだ。

 とりあえずこのまま呆けていてもどうにもならないし、とりあえずエレナの頭をつついてみた。


『……んにゃ? あれ? れれ???』


 あ、起きた。


『ひ』


「ひ?」


『っうひゃぇわああああーーーーーーーーっ!!!』


 突然おかしな悲鳴を上げたエレナに驚いた俺は、突然の状況に気が動転してベッドから転がり落ちた。

 直後、廊下からドドドドと慌ててこちらに向かって走る音が聞こえ、バンッと勢いよくドアが開かれた。


「おにーちゃん、何事!!? ……って、おにーちゃん!?!?!?」


 慌てて部屋に飛び込んできた我が妹サツキの目に映ったのは、自分の兄が女性を羽交い締めしながら口を押さえている姿。

 どこからどう見ても事案です、本当にありがとうございました。


「おとーさん! おかーさーん! おにーちゃんが部屋に女の子を連れ込んでるーー!! 誘拐事件ーーーーーーーっ!!!」


「ちょっ! おまっ! 待てやあああああーーーっ!!」



◇◇



 我が家の居間には皆が集まり、早朝から家族会議が開かれていた。

 父さんは難しい顔で腕を組み、母さんは少し困り顔で首を傾げつつ、妹のサツキはこんな顔(‐ω‐)で頷いている。

 まず、この状況に至るまでの時点でも驚いたのだが、どうやら今は聖王歴"百二十八年"らしい。

 目を覚ます前まで聖王歴"百三十年"だったのだから、実に「二年も前に戻ってきた」ことになる。



 時間は先に進むことはあっても、決して戻らない――。



 そんなことはどんな幼子でも知っている常識だからこそ、今の状況は全く不可解すぎて理解が追いつかない。


「えーっと……つまり、おにーちゃんは旅先で出会った精霊のエレナさんを助けようして、気づいたら自分の部屋に戻っていたと。しかも時間をさかのぼって二年前に戻ってきた~って事???」


「ああ、そうだな」


 自分で言っておいて何だけど、女性を部屋に連れ込んで羽交い締めにしていた上にこんな支離滅裂すぎる言動とか、信じる方がどうかしてると思う。

 サツキがそんなことを言い出したら、俺なら本気で心配してしまうだろうし。


「あたしはおにーちゃんは嘘を言ってないと思う」


「信じちゃうのかよっ!!」


 確かにサツキはずっと村から出たことが無いし、色々と世間知らずではあったけれど。

 さすがのおにーちゃんも、妹の事がかなり心配になってきたよ!


「だって、昨日ふつーに一人で寝てたじゃん! それに、おにーちゃんが家に女の人を連れ込む方が、現実的にありえないもん! まだ時間が戻る方が現実味あるよ!!」


「よーし分かった。一発殴らせろ!」


「うわーん! 暴力反対ーーっ!」


 サツキはそこに逃げるのが一番だと判断したのか、エレナの後ろに隠れてしまった。


「ってわけで初めまして! あたしサツキっ。よろしくねっ!」


『あ、はいっ。水の精霊エレナと申します』


 いきなりのんびりとした自己紹介タイムが始まってしまい、俺の怒りは完全に行き先を見失ってしまった。

 そんな俺の心境に気づいているのか、サツキが俺の方を見てニヤリと笑いやがるのが、なんとも小憎たらしい。


「それにしても、おにーちゃんが言ってた話がホントだとすると、何だかすごく遠くに連れて来られて大変だったね~。嫌じゃない? 大丈夫?」


『そんなっ。もしカナタさんが居なければ私は消えてしまう運命だったのですから! 感謝はすれど、嫌だなんて……!』


 率直に答えるエレナを見て、サツキはウンウンと頷きながらくるりとコチラを振り返った。


「おにーちゃんにはもったいなさ過ぎるくらい良い子だよ!」


「やっぱり一発ぶん殴ってやる!!」


 再び兄妹でドタバタと騒いでいると、母さんが大皿を持ってやってきた。


「はいはーい。いったん難しい話はやめて、まずは朝ご飯にしましょ~」


 そう言ってテーブルに置かれた山盛りの黒パンとスープ入りのカップを見て、何だか凄く懐かしい気分になった。

 そういえば冒険に出てから一度も実家に戻ってなかったし、母さんの作った食事は二年ぶりだ。


「母さんの食事、なんだか久しぶりで嬉しいな」


「あらあら~。いつも毎日同じで飽き飽きって言ってるのにねぇ~」


 うーん、旅に出る前はそんな感じだったっけな?

 そして皆が黒パンを手に取り始めたものの、エレナだけが困惑気味にその様子を眺めていた。

 ……あっ、もしかして!


「ひょっとして、こういう食事は初めて?」


 俺の問いかけにコクコクと頷いたエレナは、そっと黒パンを手に取ると不思議そうにそれを見つめた。


『知識としてはあるのですが、聖なる泉からマナを供給されている間はそういった行為は必要無かったので……。ですが、今は経口摂取によるマナの補給が必要な状況ですね』


 経口摂取って言い方が何ともお堅いけれど、要は食事が必要という事だな。


「とりあえずパンをちぎって、このスープに浸して……」


『ふむふむ……』


 見よう見まねでエレナはモグモグと口に含むと、ゆっくりと飲み込んで……パッと明るい笑顔になった。


『元気になれた気がします! なんだか胸の辺りが暖かい感じでっ』


「あはは、そりゃ良かった」


「エレナさん、遠慮しないでどんどん食べてね~」


 俺達がそんなやり取りをしていると、これまでずっと難しそうな顔で黙っていた父さんがついに口を開いた。


「私もカナタの言う事を信じようと思う」


「えっ」


「そもそもお前は演技なんぞ出来んだろう。むしろ、今のやり取りが全て偽りならば、逆にその方が驚くぞ」


 サツキとほぼ同じ事を言っているものの全くもってその通りすぎて、ぐうの音も出ない。


「……だが、働きもせず毎日を過ごしていたはずのお前が、なぜ旅へ出るに至ったのか経緯を知りたい。一体、何があった?」


 うっ、これはあまり聞かれたく無かったんだけど……。

 しかし、ここで無駄に黙秘したところで余計に話がややこしくなってしまうので、俺は観念して事の始まりを語り始めた。


「確か、青の月の十六日の昼過ぎに、村に盗賊団が現れて――」


「何だとっ!!!」


 俺が話している途中にも関わらず、父さんは焦りの表情で立ち上がった。


「え、え、どしたの???」


「今日がその青の月の十六日だぞ!!」


「えええええっ!?」


「い、いや、話に割り込んですまなかった。それからどうなった?」


「えーっと……」


 その日、やる事もなくて街をぶらついていた俺は、見事に盗賊団に遭遇して絡まれた……というかボコられた。

 正直、俺みたいな無一文の平民を襲ったところで無駄だろうだとは思うのだけど、盗賊団のリーダーが村を襲撃しようと宣言した瞬間に目の前に居たものだから「ついでに」でやられた感は否めない。


「んで、通りすがりの勇者カネミツがそいつらをやっつけて、お……」


『お?』


「……お礼もカネテ、魔王退治を手伝おうとオモッテ旅についてイッタ」


「おにーちゃん、何で棒読みなの……」


 それは「俺に手当てをしてくれたセクシーなオネーサマが美人だったからついて行った」が真相なのだけど、さすがに言えるわけがない。

 ちなみにそのオネーサマは次の街であっさりと勇者パーティから離脱してしまったため、我が目論見もくろみはわずか数日で崩れ去ったというショボいオチが待っていたのだが。


『じーーー』


 何故かエレナが俺をガン見している。


「何?」


『えっ、いえっ。えーっと、カナタさんはその盗賊団のところに行かないのかなーって』


「何でだよ!? ボコボコにされるって分かってんのに、近づくわけねーだろ!」


 いきなりなトンデモ提案に俺は思わずツッコミを入れたものの、当のエレナはキョトンと不思議そうに首を傾げている。

 それから、エレナが目を凝らしながら俺に両手をかざし、何かを目で追うような仕草でフムフムと呟いた。


「何???」



【簡易ステータス表示】

レベル:99

名前:カナタ

職業:シーフ

内容:人

性別:男

属性:無

年齢:20



『やっぱり……。カナタさんの能力値ステータス、聖なる泉に居た時のままです』


「なぬっ!!?」


『私が頂いたネックレスもそのままですし、もしかするとカナタさんの所持品も……?』


 エレナはそう言うと、胸元の宝石を嬉しそうに撫でた。


「ってことは、もしかして!」


 急いで寝室に向かうと、ベッドの横に小汚い革のバッグが無造作に転がっていた。

 何度も手縫いで付け直したボタンを開けて中身を確認すると、サイハテの街で数ヶ月かけて貯めた旅の資金や愛用のダガー、鍵開け用の魔道具など一式が全て揃っている。


「……」


 俺は無言で自室の鍵を閉めると、ドアノブに向けて手を掲げながら目を瞑り、呪文を唱えた。


「アンロック・ゼンシュ!」


 カシャンッ! と軽快な音を立てながら部屋の鍵が解錠された。

 ちなみにこのスキルは、かなり高度な封印がかけられた宝箱や扉ですら問答無用でブチ開けてしまうシロモノで、俺がこれを習得したのは常闇とこやみの大地へ向かう直前だった。

 当然ながら実家暮らしだった頃の俺に、こんな芸当なんぞ出来るはずがない。


「マジかよ……」


 呆然と呟く俺の横にやって来たエレナは、俺の両手をぎゅっと握った。


『今のカナタさんなら、盗賊団なんかに絶対負けないと思います。だって、ずっと独りで、何ヶ月も手強いモンスター達を倒し続けてきたんですよ?』


「……」


『そなたはもう十分に強い……この言葉に、一切の嘘偽りはありません』

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