27. Tell the humans

「……大体わかった。セッカがくずもりんに対して過保護ってこととかね」

「おちょくるなら帰れ……お前だってボロボロなんだろ」

 美里と刹華は、斜陽が焼く廊下をゆっくりと歩く。刹華は傷が深く、結局キャリーケースを引く美里に肩を借りている。

「じゃあ、くずもりんは赤い饗獣とかいうアイツらの一員で、セッカを殺そうとしたけど、それは自分の居場所を守るためだったってこと?」

「ゆうりの言葉を、信じるならな」

「……思い出したらムカついてきた。くずもりんは、なんであんなクソ野郎共と一緒にいたのかねぇ」

「知らねぇよ。でも……」

 刹華は、もしかしたらの話を考えた。

「生まれる場所は、選べねぇからな」

 もしかしたら、と、自分の辛い過去と重ねていた。

「なるほどねぇ……まあ、取り敢えず今はいいや。で、セッカ。ウチら何処に向かってるワケ?」

 目的地は、すぐそこに近づいていた。

「そこだ」

 放送室。通常用事のないその部屋を、刹華は示す。

「放送室? ここに何の用が……ってか、鍵開いてんの?」

「分かんねえ。開いてなかったら駄目だ」

「無計画過ぎんだろ……お、開いてるわ。この学校、防犯意識大丈夫?」

 重たい扉を開くと、案の定見慣れない機械が所狭しと並んでいる。

「……霧山、どうやったら外に放送出来るんだ?」

「それも分かんなかったのかよ……ええっと、電源がここで、これがこっちで……」

 機械を弄る美里が、途中で何かに気がついた顔をした。

「……なんかさ、最近セッカの考えが少し分かってきたかも」

「……気持ち悪いな。何なんだよ」

「そういうことなら、ウチも乗るって言ってんのさ……いよしっ。テステス、マイクテス、本日は晴天なり……」

 マイクを試し終えた美里は、刹華にマイクを譲らなかった。

「近隣の皆様ー、夕方忙しい時にごめんねー! ちょっとだけ煩くなるかもしんないけど、聞いてくださーい!」

 勢い良く放った美里の言葉は、若干のハウリングと共に三田ヶ谷中に響き渡る。




「……何だありゃ」

 パトカーで白明学園に向かっていた警官達は、目的地から鳴り響く声に耳を貸す。

『きこえてますかー? っても、返事できないか。噓みたいな話なんだけど、ウチらはさっき赤い饗獣っていう犯罪組織に襲われたんだわ。連中は都合の悪い人や、レッダーを狙う傾向があるみたいなんだよ。もしかすると今後も、ウチらが狙われる可能性は充分ある。だから、みんなも巻き込まれないように気をつけて欲しいって話が一つ』

 警察達は、パトカーを走らせながらも、妙な事を始めた女子高校生を訝しんでいた。




「ちょっと、あの声美里じゃね?」

 他校の生徒も、その声を聞いていた。

「えっ、マジ? 美里ってレッダーだったの?」

 数人の女子生徒か、スマホを掲げてその音声を記録していた。

『それ関係でなんかヤバいってなった時は、警察かウチらに知らせて欲しい。ウチらは多分警察よりフットワークは軽いけど、警察の方が権限が強い。その辺は臨機応変によろしく!』

 美里に対する印象が変わりつつある集団の中で、一人の女子生徒が物申した。

「……でも、トモダチじゃん? あいつの時々妙に熱いとこ、私は嫌いじゃないんだよね」

 それは、かつて火神を見つけた垢抜けた女子生徒だった。その発言を受け、他の者達は同意や疑いの声を上げる。

『あと赤い饗獣! 聞いてるか! お前らにも言いたいことがある!』

 美里の声は、次第にヒートアップする。




 とある廃屋。ゼロスリーはゼロツーを休ませながら、味方の救援を待っていた。まだ毒が抜けきっていないため、二人共思うように動けなくなっている。

『ウチらのダチを傷つけやがったのは、絶対に許さねぇ! 今度そのツラ見せた時は、生きてたこと後悔させてやっからな! 覚悟しとけ!』

 街中に響き渡る声に、ゼロスリーは笑った。

「……なんね、えらい喧嘩売られとんなぁ」

 ゼロスリーは、意識がないまま魘されているゼロツーを撫でる。

「人の為に怒る、か……ゼロファイブが変わったのも、あの子らの影響でん受けらしたんかな……」

 その表情は意外にも、子の成長を喜ぶような穏やかなものだった。




「ってな訳で皆さん、お騒がせしました! ……いてて、少し熱くなっちったわ」

 マイクのスイッチを切った美里は、ひと仕事成し遂げたような顔をしてその場に座り込んだ。

「お前……」

 突発的な美里の行動に、刹華は啞然としていた。

「え? だって、セッカだってこういうことしようと思ってたんでしょ?」

「いや、そうなんだけどな……」

 そうではあったのだが、こんなに激しくするつもりはなかった。そして、先に話され、話すことが殆どなくなってしまった。そんな文句を言っても仕方がないので、何も言えなくなってしまう刹華。

 そこに、新たな刺客が舞い込んで来る。

「貴方達、何をしてますの!」

 栄花リオンが、放送室に突撃してきた。

「お、リオン。金山田パイセンはどうだった?」

「あの方は意識を取り戻しましたわ。大変取り乱していましたが、服が無いままではまずいので、その辺のカーテンを羽織らせて……ではなく! どうしてそんな勝手な行動をしているのかと聞いているのです!」

「皆に報告しておかないと危ないじゃん。あと、ウチの怒りも収まんなかったし」

 美里は反省する素振りを見せない。その様子を前に、リオンは取り乱すのも馬鹿馬鹿しくなり、一度無理矢理落ち着けた。

「……先程の美里の放送で、大体の事情は察しました。貴方の乱暴なお気持ちはともかくとして、確かに近隣の皆様への注意喚起は必要かもしれませんね」

 リオンはマイクへと歩み寄り、さも当然のようにマイクのスイッチを入れた。

「三田ヶ谷の皆様、お忙しい所失礼致します。わたくし、白明学園二年、栄花リオンと申します」

 当然のように放たれた自己紹介に美里は驚き、座ったままリオンの脚を蹴った。

「え? だって、貴方は名乗らなかったではありませんか。連絡しろと言われても、連絡する相手が分かりませんわ。それに、実名を出した方が、匿名よりは信頼できるでしょう?」

 類は友を呼ぶのか、似たもの同士の関係なんだろうなと、刹華は他人事のように思った。

「……失礼しました。先程も申し上げました通り、この街に犯罪組織の魔の手が忍び寄っています」




『これは由々しき事態です。この街で誰にも迷惑をかけずにひっそりと暮らしているレッダーの方々にも、そうとは知らずに暮らしているレッダーではない方々にも、被害が及ぶ可能性があります。私達レッダーは、そして私個人としても、それを許すことは断じて出来ません』

 丁寧な言葉から滲み出る強い意思を、財前静栄は自宅で感じ取っていた。

『ですので、有事の際には警察か、或いはわたくし達へご連絡下さい。私達を、どうか信じて頂きたいんです。よろしくお願いします。わたくしの連絡先はウィスパーというSNSから。栄花リオン、栄花リオンです。どうか、よろしくお願いします』

 リオンを慕っている静栄は、その言葉をしっかりと受け止める。

「栄花様。何か、あの時のように何か、私に出来ることがあれば、良いのですけれど……」

 刹華に必死に懇願したあの日のことを、何故か今思い出す。

 無力な少女は、虚空に囁きかける。その気持ちだけは無力ではないと信じつつ。




 当然、三田ヶ谷商店街にもその声は届いていた。錆島小児科の待合室にいた烏丸羽月は、何も出来ずに頭を抱えていた。

「……あの子達、何やってんの」

 無計画な行動、それは彼女が唯一苦手とする事だった。三人のこの動きが、これから何を誘発させるのか分かったものではない。もしかすると、赤い饗獣の神経を逆撫でしたりしないだろうかとハラハラしていた。

 そして、想定外が苦手な羽月の元に、想定外の権化とも言える存在がやってくる。

「おーっす! お、やっぱり羽月ちゃんだったか。近くに来てんなら顔出せっての。水クセェなぁ」

 外から乗り込んできたのは、篝坂安曇。玩具屋経営のアラサー女性である。

「あ、安曇さんこんにちは。今日はちょっと、急用だったので……」

「分かってる分かってる。羽生えた白髪の女の子が怪我人背負って病院探してたって、タコが言ってたのよ。女の子に向かって白髪ってひでえよな。シルバーか銀って言えって殴っといたわ」

「あはは……」

 苦笑いしか出来ない羽月。初対面の時に既に思っていたことではあったのだが、羽月はどうも安曇の事が苦手だった。悪い人ではないとも思っていたが。

「で、怪我人はどうよ。大丈夫そうか?」

 急に真面目な顔になる落差は、何処か霧山美里に似たものを感じる。

「いえ、さっきお願いしてきたばかりなので、まだ……」

「そっか……ま、大丈夫だよ。サビ助にかかれば、ちょちょいのちょいで死人も生き返るかんな」

「それは、倫理的に駄目そうですね」

 安曇は、励まそうとしているのだろう。羽月はそう感じ取ったので、とりあえず笑っておいた。

「……ん? おい。アレ、刹華の声だろ」

 安曇は放送の話手が変わった事に気がついた。羽月は、まだ何か言うつもりなのかと表情が固まった。




『忙しい時にすいません。鬼ヶ島刹華です。あたしが最後なので、すいませんが聞いてください』

 とある民家の台所。夕飯を作っていた老婆は、外から響く声を聞いて手を止めた。

「この声、あの時の……」

 老婆は水道の蛇口を閉め、耳を澄ます。いつか、鞄をひったくられたことを思い出す。その時に鞄を取り返してくれた二人。その二人の、人付き合いが苦手そうな方。

「……鬼ヶ島、刹華ちゃんっていうのね」

 この時、彼女は恩人の名前を初めて聞くことが出来た。そのまま、彼女の使い慣れていない丁寧語に耳を貸す。

『あたしの伝えたいことは、他の二人が殆ど言ってしまったから……』




『……だから、一つだけ聞いて欲しい』

 その二階。柴村しばむら珠珠たまみは、卸したてのスパイクの紐を結んでいるところだった。珠珠は、目を丸くしたまま耳を澄ます。

『みんな、多分分かってると思うけど……レッダーも人の心を持ってて、正しいこともするし、間違ったこともする。だから……』

 珠珠には、その言葉の意図が分からなかった。ただ、刹華の真摯な気持ちだけは知っているつもりだった。

『……レッダーを、人間として見てください。あたし達は、誰かの道具だったり、必ずしも悪者だったり、する訳じゃない』

「悪者……じゃない……」

 珠珠の中の罪悪感は、少しだけ変わったような気がした。

『……お願いします』




 これから彼女達に降りかかる出来事は、きっと苦しいものが多くなる。それでも、彼女達はきっと進むことが出来る筈だ。ヒトとして。自分の意思表明を、旗印として。

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