5 青目と白髪

「遅いなぁ………」


 シイナがポリック名物惣菜饅頭にかぶりつきながら呟いた。


 時刻は十三時を迎えようとしていた。ジルとシイナは市場での品卸を終えて、集合場所である市場の目の前で待機していた。

 かれこれラピスとガクを待つこと一時間程となる。シイナは小腹がすいたため目の前に店を出していた食べ物屋で饅頭を買った。


「揉めてるんじゃないか?ほら、毛皮交渉ってシビアな所はとことんシビアだろ。」


 隣で腕を組んで壁に持たれていたジルが言った。シイナは半分残っていた饅頭を口に押し込み、しばらくもごもごさせて飲み込んでから話し始めた。頬に具材の青菜がついていた。


「ここはそんなにはきつくはないんだけどねぇ。しかもガクくんの親戚の店って言ってたじゃん。そんなに揉めるもんかなぁ。」

「まあ、確かにな。親戚の店なら……。あと、青菜ついてんぞ。」


 ジルが指摘すると、シイナは慌てて青菜をとった。青菜を食べてシイナが口を開いた。


「お店の名前………たしかギリー皮革店だったよね?」

「そうだな。この近くにあるとも言ってた。」

「聞いたらわかるかな?」


 シイナは近くにテントを構え干し肉を売っていた老人に尋ねた。老人はすぐに答えてくれて、場所を教えてくれた。


「あの店はいいよ。わしも干し肉を作るときにできた皮を売りに行ったりするもんでねぇ。店主は相当な目利きだし、それなりの交渉も効く。毛皮を売りにいくってなら正解だよ。」


 老人は笑って答えた。ついでに嬢ちゃんかわいいからこれもってきな、とシイナに干し肉を一枚くれた。


 シイナが干し肉を齧りながらジルの元に戻ってきた。


「えーと、ここの通り真っ直ぐ行って左に曲がった小道に店があるって。」

「そうか。で、その干し肉買ったのか?」

「なんかくれたの。」


 結構硬めだが、香辛料が効いていて美味しかった。またここに来た時は買いに来ようとシイナは思った。


 二人はそりを一度預けて、老人が教えてくれた道を進んで行った。小道にやってくると市場ほどの賑わいはないが、買い物客や商人が行き来していた。


「職人街なのか?専門店がおおいな。」


 店の殆どは細々とした生活雑貨を扱う店ではなく、靴屋や帽子屋、金細工にオーダーメイドの服屋などの職人が営む店であった。


 その通りを進んでいくと、お目当ての看板を見つけた。古い木製の看板である。その近くに周りにある店の中でも特に古そうなレンガ造りの建物があった。


「あ!スォだ!」


 その店の前に手網を繋がれたスォがいた。


 だが、様子がおかしい。

 そわそわして店の前をうろうろとしていて、たまに扉に鼻を付けて匂いを嗅いだり、ガシガシと引っ掻いていた。普段の利口で大人しいスォがすることだとは思えない。


 二人が近寄ると、スォはこちらに気づきくぅんと鳴いて二人の方を見た。そして、また扉のまえでそわそわとし始めた。


「ここにスォがいるってことはまだいるのかな?」


 ジルが店の中を覗き込んでみると確かに明かりはついているが声などは何も聞こえてこない。それに動く気配もない。人がいるとは言い難い状態だ。


「さぁ、どうだろうな。いるにしては静かすぎる。」

「けど電気はついてるんでしょ?入ってみようよ。」


 二人は扉を押して中に入った。


 ドアベルが鳴り響くと同時に二人は異変に気づいた。


 品物が置かれていたはずであろう台が倒れ、天井から吊り下げられていた毛皮が落ちて散乱している。争い事でもあったかのように散らかっていた。

 更に二人が奥に進むと、倒れている人影を発見した。


 すぐにジルが駆け寄り、しゃがんでその者を抱き抱え安否を確認する。

 40代半ばか後半の男だ。首に手を当てると、脈動が伝わってきた。

 すぐにわかる外傷も見当たらない。


 シイナも遅れて傍にやってきた。しばし動揺していたようで、おそるおそるジルに尋ねた。


「生きてる?」

「生きてるな。脈も安定はしている。」


 ジルは男を抱き抱えたまま辺りを見渡した。

 散らかった状況から見て、強盗だろうか。

 にしてはカウンターの金庫などには手付かずでその辺には荒らされた形跡もなかった。


 シイナは店の更に奥に明かりが灯っているのを見つけて、そこへ進んで行った。

 その明かりがついていた部屋にあったテーブルに飲みかけの紅茶の入ったカップが三つ置かれていた。


 紅茶は既に冷たくなりかけていたが人がいたのは確かのようだ。


「ガクくんもラピスちゃんもいないよ?………けどここには来ていたとは思う。」


 シイナが引き返してくると同時に、呻き声が聞こえた。それはジルの抱えている男が発したものだった。

 男がうっすらと目を開けた。その瞳の色は青色が混じっていた。


 男はジルの姿を認識するなり、飛び起きた。だが、すぐに頭を抱えて呻いた。


「誰だ、君たちは………ガク君をどこに……。」


 男はそう言いながらジルを睨みつけた。頭が痛むのか頭部右上を手で押さえている。


「ガクか?やっぱりこの店に来ていたんだな?」


 ジルは静かに答えた。

 ジルの回答が予想外だったのか、男は拍子抜けしたような顔をした。


「………あの子を知っているのか?……もしかして君たちは……。」

「えっと、ガクくんが私たちとこの街に来たこと言ってませんでした?」


 男は黙って頷いた。男はノーク・ギリーと名乗った。


 二人はとりあえずノークを店の奥の居住スペースにあるベットへと運んだ。

 ジルがノークの頭の痛む箇所を見ていた。軽く触れてみると、ノークの表情が痛みで歪んだ。


「何かで殴られたか。少し腫れている。」

「ああ、たしかになにか棍棒のようなもので………。」

「吐き気や目眩は?」

「それは特に無いかな……。痛いけどね。」


 ジルがシイナに指示を出した。シイナは小さな氷の粒を精製すると、それを袋に入れた。その氷の入った袋をノークに渡し痛むところをそれで押さえておくように伝えた。


「応急処置だ。それで痛みが退かなかったら医者にあたってくれ。それと体調が悪くなった時もすぐに医者にいけ。」


 ジルがこういった怪我に対して慣れているのを見るとさすが傭兵をしているだけのことはあるとシイナはぼんやりと思っていた。


「いや、最初はすまなかったよ……僕の勘違いで。」

「仕方ない。状況が状況だし。」

「それで……君はジルでそっちがシイナだったか。ラピスちゃんと君たちがガクくんの言っていたタォ・ロゥってことでいいのかな。」


 二人は黙って頷いた。ジルがノークに続いて質問した。


「何があった?二人はどこだ?」


 ジルは冷静な態度であったが、声には殺気のようなものが僅かに混じっていたかのようにシイナは思えた。何故か背筋がぞくっと冷たく蠢くような感覚に見舞われた。


「………どこかはわからない。僕達は店の奥で話していたんだ。その時にドアベルがなってね……。僕がそれに応えたんだけどそしたら急に掴みかかってきて、殴られたまでは覚えている。そっから先はわからない。」


 それを聞いてジルはただ、なるほどと呟いた。あくまで態度は冷静なままだった。


「け、けど強盗とかじゃないよね?お金とかはなんも取られて無さそうだし……。」


 それはシイナの言う通りだった。金庫などには傷一つとして付けられていなかったし、確認で開けたところ、ちゃんと中身は入っていた。


 シイナは何故だろうかと首を傾げていた。


 しかし、ジルの額には既に険しくシワがよっていた。なにか不味い事態にでもなったかのように。

 ジルか大方の予想を口にしようとする前にノークが言葉を発していた。


「………『鬣犬』。」

「鬣犬?」


 鬣犬はここよりもっと暑く乾燥した地域に棲む動物だったはずだとジルは思い出した。まず、この地域ではお目にかかることは無い動物だ。そんなものが突然出てきて、シイナも同じような反応をしていた。


 ノークが二人の反応を見て、更に話を続けた。声が若干震えているように思えた。


「鬣犬は動物の名前でもあるけどね。けどこの辺りではもうひとつ別の意味を持つんだ。」


 もうひとつの意味。それを聞いてすぐにジルが答えた。


「『人攫い』か。」


 ノークは頷いた。表情は暗い。


「この辺りにいると言われている人攫いの集団。奴らはは獲物を集団で襲っていくから人々はそれを鬣犬と呼んでいるんだ。」


 シイナは驚いた。この街に何度か行き来しているものの、このようなことは初めて耳にしたのだった。


「そんなものがここにいたなんて………。」

「やけに詳しいな。皮革業はそっちとも付き合わないとやっていけないのか?」


 ジルが腕を組んで、ノークを見ていた。


 人攫い業は普通に生きていたならば目にする機会も耳にする機会もほぼないような世界である。それくらい今どきは隠密に売買が行われていることをジルは目にしてきた。


 ジルがノークに疑いを向けていると、ノークがそれを察したかのように首を横に振った。


「…………君が疑うのも仕方ないけどね、これ僕がある事情を抱えて個人的に調べなきゃいけなかったことだよ。本来ならば知らなくていいことだ。」


 ノークは二人の方を真っ直ぐ見た。そして、目元に指を持ってきた。


「僕の目……。別の色が混じっているといえど青いだろ?」


 しかし、青といっても瑠璃のような深い青ではない。透き通っていて氷のような青が混じっている。


「そうだな。………ガクの目も同じ色をしていた。」

「僕の母親はスウォー・ロゥだったんだよ。髪は白くなかったけど目はたしかに青かった。」

「じゃあ、ノークさんの目が青いのはスウォー・ロゥの血を引いているからということ?」

「そう。……………だからこそ気をつけなければいけなかった。」


 ノークの顔が悲しげに強ばった。自分に掛けられた毛布を握る拳に力が入っている。


「どうやらスウォー・ロゥはその特徴的な見た目の美しさと、高い魔力から富裕層がこぞって欲しがっていたらしいんだよ。だからスウォー・ロゥをオークションに出せば高値で取引された。取引は縮小したといえど、それはまだ続いている。」


 ジルとシイナは黙って聞いていた。よく思えばガクは今日は上着のフードをすっぽりと被っていた。


「………今は目が青いだけでもかなりの額で取引されるらしいんだ。僕自身も両親からよく聞かされていた。おかしなことがあったらすぐに知らせてくれって。完全に青じゃなくてもそれほどなんだよ。…………白髪青眼のスウォー・ロゥが減っているから。」

「けど、ガクはまさにその白髪青眼の完全なスウォー・ロゥなわけだよな。」


 ノークが頷いた。表情がいっそう張り詰めている。ノークは絞り出すようにして声をだした。


「それに彼の母親譲りの綺麗な顔。……欲しい人からすれば喉から手が出るほどの一級品だよ。前は僕があの子の元に毛皮を買取にいってたくらいなのに、僕がもう歳だからってガク君が………。」


 ノークは顔を手で覆った。

 シイナはなんと声をかけたらいいのか思い浮かばず、ただ見ていることしか出来ないのを知って辛くなった。


 ただジルだけは、腕を組んだまま冷静だった。否、冷静にいるように見えるだけかもしれなかった。


「ノーク。お前はその鬣犬について調べていたわけだよな?」


 ノークの手が顔から離れた。顕になった瞳がすこし濡れているような気がした。


「………え?ああ……。そう、だけど………。」

「どこまで知っている?」

「彼らがよく屯している酒場くらいは………本格的な拠点や取引の詳細は知らない。」


 それを聞くと、ジルはなるほどと呟いた。ノークが首を傾げた。


「行きなりそんなこと聞いて………どうするつもだい?自警団に頼ろうとしても癒着があるからそうとも行かないんだけど……。」

「だいたいどこの人攫いもなにかしらどこかと癒着があるからそのあたりは気にしてないさ。ただ、取引の段取りがわからないのは痛いな。」


 ジルは顎に手を当て、しばし考え込んだ。その目つきは険しいものだった。

 それを見たシイナはジルが何をしようとしているのか大方検討がついた。シイナが慌ててジルに話しかけた。


「じ、ジル。………あなたもしかして……。」

「…………まさか、君。そこに乗り込む気なんじゃ………。」


 声がしたので、ジルは一度考えるのは中断して

 二人の方を見た。ふたりとも見事に同じような顔をしていた。

 ジルはニヤリと笑った。


「ああ、そのまさかだよ。」


 ニヤリと笑うものの、ジルの双眸は今から闘技場に放たれようといわんばかりのぎらりと光る獅子さながらのものだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る