4 ポリックにて

 日が登って間もない頃。村の入口あたりに四つの人影があった。

 今日も昨日と引き続き晴天である。


 ジルがそりへ積み込みを行い、シイナが手網の用意を手早く行う。


「どうだ?荷物はこれで全部か?」

「うん。多分そうだよ。」


 シイナがユキクマの手網に繋がれたそりの最終確認をしている。引っ張ったりしても特に外れるようなことは無さそうだ。


「よかったな。傷もほぼ治って。」


 ガクがユキクマの顔を撫でた。彼は今日はすっぽりと上着のフードを被っているためその綺麗な顔はよく見えない。


 シイナ達が乗っていたユキクマはすっかりガクにも懐いていた。ユキクマはガクの手をぺろぺろと舐めて答えた。


 その隣ではスォが少し羨ましそうに雪の上に座っていた。

 本当にガクのことが大好きなのだろう。それを見たシイナがしゃがんで代わりにスォを構ってやった。


「そう言えばこのナォリャク(ユキクマのこと)名前はあるのか?」


 ガクがシイナに尋ねた。スォが満足して雪を掘り返し始めたので、シイナは立ち上がってユキクマの元によっていった。


「ああ……特に決まった名前じゃないんだけど…………私は「ダイフク」って呼んでる。」


 シイナがダイフクとユキクマに呼びかけると、ユキクマが反応した。


「ふぅん、ダイフクか。」

「ダイフク………ってあの大福か?お菓子の」

「うん、後ろ姿が大福みたいだったから……。」


 ジルの言葉にシイナが頬をぽりぽりと掻きながら答えた。

 たしかに、後ろから見ると丸いシルエットがあの東の国発祥のお菓子に見えなくもない。


 が、ジルは腕を組んで唸った。


「まあ、それっぽいけど…………大福にしては大きいだろ。」


 ジルがユキクマことダイフクの巨体にかるく触れた。それにダイフクが反応してこちらに顔を向けた。ジルはそのままダイフクの鼻先を撫でてやった。


「い、いいじゃん!見た目だけでも!」


 シイナが顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「だいふく?」


 端で雪だるまを作りながら一部始終を見ていたラピスが首を傾げていた。

 雪だるまは小さいのが二つ、大きいのが一つ完成していた。


「お前イース市で食べただろ。あの丸くて白い、中にあんことか入ってたやつ。」


 ジルの証言からラピスはノグロから旅の土産として貰った、白くて丸いお菓子を思い出した。恐らくそれの事だ。


「へぇ、あれが大福か。」


 ラピスは頷きながらああいう感じのものを大福ということを学習した。


「そろそろ頃合だ。行くとしよう。」


 ガクはスォを呼び戻した。スォはすぐに反応して一直線にガクの所に雪を撒き散らして戻ってきた。


 四人はダイフクを連れて村の入口の近くにある抜け道にやってきた。

 そこは周りよりも雪が低く積もっていて、窪んだように見えていた。


「ここだけ雪が少ないね。なんで?」

「地面を少しだけ掘ってあるんだ。だから沢山降らない限り雪はそんなに高くまでは積もらない。」


 掘られた箇所に積もった雪は既に固まっていて、しっかりしていた。


 スウォー・ロゥ達は雪で村の外へ出ていくことが困難な時のためにこうして抜け道を作っておくらしい。


 四人はダイフクの上によじ登り、村を出た。


 ダイフクの運転はガクである。ガクもポリックへ毛皮を売りに行きたかったので同行することになった。

 ダイフクは一人とスォが増えても特に動じることなく、行きと同じペースで抜け道を進んでいった。


 しばらくは葉が落ちた木々の森の中を進んでいたが、だんだん木が少なくなっていき真っ白に染まった丘の上へと抜けた。


「あそこがポリックだ。」


 ガクが真っ直ぐその場所を指さした。


 指を追っていくと丘の下の方に小さく建物が立ち並んでいるのが、見えた。

 シイナが住んでいるイース市に着いた時と似たような風景だが建物の密集具合や量、あたりを白く雪を被った山々に囲まれた風景が異なっていた。


「山ばっかだな。」

「そうだよ。ノーラ王国は森や山が多いの。ノーラ王国で海に面してるのはイース市とあと三つの市くらいだけだよ。」


 四人はそのなんの痕跡もなかった丘にダイフクの足跡を残しながら丘を下って行った。

 街を囲う石造りの砦が見えてきて、そのちょうど隣に馬小屋や柵の中をゆっくりと歩くユキクマの姿があった。


 一同はそこでダイフクを一旦預けた。ダイフクは慣れているのか早速そこでのびのびとくつろいでいた。スォは預けずに連れていくらしい。


 ジルとシイナがそりを引いて、四人は門をくぐりポリックの街へと踏み入った。


 通りには建物やテントがずらりと並びシイナ達と同じようにそりを引っ張って物を運ぶ商人、大きなカゴを抱えて歩いていく女、走り抜けていく子供たちといろんな人々で溢れていた。

 道に振り積もった雪はたくさんの人が行き交ったことにより固く踏み固められていた。


 ラピスは珍しそうにあたりを見回してそわそわとしていた。

あのダウナー街よりも遥かに通りを行き来する人の数が多い。おおかた持ち物や聞こえてくる会話からして商人や観光客が大半のようであるが、遠くから来た行商人を護衛する用心棒などの姿もあった。


 そのラピスの様子を見てジルが笑った。


「ここは結構大きい街だからな。都市とまではいかないけど結構人が多いだろ。」

「うん。こんなに人がいるところに来たのは初めてだ。」


 一行は一度道の橋に寄って、載せていた荷物を分けた。そりにはシイナが持ってきたものの他にガクが持ってきた毛皮も積んであった。


「それぞれの荷物は持ったかな?それで用事が終わったらひとまずまたここに集合って感じだよ。」


 シイナが片手間に今後の予定を述べた。


「私とジルは商店の方に品物を卸したりしに行くけどガク君はどうするの?」

「僕は知り合いの見せに毛皮を売りに行く。前々からキークが手に入ったら欲しいって言ってたから。」


 ガク曰く、ブラックビーストの毛皮はかなり頑丈で加工がしやすいので毛皮の中では定番の品物らしい。それに毛並みも綺麗なものが多いので庶民に限らず富裕層にも需要があるようである。


 ラピスはガクの荷物の毛皮を興味ありげに眺めていた。

 自分の来ている服の質感とはまた違う柔らかい質感が手に伝わってくる。その他には舐めした皮もあった。こちらも一見硬そうな印象だがかるく引っ張ってみたりすると少し伸びがあるのがわかった。

 ゴミ山ではまずこういった、毛皮などを触る機会なんてほぼ無に等しかった。


「ラピスはどうする?毛皮とかに興味があるあるならガクについて行ってもいいけど。」


 ジルはラピスに尋ねた。それに反応して毛皮を見ていたラピスがこちらを振り返った。


「いいのか?でも危ないとか……。」


 たしかにガクのほうも気になってはいるのも事実だが、ラピスはこの前のダウナー街のことを思い出していた。あの時は路地に行かなくても散々な目にあったがここはいったいどうなのだろうか。


 ラピスが迷っていると思っていたことを見透かしたようにジルが軽く笑って口を開いた。


「まあどの街でも危ないヤツとかはいるけどさ、ここはダウナー街とは違うだろ。路地とかも広いし表より人の行き来は減るけど全くないってわけでもない。それに一人じゃないだろ?」


 ジルはガクの方を見た。ガクは頷いてこう言った。


「大丈夫だ。そんな街のはずれの店でもないし祖父の代からの知り合いだから馴染みも深い。僕は特についてきても構わない。」


 ラピスは少し考えた後、ガクのほうについていくことにした。


 シイナとジルはそりをひいて市の方に歩いていった。しばらくその背中を見ていたが、やがて人に紛れていった。


「僕達も行こうか。そんなに遠くはない。」


 ガクに言われると、ラピスは荷物の半分を持った。思っていたより重いが持てないことはなかった。


 ガクとラピスは市とは反対の方向に歩いていった。スォも後ろから従順についてくる。


 大通りをそれて小道に抜けるとテント式のマーケットはたちまち消えていき、小さなこじんまりとした商店が増えてきた。

 通りの人は少ないものの行き交う人はいる。


 店の看板らしきものがいくつかあるがラピスはぼちぼちとしか読めなかった。なんとか覚えようとはしているがどうもなかなか頭に入ってこない。

 人の急所とかはなんとなく覚えられるようにはなってきたのにどういうことか。

 これがラピスの最近の疑問であった。


「ガクはこの文字は読めるのか?」


 ラピスはふと気になって看板を指さした。


「ああ、読める。スウォー・ロゥでも今じゃ半分以上がタォ・ロゥの言葉を理解することができる。全く読めないってのは稀になってきたな。祖母みたいに。」


 ガクはさらに続けた。


「スウォー・ロゥは異民族と結婚することを禁止してはいない。村を出てタォ・ロゥと結婚することも増えてきたし、外から伴侶を連れてくることもある。僕みたいな白髪、碧眼の本当に純粋なスウォー・ロゥはもう少ないんじゃないか?村で白髪なのは祖母と僕だけだし。」


 ラピスはそれを険しい顔をして聞いていた。


「?血が絶えるのは嫌とか思ってる感じか?僕は別に平気だけど……。」

「いや、ちょっと………言葉が難し過ぎて。へきがん……ってなに?」

「そっちか。」


 それからラピスの単語の質問攻めが始まった。あからさまだが完全に語彙の能力はガクの方が上である。ガクがなんとかラピスにもわかる範囲で事を説明していく中、目的の店にたどり着いた。


 目の前にあるのはレンガ造りの小さな店だ。周りの店よりも明らかに雰囲気が違う。外壁を見ても相当な年季を感じることができた。


 スォを店の前に繋ぎ、二人が扉を開けると、ドアベルが軽快な音を立てた。


 まず目に飛び込んできたのは壁一面にかけられている毛皮だった。

 持ってきたブラックビーストのようなもさもさとした毛皮や硬いつやつやとした皮やごつごつとして鈍い輝きを持つものまで。沢山の皮革が吊るされていた。


 そして、ドアベルの音に応じて店の奥から人が出てきた。薄暗い店の奥から明るい商品がおかれている所に出てくるとその顔が見えてきた。

 物腰の柔らかそうな中年の男性である。


「やあ、ガクくんじゃないか!久しぶりだね。おばあさんの調子はどう?」

「祖母は元気だ。ノークこそ元気そうだな。」


 ノークと呼ばれた男は短く切りそろえられた白髪混じりの頭をぽりぽりと掻いた。


「おばあさんはもう……80近かったよね。ん?いや80はとっくに越していたっけ?」

「今、83だよ。」

「参ったな僕も歳だよ。45歳、まだ頑張りたいけどね。」


 ノークは顔をくしゃっとさせて笑った。

 そのときにふと、ノークの目とラピスの目が合った。優しい青い目がラピスを見つめる。


「えーと、後ろの子は………。村の子とかじゃないよね。初めて見る。」

「ああ、この前から訳あって僕の村に滞在しているんだ。」


 ノークはラピスを見て柔らかく微笑んだ。


「初めまして。ノーク・ギリーだ。ガクくんとは親戚関係だよ。」


 ノークはラピスの前にてを差し出した。

 ラピスはその手を受け取り、名乗り返した。


 二人は店の奥の小さな部屋に通され、彼が持ってきたお茶を頂いた後、早速持ってきた毛皮をノークに見せた。


 持ってきたのはブラックビーストの毛皮二枚と昨日とったキツネだ。

 ノークはそれをじっくりと眺め、触ったりしたあと口を開いた。


「ふむ…………立派な毛皮だね。色も綺麗だし大きさも問題ない。ブラックビーストはこの大きさだと若いオスかな?」

「そうだ。4日くらい前にとったオスの毛皮と………それより前にとったメスの毛皮がこっちだ。」


 ガクがもう一枚ブラックビーストの毛皮を取り出してノークに渡した。

 ノークはそれもじっくりと見定めていく。

 ノークは一度毛皮から顔を離すとこんなことを呟いた。


「ブラックビーストはオス、メスによって毛の質がちょっと変わるんだよね。ラピスちゃん、良かったら触ってくらべてみてよ。」


 ラピスはノークに促されると、まず最初にオスだという方に触れた。毛皮を撫でると、柔らかい質感の中に強く毛が跳ね返るような力を感じた。

 次にメスの方を触ってみると、今度は繊細なふわりと沈み込むような感覚を覚えた。


「どう?わかったかな?」

「こっちが…………なんか跳ね返るような感じがして………こっちは柔らかいかな?」


 ノークはにこりと微笑んだ。正解ということなのだろう。


「オスの毛はその強い材質を活かして、カーペットや防寒具なんかに、メスの毛は柔らかい質感を活かして衣服の装飾用のファーなんかに使われているね。凄いね、違いはほんのちょっとだけだから初めての人はそこまでわからないんだけど。」


 ノークからの褒め言葉をラピスはありがたく受けとった。


 それから毛皮をいくらで買い取って欲しいかという商談になった。

 ガクが提示した値段はさほど高くないものだったが、ノークからみればもう少し高値でかいとれそうだという。


「どうかな?全部で多分銀貨1枚と銅貨30枚で僕は買い取れるけど。」

「ならそれで頼む。それなら来年の籠りぶんの食料も買える。」


 どうやら商談は成立したようである。かなり簡潔に済んだ。

 ラピスが交渉というのを初めて見たのはあのダウナー街でのグラードのところだったのでもっとピリピリしたものばかりかと思っていた。


 ノークが金庫から代金を持ってこようとして席を立った時、店のドアベルが軽快な音を鳴らした。


「ちょっと待ってね。………先に要件だけ聞いてくる。」


 ノークは店の表の方へと消えていった。その後ろ姿をラピスは見ていた。


「親戚………というと血縁者か?」


 ガクは出されたお茶を啜りながら頷いた。

 その綺麗な容姿に金細工が施されたカップがずいぶんと様になる。


「僕の祖母の姉はタォ・ロゥの猟師と結婚した。その姉がノークの母親に当たる。」

「ノークの母親はスウォー・ロゥなのか………だから目が青いんだな。髪は違うけど。」

「祖母によると姉の髪は白くなかったらしい。僕が産まれる前には亡くなってしまったから会ったことはないけど。」


 しかし、ノークの目も青色であったがガクみたいな氷のように透き通った青色ではなかった。ヘーゼルがところどころ散ったような色をしていた。


「やっぱり今は白髪、青眼のスウォー・ロゥって珍しいのか。」

「まあ、そうだ。……けど……」


 突然店の方からノークの声と大きな物音が響いた。


 二人の会話はそれにより途切れた。すぐに席を立つと、店の方へと向かった。


 店に出ると、そこには三人の人影が立っていた。そして、その近くにはノークが倒れていた。


「ノーク!」


 ガクが叫ぶと、一斉に三人の人影がこちらを振り向いた。顔は布が巻かれているので隠れていて見えない。


「いたぞ。」


 そのうちの一人が呟いた。次の瞬間には人影が二人に迫り、棍棒を手に取り襲いかかった。


 二人は何とかかわすが、店に置かれていたローテーブルが倒され品物や調度品が散乱する。


「なんなんだ、こいつら………!」


 全く身に覚えのない三人にラピスが悪態をついた。そして、懐に隠してあった短剣を手に取った。打撃で相手の隙を作り逃げるため鞘からは抜かない。


 ラピスは振り下ろされた棍棒を短剣で受け止めた。ガツリと鈍い音が響く。

 しかし、力が足りないのか相手の棍棒を弾きあげることはできず、じりじりとしのぎを削る。

 相手が棍棒を降ったことで開放されたが、その時に短剣を振り払われそうになった。


 また目の前の人物と対峙することになったラピスはどうにか逃げられる隙を探すが、焦ってなかなか出てこない。


 すると、どこからか鈍い音がした。


 その音がした方を振り向くと、ガクが倒れていた。おそらく棍棒で殴られたのだろう。白銀の髪が床に広がっている。


 ラピスは名前を呼び、ガクの元に向かおうとした。


 その時にラピスの首の後ろに衝撃が走った。それと共に、視界がぐるりと周り体の力が抜けて、ラピスの体が地面に吸い付けられていいった。


 ラピスはこの時、ガクが気絶させられたことによりつくってしまった隙に相手から手刀をくらったのだということがわからなかった。


 訳が分からずラピスが体を動かすように念じるにも虚しく、目の前は真っ黒に塗りつぶされていき意識はそこでぷつりと途切れてしまったのだった。



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