2 ガク
極寒の雪山で吹雪に足止めされて、動けずにいたところにジャイアントビーストが現れ、襲われかけたところを突如吹雪の中から現れたこの世の者とは思えないほど美しい少年に助けられた。
ざっくりとおおよそを言えば、こんなところだろう。
ジルは最初突然現れた少年を警戒したが、シイナはすぐにその少年の正体を突き止めた。
彼の身につけている民族衣装だ。そこに施された刺繍の模様に彼女はすぐに気づいた。
この子は
スウォー・ロゥはこの辺りに古くから住む民族で、深い山奥で暮らしていて、氷の魔術を使い主に狩猟で生計を立てている。たまに街に毛皮を売りに来たりもするのでシイナはよく知っていた。
彼らの特徴は雪に溶けるような白い髪と肌。あとはスウォー・ロゥ独自の刺繍である。
白をベースとした刺繍に赤や黄、緑などの色によって別々のまじないを込めた糸を刺繍していく。
その少年はまさにその衣を纏っていた。
シイナがスウォー・ロゥかと尋ねると少年は頷いた。少年はこちらよりは薄着であるにも関わらず、特に寒そうな仕草を見せない。
今度は少年が尋ねてきた。まだ子供らしさの残る綺麗な声だった。
こんなところで何をしているのか。
少年に尋ねられるとシイナはすぐにここまでの経緯を話した。突然天気が崩れて動けなくなっていたと。その間にも吹雪は一層吹き荒れる。
白く霞む視界の中、少年の宝石のような目だけが輝いて浮き上がって見えた。
そして、今に至る。
ジル、ラピス、シイナの三人は少年と一緒に彼の家で炉を囲んでいた。
「この吹雪は三日は止まないだろう。僕はともかくお前たち
少年が炉に薪をくべながら話した。吹雪で霞んでいた視界でもその容姿の整い様はわかったが、こうして少年の顔を見ると本当に見事なものであった。 白銀の髪に、雪のように白く透き通った肌。その中の二つによりの彼の青い瞳がより一層際立っている。
白い髪が炉の火の光を反射して銀色に光った。
家の構造は、穴を深くほってそのまわりを土で囲って固めたようである。シイナが即席で作ったあれによく似ていた。街の方よりもこの辺りはすこぶる冷えるらしいのでスウォー・ロゥに限らずこうした家が多いらしい。
そして、中はかなり暖かかった。
ユキクマは彼らが飼っているユキクマがいる所の一角を借りてそこで軽い治療を行った。スウォー・ロゥでもユキクマは移動手段として使われているようである。
幸い傷は軽く、問題もなさそうだった。
診察している時、シイナはすこぶるユキクマに甘えられてベトベトになって戻ってきた。
火が炊かれた炉を囲んで、シイナは珍しそうに周りをキョロキョロと見回して、ジルはただ火をぼんやりと眺めて、ラピスは火を眺めているうちに眠くなってきてうつらうつらとしていた。
ふと、奥の方から一人の老婆が器に何かを入れて持ってきた。老婆は何かを言いながら、それをジル達に配っていく。
器の中身は何やら黄色をほのかに帯びた暖かい白い液体だった。試しに匂いを嗅いでみると、それからは甘酸っぱい匂いがした。
「これは………トナカイの乳のお酒かな?」
「よく知ってるな。ストウという発酵酒だ。」
「前に飲んだことがあるよ。」
シイナは老婆に礼をするとすぐにそれを飲み始めた。それに続いて、ジルとラピスも手をつけていく。
酒といってもあのきつい匂いはあまりなく、代わりに甘酸っぱい味が口の中に広がり抜けていった。
体の芯がじんわりと、温められその熱が全身に広がっていく。
「おいしい。」
ラピスが呟くと、少年が軽く微笑んだ。
「寒い時のストウは体によくしみる。」
少年も同じようにストウを飲んだ。
その後少年はガクと名乗った。そして、この老婆は彼の祖母にあたる人物らしい。
彼女はどうやらスウォー・ロゥの言葉しかわからないようだった。
「急にこんなお邪魔してしまって大丈夫なのか?」
ジルの質問にガクは祖母にそれをスウォー・ロゥの言葉で伝える。彼女が何か言葉を発したあと、ガクが喋り始めた。
「私は構わない。ガクが連れてきた客なら歓迎してもてなす。」
どうやらそう言っているらしい。三人は感謝の言葉を述べた。それをガク越しに聞いた彼の祖母はしわしわの顔をほころばせた。
そして、彼女は空になった器を片付けるため奥へと器を持って引っ込んで行った。
それから四人の会話が始まった。
「ガクはなんであそこにいたんだ?」
「僕は山で狩りをしていた。スウォー・ロゥは寒さにはかなり強いから吹雪の中でも多少は動くことができるけどかなり強い吹雪だから引き返すところだった。」
「へぇ、そうなんだ。」
「吹雪がやんだらあのキーク(ブラックビーストのこと)を村のみんなで運ぶ。キークは余すことなく使えるから重要な存在なんだ。」
キークこと、ブラックビーストは彼らの中で最も重視されている存在であり信仰の対象にもなっていた。
ジルは雪に混じって枝の先に丁寧に乗せられた動物の頭蓋骨を見たのを思い出していた。あれはもしかしたらブラックビーストの骨なのかもしれない。
「家族はおばあさんだけ?」
「そうだ。母は僕を産んですぐに、父は僕が三つの時に亡くなってる。」
「ガク君今いくつなの?19くらい?」
「今15だ。」
年齢を聞いて、シイナの目が丸くなった。
少年の面影を残しているとはいえガクはその容姿だけでなく、仕草もかなり大人びているように思えた。
自分が15の時はこんなに大人びていただろうか。シイナは頭を捻った。
「うそ。私の5つも下じゃん………。大人びてるね……。」
「よく言われる。」
15ということは、もしかしたらラピスと歳はさほど変わらないかもしれない。
シイナ以外が正確な年齢がわからないにしろ、この三人の中で歳がガクと一番近いのはラピスだろう。
ラピスは目の前の美しすぎる少年をぼうっと見ていた。
「お前、だいたい歳一緒くらいじゃないか?」
ラピスがちょうど思っていたことを、ジルが口にした。それを聞くと、ガクがラピスのほうを振り返った。
「そうなのか。」
ガクがラピスの方を見つめる。彼の瞳の色は清流をそのまま凍らせたような淡い青であった。
その不思議な色にラピスはしばし見とれていた。
「…………あ。えっと………ちゃんとした歳は分からないけど、多分そのくらいだと、思う……。」
「ふうん。」
急に人に見つめられる、なおかつ相手がこんなに整った容姿だと言葉がすぐに出てこなくなるようである。ラピスはそれを学習した。
ガクは短めの枝を使って、炉にくべられた薪を弄った。火の粉が小さく舞い上がった。
「ところで、お前たちはどこにいくつもりだったんだ?あんなに荷物を持って。」
ガクが、部屋の隅に置かれた荷物を指さした。荷物たちはわざわざ大事そうに敷物まで用意してもらっていた。荷物たちはその上でどっしりと腰を下ろしている。
「ああ、街の方………ポリックにいくつもりだったんだよ。」
「じゃあ、あれは品物か。」
ポリックというのが目的地の名前のようである。この辺りで一番大きな市場らしくガクもその場所を知っていた。
「ポリックは僕達もよく毛皮を売りに行く。ここからはそんなに遠くはない。けど雪が積もりすぎると村からも出れないことがある。」
未だに外では轟轟と風が鳴り響いている。煙突から時折外の冷たい風が僅かに漏れ出ていた。
先程ガクの言ったことによればこれは三日は止まないらしいということをジルは思い出していた。
「今回のはどれくらい積もりそうだ?」
「まあ…………普通に僕の首くらいまでは余裕じゃないか?」
ガクは首の辺りに手を持ってきてそこに触れた。彼の身長はだいたいジルと同じくらいだ。
「え?それって……この家埋まらない?」
「多少は大丈夫だ。周りの雪もある程度どかしてあるから。」
ラピスが尋ねるとガクは平然と答えた。それと、この辺りでは普通だと付け加えた。
シイナの街でもそのくらい積もることはあるが年に何回かあるかないかである。
ここは山奥なのでシイナが住んでいる街以上に雪が降り積るのだろう。
「じゃあ、止んだとしてもしばらくポリックへには行けないってこと?」
シイナが尋ねると、ガクが頷いた。
「そういう所だな。…………あ、でも……。」
ガクは途中で何かを思い出したように話を止めた。
「一応あるはある。雪が積もったとしてもポリックに行く方法は。まあ、それもあまりにも積もりすぎるとダメなんだけど……。」
ガクは顎にてをあてて俯き気味にうんうんと唸って、しばらくしてから顔をあげた。
「うん。行けるな、多分。」
「行けるの?」
「いつもよりは少し大変になるかもしれないけどな。僕も毛皮を売りに行きたいし案内しよう。」
それから、四人は当日の段取りを話し合った。天気の状態を見て晴れた日の翌日、つまり4日後の朝にここを四人で出ることを決めたのだった。
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