第4章 雪の民

1 吹雪

 白い野原を突き進む1匹の動物がいた。その背中には3人の人影が乗っている。

 ジル、ラピス、シイナの三人は街に向かってユキクマを走らせていた。


 ユキクマのラピスが思っていたよりも速く走っているがそんなに揺れない。乗り心地はまずまずであった。


「今どのくらいまで来た?」

「ちょうど………半分きたか、来てないかじゃないかなぁ。もうちょっとしたら、1回休憩するよ。」


 ジルの質問に対して、手網を握るシイナが答えた。出たのは朝なので太陽の位置からして今は昼過ぎといった具合か。


 ここまで特にトラブルもなく、後ろに繋いであるソリにも問題はない。ソリには街で売るものが載せてある。

 中身は薬草や干した魚などが主なものである。


 ラピスは真っ白な世界を見回していた。

 葉が枯れ落ちた木には葉の代わりに雪が積もっていて、ユキクマの足跡とソリの跡が残っていた。

 これもまた雪が降れば消えていくのだろう。


 朝出た時は、太陽が出ていて雪がきらきらと光っていたのだが、今は雲が出て太陽は隠れかけていて光が弱くなっていた。

 ラピスは雲の色が少しばかり黒いような気がした。


「これ、天気大丈夫?」


 ふと、ラピスはシイナに尋ねた。

 シイナは軽く空を見た。


「うん、雪は降ってくるだろうと思うけど多分大丈夫かな。風もないし大ぶりになったとしてもそれまでには小屋にはつけると思うし。」


 その後、一行は軽く休憩をとった。ユキクマに海藻をまるめた餌を与えてエネルギー充電をした所でまた再び進み始めた。


 休憩した時の天気は休憩する前とさほど変わらず、今後の進行に特に問題ないと判断し出発した。


 たが、ここから天気は一気に下り坂となる。


 突然暗くなったかと思うと、空には黒々とした灰色の雲が一面に広がっていたのだ。そして、その灰によく映える白い大きな雪が舞落ちてきた。


 雪はどんどんとその数を増やして、3人に降りかかる。

 さらに、風が強く吹き始めて顔に雪が打ち付けるしまつとなった。強く吹き荒れる風の音が耳を支配し、冷たく湿った雪は顔に当たると痛い。前に目を凝らすも、視界はほぼ一面白だった。


「なあ、本当にこれ大丈夫か!?……いだっ!」

「すっごい雪だ!」

「やばい!本格的に崩れてきた!真っ白で前が見えない!」


 目の前が一面白くなるほどの雪はかえって進むと危険である。

 方向感覚が狂って、自分では前に向かって歩いているつもりがその場所をグルグルと回り続けているということになったりもする。


 シイナは一旦ユキクマを止めた。心做しかユキクマもそわそわとしていて動揺しているようだった。


「とにかく避難しないと………!」

「避難ってどこに!?」


 シイナがそう口をこぼしたもののジルの言った通りである。

 この状態では動くことも出来ない。すぐに雪をしのげそうな場所を見つけるのも困難である。


「穴掘って!!なるべく深く!」


 シイナに指示されたまま、ジルとラピスは雪をかき分けて、穴を掘り始めた。早く掘らないと次から次へと振る雪が容赦なく襲いかかる。


 だが、地面がガチガチに硬い。土を描き分けようと、道具を地面に突き刺すも全く刺さらない。カキンという、金属どうしがぶつかったような音もする程だった。


「何これかたすぎない……?」

「凍ってるのかこれ…。」


 どうやら地面が凍っているらしい。

 極寒の土地では大地も凍りつくということを思い知らされた。


 それでも何とかしてガシガシと掘り進めていると、シイナがその外周に雪を盛り始めた。雪を盛っては凍らせて補強というのを繰り返している。ある程度堀りが完成すると、二人も雪を盛るのを手伝い始めた。


 その間にも、激しく雪は降り積もる。

 即席のシェルターが完成したことろには今が夜なのだろうかと錯覚してしまうほどに暗くなっていた。それくらい空は厚い雲で覆われていた。


 大慌てで、ソリの荷物を中に詰めてぎゅうぎゅうの状態で三人は中に入った。

 ユキクマはたずなを一応中で繋いでおいた。シイナいわく、彼らはこういった環境の中でも平気で眠ることができるらしい。


 三人はシェルターの中でぎゅうぎゅうの荷物を後ろに、ソリを少しバラして作った薪を燃やした火を囲んでいた。


 三人の顔は寒さによって鼻先や頬が赤くなり、まつ毛や髪の先が凍っていた。

 中は寒いことは寒いが凍え死ぬというまでではなかった。三人が密集していることもあるのだろう。


「ごめんね………こんなに崩れるとは思ってなくて……。」


 服に着いた雪を払い、シイナが申し訳なさげに口を開いた。二人は気にすることないと彼女に声をかけた。

 外から激しく吹き荒れる吹雪の音が中でごうごうと響く。


「にしても、すごい雪だな。嵐って感じの。」

「ここまで酷いのは久しぶりだよ。年に何回かあるかないかの。」


 俗にいう吹雪と呼ばれるものらしい。そのなかでも今回は特段に酷いということだ。


「これからどうするんだ?」


 ラピスがシイナに尋ねた。シイナが眉をひそめた。


「こればかりは………止むまで待つしかないかな……。ある程度になったら進めるとは思うんだけど。」

「いざとなったら助けを呼ぶしかないか。」

「そうだね……。」


 ジルの言葉にシイナは頷いた。


 この吹雪がいつ止むということはわからない。こういったものは吹雪くときはとことん吹雪く。一応予備の食料はあるものの、三人では心もとない量であった。


 しばらくどうしようかと、シイナが頭を悩ませていた。


 その時、ある音が耳に飛び込んできた。


 シイナは一瞬吹雪の音かと思ったが、違うようである。

 高く吹き荒れる風の音に混じって低い音が聞こえたような気がした。

 すぐに風の音ではないことはわかった。


「…………なんか、聞こえないか?」


 どうやら聞こえたのはシイナだけではないらしい。ジルとシイナは顔を見合せた。


「何が?」

「こう…………なんか、低く唸るような……。」


 二人がそういうのでラピスは少し耳を澄ましてみた。


 ……………荒れる風の音に混じってたしかに、何か荒く、低い唸り声が混じっている。


 なんの音だろうと、ラピスが訪ねようとした時には、外から怯えたような鳴き声が聞こえてきた。


 シイナはすぐに異変を感じとって入口に盛った雪を少しどけて、外の様子を伺った。


 真っ白な視界の中怯えたように鳴くユキクマと目が合った。彼はある方向を見て鳴いている。


 シイナがその方向に視線を移すと、そこにはモゾモゾと、白い視界の中動く黒い塊がいくつか見えた。

 それはこちらにだんだん近づいてくる。


「どうした?」


 ジルが後ろから顔を覗かせた。ジルもすぐにその動く塊を認識した。


 黒い塊はその間にも、こちらにどんどん近づいてきた。その形が鮮明になるにつれシイナの顔色が変わった。


 体の形はユキクマとよく似ている。たがユキクマよりは小さく、毛の色は闇を塗り固めたかのように真っ黒であった。

 それは荒い息をしながらのしのしと迫ってくる。


「ブラックビースト………。」


 シイナがぼそりと呟いた。そのブラックビーストと呼ばれた獣達はユキクマとシイナ達を取り囲んでいた。


「ブラックビースト?」


 ラピスがシイナに訪ねた。


「この辺りに住むモンスターの1種だよ。ユキクマよりは小さいけど、普通の熊なんかに比べたら遥かに大きい………。」


 その間にも、じりじりとそれらは距離を詰めてくる。そのうちの1匹はラピス達の目と鼻の先にまでやってきた。


「なあ………これ多分そうとう不味いことなってないか?」


 ジルがブラックビーストの様子を伺いながら、入口から顔を覗かせた。

 シイナもちょうど同じことを思っていた。


 ブラックビーストは、肉食で他の動物を狩って生きている。そして、大きい獲物を狙う時は群れになって狩りにいくと。

 ユキクマはまさに格好の獲物で、今の状態は狩りを行う時そのものであった。


 その二人の予感は見事的中して、ブラックビーストが雄叫びをあげて、ユキクマに襲いかかった。その手についた鋭い爪を振り立ててユキクマに襲いかかる。

 ユキクマは悲鳴に近い、鳴き声を上げた。なんとか襲撃から逃れようとするが次々と襲いかかる爪がその、白い巨体に傷をつけていく。


 シイナはいてもたってもいられなくなり、入口の雪を押しのけて外に飛び出していった。後ろからジルの声がしたがシイナの耳には入っていない。


 真っ白な視界の中、たしかにそこに黒い塊が三つ動き回っていた。

 シイナは手早く雪の塊を手に取ると、それをブラックビーストに向かって投げた。

 1匹のブラックビーストが怯んだような何声を発した。シイナの投げた雪玉が見事顔に命中したのだ。ブラックビーストはぶるぶると首を振って顔に飛んできた雪を払い落とした。


 そして、雪玉が飛んできた方に体を向けたのだった。

 その先にいるのはもちろんシイナである。


 ブラックビーストはしばし、荒い息をしてシイナの方を見つめる。

 シイナは動かずに、正確に言えば動けずに見ていた。こうしてブラックビーストと対峙するのは初めてである。感じたことのない恐怖がどんどんとせりあがってきた。


 ブラックビーストがすこし動いたかと思った時には、猛スピードでシイナに向かって突進してきていた。逃げなければならないということは百も承知だが、シイナの足はすくんで動かない。

 シイナは迫り来る獣相手になにも出来ずに立ち尽くしていた。


 突然シイナの視界がぶれる。


 とうとうブラックビーストと激突したのかとシイナは思ったのだが、衝撃は横からきていた。

 ジルがシイナに体当たりして、ブラックビーストからの突進を逃れたのだった。

 二人はそのまま積もった雪の上に倒れる。雪が柔らかかったためうまいことクッションになっていた。


 ジルは既に手にあの薙刀を握りしめていた。視界は雪で霞んでハッキリとしないが黒く動く影は認識できた。

 多少の魔力の気配も感じられる。さすがモンスターといったところか。


 すぐに起き上がり、目の前の影と対峙する。

 その時にはすでに鋭い爪が振り下ろされていた。それをジルは薙刀で受け止めて弾きあげる。

 鉤爪を受け止めた時にかなりの重みが手に伝わった。まるで大剣でもうけとめているような感覚である。

 もしかしたら、目の前のモンスターはあのダウナー街で戦ったチンピラ達よりも強いのではないかと思えるほどだった。


 弾きあげた先にもさらに鉤爪が迫ってくる。

 こんな環境の中で人間が長いこと戦えるわけが無い。これなら短期決戦とするべきであろう。


 またそれを薙刀で弾き飛ばそうとした時、どこからか吹雪に混じって風を斬る音が聞こえた。


 その直後ブラックビーストの体がパキパキという音と共に凍りついていく。青い氷はどんどんとその巨体を登っていき、気づけばブラックビーストは雄叫びをあげながら氷漬けになっていた。


 何が起こったのかと、ジルがあたりを見るとユキクマを襲っていた方のブラックビーストにも異変が起こり始めていた。


 青く光る矢が飛んできたと思うと、その黒い巨体に突き刺さるやいなやそこから氷が広がっていく。

 最終的にはあっという間に全てのブラックビーストが氷漬けにされたのであった。


 ジルとシイナは驚いた表情でそれを見ていた。


 ジルはすぐに白く染った視界の中先に人の気配を感じ取った。

 吹雪に混じって雪を踏み分ける音と、犬の鳴き声が聞こえ始めたことによってシイナもそれに気づいた。


 警戒してその音のする方向に目を向けると、まずは1匹の白い犬が二人の目の前に現れた。こちらを見つけるなり、背後に向かって何回か吠えた。


 すると、白い視界から一つの人影がぼんやりと浮かび上がってきた。それはだんだんとこちらに近づいてきてはっきりと認識できるようになる。


 青みがかかった白銀の髪に、すうっと細く切れた目から漏れる青く輝く光。雪さながらに白い肌。


 二人はその姿に息を飲んだ。


 そこには、毛皮をあしらった独特の模様の入った民族衣装に身を包むこの世のものとは思えないほど美しい少年の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る