7-4 電撃的な日々

 週明け、月曜日。初夏匂い立つ晴れ空は、くっきりとした青が高く抜けている。大きな白い夏雲は立体的な曲線をいくつも重ねていて、梅雨が明けるのも間近であるとさとる。

「だあって。そもそも俺はいつまでぇも成村くん呼びなのに、まーしーだけ初めから名前呼びだったじゃあん。そンで気付かないわけねーってぇの」

 いつものように朝のバス停で剣と会うと、僕は皆本と付き合うことになったと報告をした。

 正直、剣の反応はとても怖かった。たまたまであれ、好きな人が同じだったことは僕をかなり悩ませた。しかし打ち明けてみれば何ということもなく、むしろ剣は「な? 言っただろ?」と快活に笑んできた。

「だからあの日、渡り廊下で皆本が遂にまーしーに告るんかと思ってさぁ、焦ったってワケ。ま、それで案の定玉砕だから、こっちからしたらただの消化試合よ」

 そう、剣はみずからが皆本にフラれることなど、始めからわかっていた。剣はすべてをわかった上で、それでもなお告白へ踏み切ったわけだ。

「つーかずっと板挟みだったわけですよ、俺。わかる? まーしーの恋心応援しつつも、皆本の気持ちもなんとなくわかっちゃってっし、なのに自分の気持ちにも嘘つけねぇっていう。あぁ、剣くんはなんて健気けなげなのでしょう!」

 それは、空気を読んだり周りをよく見ている剣が、自分の気持ちを一番大切にした出来事だったのだろう。結果はついてこなかったけれど、問題はそこではないと剣は何度も重ねた。

「そもそも、誕生日にまーしーから告ったりしたかな? ってソワソワしてたことから始まりだかんね。なのになんかいつまで経ってもそんな感じでもなかったっぽいからさぁ、俺にもチャンスあるかも? とか思っちゃったっつーやつ? プフ! 俺マジピエロ」

「ごめんって」

「あー違う違う。まーしー、違うかんね。俺、まーしーと皆本のこと真面目に祝福してるから」

「剣……」

「俺がフラれた分、ちゃんと謳歌してくださいよ?」

 そうして笑んだ剣だが、学校へ着いてもなお僕にベッタリであることは言うまでもない。

「しっかし悔しいなぁ。遂にまーしーが女の子に完全に取られるなんてな」

「え? そこ悔しがるとこ?!」

「当然。ずっと言ってるじゃん。俺、女の子にモテなくてもいいけど、まーしーと離れ離れになんのだけはイヤなんだよね」

「あのさ、ずっと気になってたんだけど、剣の僕に対する『好き』って、つまり……」

「うーん、そーね。限りなくそっちには近いけど、誰彼構わずじゃねーよ。きっとまーしーにだけだ。一生まーしーに対してだけは、性別越えた好きを感じると思う」

 光舞う爽やかスマイル。うぐぅ、いずれ説き伏せられてしまいそうな……。

「だから別にバイセクシャルじゃあないんだよね。まーしーにだけ生まれてる感情?」

 なんかよくわかんないけど、と加えた剣は、おりが消えた表情をしていた。

「あーっ。また成村くんが真志進くんナンパしてる!」

 教室内を駆けてくる、ビタミンカラーの声。剣が反射的に後ろを振り返る。

「おはよん、皆本」

「お、おはよ、皆本」

「え? なに真志進くん? 『おはよ』の後、なに?」

「おっあ、あのだからその。皆……じゃなくて柚、姫ちゃん」

「うんっ、おはよん!」

「嘘、だろ?! まっ、ま、まーしーが、女の子を名前呼びする、だとッ?!」

「なにもそんな狼狽えなくたって……」

「へっへぇー、いいでしょう。で? 成村くん、どういうこと? わたしから遠ざけようとしてるでしょ、真志進くんのこと」

「チィ、バレたか」

「もーっ、やめてよ。お互いに邪魔しないって約束じゃない!」

「お、お互いにとは?」

「俺もまーしーのこと好きだから、皆本にだけ占有させたくないの」

「わたしも同じ気持ちだから、前に真志進くん独占禁止協定を結んだの」

 なんだそれ?! 顔がぐんにゃりとひん曲がる。

「まーしーと何かするときは、交互にって感じで」

「そしてお互いにお互いの邪魔だけは絶対にしないこと、っていう取り決めなんだよ?」

「だからまーしー、引き続き俺とも付き合って。あ、そっちの意味じゃなくてね? トモダチとして、あくまでも」

「成村くんがこうやって誘惑しすぎるから、わたしが真志進くんと一緒にいる時間が減っちゃってるんだってばぁ! もーダメダメ、成村くんは小学生のときからずっと一緒だったんでしょ? もう交代っ、次はわたし」

「何を言っとんのかね皆本女史は。高校三年生のまーしーはあと半年ちょいしか拝めないのを知らんのか? そんなプレミアムタイムをぽっと出のチミにのみ占有させるつもりはないね!」

「なっ、なにをぉー?! 真志進くんっ、今日は一緒に帰ろうね!」

「まーしーは俺と帰りますゥー」

「いいもんわたしも乱入するもん。それと、お昼は『二人で』食べよーねっ」

「えーっ俺とも食ってよぉ、まーしーっ」

「成村くんばっかりズルい! ねぇねぇ真志進くんっ」

「まーしー!」

「あーもう、一旦落ち着いてぇ!」

 いつから僕は、こんな溺愛されるようになっていたのか……。

 それはそうと。

 あれ以来、ライナルトはリタさんと仲良く過ごしているらしいことを皆本……じゃなくて、柚姫から聞いた。どうやらリタさんの視力をライナルトが補うようにしているらしくて、リタさんはまた庭のマリーゴールドの手入れを始めたんだって。

 黄色のマリーゴールドはライナルトの髪を連想する。だからリタさんは「黄色のマリーゴールドが特に好き」なんだそうだ。ちなみに、ライナルトの左耳前に垂れ下がっていたあの細三つ編みは、かつてリタさんが編んで遊んでいた名残りなんだって。

 あと、リタさんはたまに変な日本語を話すことがあるらしい。その変な日本語で、僕のことを訊ねるんだとか。

「それ、多分ライナルトが意識交換してるんだと思う……」

「やっぱり? なんかねっとり喋るもん。あんなおばあちゃん見たことないから、絶対にライナルトだね」

「ライナルトって誰?」

「な、成村くんには、教えないっ」

「皆本、意地悪ンなったなー? ふーんだ、なぁなぁまーしー教えてぇ」

「えっ?! その、だ、だからそのつまりっ。ゆゆ、柚姫のお祖父さん、というか」

「へー? つーかなんでじーちゃんの話?」

「この前おじいちゃんのことを真志進くんが助けてくれたのっ! ねっ!」

「そっそそ、そ、そうなんだよアハ、アハハハ」

「……まーしーて昔から嘘つくときアハアハ言うよな」

「ギグゥ」

「け、けど、助けてくれたのは嘘じゃないもん! おじいちゃんとおばあちゃんを、助けてくれたんだもんっ」

「そ、それは確かに、そう、です」

「お、マジだ。へぇ、そーだったんかぁ。それで繋がりが」

 ライナルトのことは、まだしばらく僕と柚姫の秘密になりそうだ。

 そういえば静電気も、あれから一切無くなっている。そのことに早々に気付いた剣は、輪をかけて僕とのスキンシップを積極的に行うようになった。それを柚姫が止める……というわちゃわちゃスタイルが、なぜか日常化しつつある。

「真志進くん聞いてる?」

「へっ?! あ、ごめん。考え事してた……」

 帰り道、先を行く剣と柚姫がこちらを振り返る。

「これからあの雑貨屋さん一緒に行こうって話してたの」

「俺も着いてくって言ってんだけど、皆本がダメダメって言うんだよう、まーしーどう思う?」

「雑貨屋?」

「もー。あのブレスレットの代わりっ。一緒に見に行こうって言ったじゃない?」

「あ、うんっ。そだね、行こっか」

「俺は?! まーしー的には行ってもいい?! 今日だけだからっ」

「ふふっ、わかったわかった、しょうがないなぁ。ただし、ケンカしないこと」

 二人の間に入れられる僕。ある種の両手に花だな、と思う。

「サンキュ、まーしー」

「行こ、真志進くんっ」

 僕の電撃的な日々は、きっともうしばらく続くことだろう。

「うんっ」






                   おしまい


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