7-2 乙女心は複雑
目を丸くして息を呑むように仰け反る皆本。
「え? つ、剣って、成村くん?」
「うん」
「別に、その、友達だと思ってるよ?」
おっと、これはもしかしたら牽制されたかもしれない。僕には踏み入られたくないよね。けど敵ではないんだ、むしろ味方だ。そのことをまずはわかってもらわなくちゃ。
「あのね。剣のことで協力できることがあったら、僕、皆本の力になりたいって思ってるんだ」
「え? えと、それってどういう?」
「お節介なのは重々承知の上でなんだけれど――」
グラスの冷たさが僕の掌へ移ったようだ。じっとりとした結露を握る。
「――最近剣と話したあと、なにか気まずくなったこと、なかった?」
「気まずくなった、こと?」
「たとえば、あの……三、四日前の、ほ、放課後辺り……」
どんどんと僕の声が小さくなっていく。うう、むしろいまの僕の方が気まずいじゃあないか。
しかし皆本は一貫して首を捻るばかりで、まったく見当がついていない様子だ。あれ? なんかおかしい。
「えっと、もしかしてなんだけど。成村くんからなにか聞いたの?」
「ちっ、違う違う! なにも聞いてないしむしろ聞けてないの! だ、だからいまのところ僕の推測っ」
「じゃあ、どうしてそんなことを真志進くんが?」
うう、遠回しは形勢が悪くなって仕方がない。確かにこういうとき、ライナルトの言うとおりだなと改めて噛み締められる。ライナルトはよく「いじっかしい」――つまりまどろっこしいと揶揄したり発破をかけてきた。
そうだ、ガチガチに緊張している場合ではない。僕はきちんと真向勝負しなければいけないって話だったじゃあないか!
「は、白状すると。実は僕、皆本と渡り廊下で待ち合わせしたとき、先に剣と二人で話してるところを見ちゃったんだ」
「えっ」
よし、腹も決めた。もう逃げずに切り込んでいこう。
「あのとき確かに僕が遅れたのがいけないんだけど、なんか、皆本が泣いてたように見えて。そ、それがその、最近ずっと気になってて」
「なに話してたのか、聞いてたの?!」
「ううんううんううん! 遠かったから全然聞こえなかったんだ! えと、廊下の端と端だったから、お互いに。だから声届かなくて。けど、皆本が後ろ姿で涙拭ったようにだけは見えて、その、どうしたかなって、ずっと思ってたっていうか」
思わず俯いてしまう僕。
「もしかしたら、皆本が剣に告白して、けど剣が皆本のことをフッて、それで泣いてしまったんじゃあないかな、って引っ掛かってるんだ」
反して皆本はノースリーブの肩を縮み上げたまま、僕を驚愕のまなざしで見つめている。
「だ、だからその、出来ることとか協力できることがあったら、僕、皆本の相談に乗りたいなって、思ってるんだ」
「へ?」
「勝手かもしれないけど、皆本のことを応援したいんだよ。僕、いつも優しい皆本の力になりたくて、それで……」
「違うの、真志進くん」
チラリと視線を上向ける。小さく「はい?」と返答すると、皆本が頬を真っ赤に染めていた。
「逆なの」
「ん?」
「あのとき、わたしが告白されてたの」
「…………」
「…………」
「……はい?」
「だ、だから。わたしの方が、成村くんに、好きって言われたのっ」
カアと首まで真っ赤に染めて、皆本はそっぽを向いてしまった。
なっ、なっ、なんだってぇー?! まさ、まさかのそっちのパターンッ?! ……って、僕こんなのばっかりだな、最近。
「あ、あのとき真志進くんを待ってたら、た、たまたま成村くんが、通りかかったのね」
まぁ、確かにあの渡り廊下の向こうに剣道部の部室があるから、筋はとおる。
「何してるの? って訊かれたから濁したんだけど、成村くん、よく見てるから、周りのこと。真志進くんを待ってるって、すぐバレちゃって」
それもわかる。確かに剣は周囲をよく観察していると思う。広い知見があるという点でも、視野が広いという点に於いてもそうだ。
「そ、そしたらその、こ、ここ、告白するの? って訊かれて、わ、わたしつい、動揺しちゃって。違うよって言う前に、涙のが先に出てきちゃって」
それで泣いてしまったというわけか。
あぁ、乙女心は複雑だ。好きでもない人との密会を疑われたら泣いてしまうのか、そうか。なるほど。……うう、じわじわとダメージが。
「そんなに好き? って訊かれて、そしたら、自分だってそうなんだけどなって、成村くんに言われて」
赤くした頬を隠すように、皆本は顔の下半分を覆った。
「それでわたし、お断りしたの。成村くんのことは好きだけど、友達の好きだからって。でも成村くんと気まずくなるの嫌だったから、なるべく普通どおりにお互い努めようねってなったの」
真っ赤な皆本がソロリソロリとこちらを向く。
「なんとなく、ぎこちなかったかな? 真志進くんに変な心配かけちゃった、よね。ごめんね」
「え、あ、いや……」
違う。問題はそこではないんだ。もっとなんだか、重要な単語がさりげなく出てきたような気がするんだけれど……うう、わからない。
「っていうか。じゃあ剣が最近フラれた、っていうのは」
「わ、わたしに、ですね……」
「ええええっ?!」
なんということだ! 皆本が剣を好きなんじゃなくて、剣が皆本を好きだったなんて! まさか根本から違っていたとは。僕はなんてボケボケなんだ!
「ぼ、僕、ずっと勘違いしてた。二人の傍にずぅーっと居たくせに、全然気が付かなかった」
情けない。のほほんとしすぎだ。いかに勉強しかやっていない奴なのかがわかる。自己嫌悪に愕然としていた僕へ、皆本はクスッと笑みを溢す。
「そういうところ」
「え?」
「そういう『ちょっと抜けてるところ』が、真志進くんのかわいいところだなって思うよ」
「か、かわ……んんっ」
照れる。猛烈に照れる。かわいいなんて褒め言葉、幼少期にだって然程かけてもらったことはない。
「ご、ごめん。僕てっきり皆本は剣のことが好きなのかと思って、その、今も剣の攻略方法みたいなの教えなくちゃって、すごく意気込んでた」
「あはは、ありがとう。やっぱり優しいね、真志進くん」
「で、でもあれだ。逆に僕が、皆本に剣のプロモートしなくちゃ!」
「え? どうして?」
「だ、だって剣、僕が太鼓判押さなくてもカッコいいしいい奴だけど、まだまだ皆本に剣の良さは伝わってないと思うんだ。だからその、剣はこんなにいい男なんだっていう話を――」
「――待って待って!」
立ち上がる皆本。両腕を僕の眼前へ突き出して遮る。
「あの、その場合って、わたしの気持ちはどうしたらいいの?」
「……へ?」
「わ、わたし、高校に入学したときから、成村くんじゃない好きな人、いるんだもんっ」
ガアーン! と、多少古いショッキングなリアクションと共に狼狽える。
そ、そそ、そうだったのかッ! な、なんだぁ、それじゃあ僕が一目惚れした時点でもう僕の恋心は勝敗が決していたっていうこと、か。アハ、アハハ……どうも、告白する前に二度振られた男、神田真志進です。
「そ、そそ、そ、そう、だったんだ……アハ、ハハハッ、ハァ」
チミチミ、アイスティを啜る僕。
ライナルトに仲良し三人組と言われたこの関係も、終わりが近かったということか。フウ、なるほど。現在情報の呑み込みに大変時間がかかっておりますご容赦ください。
「その顔、その態度。まだわかってないんだね?」
「え? まぁ、そうね。ずっとそうだと思っていた予測が外れたので、計算し直しと言いますか」
「そういう、自分は頭数に入れないところも、真志進くんの愛おしいとこだと思ってるよ」
柔い声色に、「どういうこと?」と顔を上げる。
見えた先の皆本は、再び顔を真っ赤にしていた。潤ませた
「わ、わたし、ずっとずぅーっと、真志進くんが好きなんだもん」
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