6 マシン、訪問

6-1 合っているかな

 ファッションというものは難しい。ライナルトが言っていたように、感情に似ていて目に見えないし単位や点数で数値化することが出来ないからだ。

 価値基準は『流行トレンド』であって、季節シーズンによっても変わってくる。日々移ろい続ける変動的なそれは、時に個性を示し、時に新たな視覚刺激ビジュアルを確立する。

 ファッションに於けるすべてのアイテムは、必ずしも流用できるわけではない。場合によっては流用すること事態がタブー視――つまり『終わっている』や『ダサい』などという不名誉な認定を受けることだってある。

 だから僕がいま選んだこの上下の組み合わせが、はたして『正解』なのか否なのかがさっぱりわからない。逆にどうしているから『ダサい』のであって、どうなったら『キマっている』のだろうか?

[あーもーウルッサイやっちゃな! この際なんでもいいわいね。どれ着てもマシンはマシンやちゃ。変わらん変わらんっ]

 どうしてそんなに適当なんだ! ここここれからみみみ皆本家におおおお邪魔しに行くんだよ?! やっぱり、スーツや紋付き袴の方がいいんじゃあないかな?

[ほんなん持っとらんやろがい! 挨拶かっちゅーねんダラボケこの!]

 というわけで、僕は全身をガクガクと震わせながら自室のクローゼットと睨み合っていた。

[いまある服でどーにかしんなんいけんちゃ。ビシィと腹くくれま]

 とは言われても、手持ちだって多いわけではない。かといって、そのひとつひとつが魅力的なアイテムだというわけでもない。一番しっくりくるのが制服しか思い当たらないんだよ。

[しゃーないのう。ほしたらァ……]

 溜め息混じりのライナルトは、僕の視覚を使ってクローゼットにあるものを眺めまわした。

[まぁ、ベースはそん白のTシャツに黒パンでいいがいね。で、靴下はそんくるぶし丈の黄色いライン入ったやつにしられ]

「ええ? これ、こうやって合わせていいの?」

 母さんが買ってきた靴下なのだけれど、黒地に黄色のアクセントラインが派手に感じて、結局まだ一度も履いたことがない。これをモノクローム上下に合わせると、派手さがおしゃれに変わるというわけか。ふむふむ?

[あァとォはァ、そっち引っ掛かってんの見してくれん? んー、ほうやなぁ。したらこん黄色いシャツ上から着られ。靴下と合わせ色になっていいわいや]

「こ、これ、父さんがもう着ないからってくれたお古だよ? そしてまた黄色……」

 僕よりも筋肉質で背の高い父さんが、知らないうちにこのクローゼットに置いていった服が何着か存在する。そのうちのひとつが、ライナルトがいま指した半袖シャツだった。僕だと着ぶくれしてしまうから一度も手が出なかったもので、父さんに「なかなか着てくれない」と悲し気にぼやかれたこともある。

[まぁまぁつべこべ言わんと、全部一旦着てみられ。あ、わかっとると思うがいけど、シャツはボタン閉めんでくれや?]

「閉めないの? だらしなくならない?」

[ダラボケ、羽織もんは留めんでいいちゃ。留めたとしても真ん中の二個とかにしられ。中の丸首と外のVで、首もとに緩急付けたらいいじ?]

「な、なるほど」

 二分後、ライナルトの見立てたそれを着た僕自身を見て驚いた。開いた口が塞がらない。僕の手持ちでここまで出来るとは!

[ふん、まぁ、こんなもんやろ]

「すごいよライナルト! 『着ぶくれシャツと冴えない僕』が、すっかり『おしゃれシャツと着慣れた僕』って感じに見えるよ!」

[ブッ! 着ぶくれやなくてオーバーサイズ言うてくれんけ]

 そうかなるほど、こう着るのがいいのか。この技法を駆使すれば、父さんがくれた数ある『着ぶくれシャツ』は、くまなく『オーバーシャツ』として再び陽の目を見ることか出来そうだぞ!

[マシンのTシャツ、モノトーン多いしやな、柄もん色もんのオーバーシャツが合わせやすいようなっとるじ? 上手くやってみられ]

 上手く出来るだろうか。買い物だってなかなか行かないのに。

[わからんだら、これからはツルギに相談しねや]

「そうか、なるほど」

[ツルギのことやしィね、マシンに相談されたらすぅーぐ飛んで来よるわ]

 メッセージを送った二分後にインターホンを押す剣を想像して、思わず吹き出してしまった。確かに、剣ならあり得そう。

「ていうか、ライナルトってすごく現代ファッション詳しいね?」

[前の宿主が服好きでやね、話聞いとるうちにいろんなこと覚えっちまってんて]

 へぇ、なかなかオシャレな人のところにいたんだなぁ。

[そん宿主んとこもまぁ長かってんなぁ。あ、市内の雑貨屋やぜ。ユズキがマシンのブレスレット買うたとこ。そこン女店主やちゃ]

「あぁ、そこに繋がるのか」

 ライナルトがリタさんと会えたあかつきには、そっと事後報告をしに行ってもいいかもしれない。

 ともあれ。格好が決まったいま、いよいよ皆本家に向けて出発だ。

 昨日の雨は結局予報が外れて、夕食時を過ぎる頃まで降っていたのに、一転して今日はカラリと晴れた。とは言えまだ雲は残っているので、快晴ではない。

 ついでに、梅雨の晴れ空といった具合でなんだかジワアと蒸している。滲んだ汗が肌の上に纏わりつくように残る感触が、時間経過と共に不快感に変わっていく。

 僕の自宅から皆本家までは、自転車で三〇分程度のところにあるらしい。あらかじめ住所をうかがっておいたので、地図アプリを確認しながら自転車を漕ぐ。その間ひたいに汗が滲んで、せっかくライナルトの勧めてくれた『Tシャツにオーバーシャツの重ね着』をひっそりと恨めしく思っていた。

 皆本家に到着した僕は、家を囲っている塀と並列に、そして限りなく塀に寄せて自転車を停めた。目線を上げた先にあった、インターホンの黒い直方体にまっている確認用カメラになぜかギクリとして、僕は生唾を呑む。

「みっみみ、み、皆、み、皆本っの、家は、こここここここで合っているかな」

[合っているかなて。そこになんやら書いてあるわいね、ミナモトて書いたるがやないんけェ]

 よく観察してみれば、インターホンの傍に表札があった。うむ、間違いなく『皆本』とある。

「当たて、あったて、当たっているなっ! アハ、アハアハアハ」

 ダメだ。僕自身がこんなに安定しないんじゃあダメすぎる、緊張で酷い状態だ。インターホンなどという見慣れたものにさえこんなに緊張し、表札の文字に判断を鈍らされていては、この後自宅に上がらせていただいた後はどうするんだ。確実に身が持たない。こんなんじゃあそもそもとして話にならない!

[何しとらん、早よピンポン押せま]

 ちょ、ちょっと待ってよ緊張してるんだから。スゥ、ハア……うううお腹痛くなってきた。前かごに乗せていた手土産の菓子折りを取り出す手も震えまくっている。

[もー、いじかしまどろっこしいなぁ。ワシと代わられ、勘弁ならん]

 呼吸を調えてながら緊張をいなしていたところだったのに、ライナルトが強引に僕の精神を引っ張り込んで入れ替わってしまった。ビビビと電気が走ったような衝撃が全身を巡り、フッと辺りが暗くなる。まばたきがふたつ重なった後に見えたのは、ぼんわりとしたスクリーン様の映像で。

「わあーっ?! ラ、ライナルト! 本当に冗談じゃないよ!」

[ダラボケ! ワシがどんっだけこの機会を待っとったと思とんけ! 待つんはしまいじゃ]

「わかった、わかったから代わってお願い! 僕が円滑にやるから代わってぇ!」

 ベタアとスクリーン様のそれにへばり付いて、声を限りに必死に叫ぶ。まぁ、そんなことをしてもライナルトが代わってくれなければ意味がないのだけれど。

[こやってさっさと押したらいいがいね]

 ピーンポーン、ピーンポーン。

「うわあーん、押しちゃったァー!」

[こんにちはぁ。ユズキチャンとリタチャンにお会いしに来ましたァ]

 もうダメだ、準備がなにも調っていないのに! ライナルトのばか。なんの躊躇いもなくやっちゃってくれるなんて、まったく!


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