5-2 仲良し三人組

「は……はいぃ?」

 ひくひく、と口角がひきつる。

 僕と剣は、確かにいろんなことを話してきた。けれど恋愛関連については、ほぼ話したことがない。ほぼ、というのは『告白されたがお断りした』『付き合ってみたけど別れた』ということについてのみ、随時剣から聞いてきたからだ。僕はいずれも一度も経験がないので、僕から話すことはなかったというわけで。

 剣が付き合った彼女とどこに行っただとか何をしただとかまでは、実は一切知らない。だから剣に好きな人がいたことだって、この一五年の付き合いの中で『いま初めて知った』ことだった。

 それが急にどうした。「好きな人は誰だ」だとかはすっ飛ばして、まさか「いつ告白するの」と訊ねられるなんて。こんなの、前もって予想出来るわけがない!

「まーしー、高二になったくらいから好きな人居るだろ? もう一年くらい経つし、すっかり告白したのかと思ったのにしてなさそうだったからさァ」

 見抜かれている……ドンピシャで見抜かれている。確かに、皆本のことを好きだなと思い始めたのは、去年のクラス替え直後のことだった気がする。

「ど、どど、どうして、わかったの?」

「どんだけまーしーのこと見てきたと思ってんだよ。わりとすぐわかったよ」

「じじじじゃあその、だ、誰のことだとかも、剣は、予測ついてる、てこと?」

「まあーそうですねィ。九割八分で正解かと自負しておりますよ」

 は、恥ずかしい! 普通に恥ずかしい! なんか全部話してないのに全部バレてたとか恥ずかしいが過ぎる!

[いいねかァ。仲良し三人組の仲やろ? 手間ァ省けるやん]

 よくない! 知らないうちに綺麗な一方通行が完成しちゃってるじゃないか。

[ほうけ? わからんがやん、ユズキの気持ちちゃんと訊いとらんしやね]

 いいや、わかるね。ライナルトだって見ただろ? 皆本が剣に告白しているところを。しかも皆本は泣いていたんだ。告白『されて』泣く理由なんかないんだから、告白『して』泣いた、つまり『フラれてしまった』に決まってしまうじゃあないか。

[『決まってしまう』て、お前なァ]

 そして何より、剣から皆本の話を聞かない。もしも付き合いだしたとしたら、そのタイミング以降で二人が一緒にいる場面を頻繁に見るだろうし、どちらからもそういう話をされるだろうしね!

[……まぁ、マシンが自分の目ェで見たもんしか信じん言うんならなんも言わんがやけどォンね。訊きもせん確かめもせんうちに結果出そうとするんは、なんや違うんやないかなー思うわいね]

 グサア、とライナルトの一言が刺さる。ベラベラと理論立てた後にその端的な一言は、なかなかに攻撃力が高い。

 でも、確かにそうだ。僕だって、昨晩まで散々ライナルトに「話を聞いてみなければ真実はわからない」みたいなことを説いていたじゃあないか。それがなんだ。いざ我が身になると保身に走って、剣の傷心の真実はおろか皆本の涙の真相すらも『想像』で補填ほてんして済ませてしまっている。

 こんなんじゃいずれいろんなことに齟齬そごが出て、剣とも皆本とも友達でいることがぎこちなくなってしまう。けれど、それと僕が皆本に告白することは並列に出来な――。

「ま、まーしー?」

「あぇっ?!」

「ゴメン。もしかしてこのこと訊いちゃまずかった?」

 コソコソの剣の耳打ちに、ブンブンと首を降る僕。

「ううん違う違う違うまずかったとかじゃなくて! あの、僕、そもそもずっと誰にも言ってなかったのに、知らないうちに剣に知られてたこと、なんかその、恥ずかしくなっちゃって……」

 あ、言い方なんか違う気がする。語弊がある。

「あ、だからつまりっ。剣に知られなくないって意味じゃないよ! 違う、そうじゃなくてさ。えーっと……」

 シュン、と俯く僕。防水スニーカーに雨粒が浮いているのが見える。

「ぼ、僕、好きになったとしてもその、告白するつもり、もともとないから。だから話題にもしなかった、っていうか」

[なんでかァ! 勝負しんなんだめやん、ワシ見ならえダラボケこの!]

「なんで? まーしーらしくない。わかんないことは自分で調べて開示するのがまーしーだろ? 相手の気持ちわかんねーうちから諦めたらダメだって」

 外からも内からも同じこと言われている。うっ、と言葉に詰まって、剣から顔を逸らした。

「ま、まぁ剣も知ってると思うけど、その人には好きな人がいるんだ。それは僕じゃない人。だから僕が彼女に気持ちを言わなくたって、既にフラれ確定なんだよ」

「えっ……あ、いやいや。ほ、本人に確かめたのかよ?」

「確かめなくたって、見てればわかるもん」

「見ただけ? じゃあ本人の真実じゃねーんじゃん。そんなの結果証明エビデンスって言わねーよ?」

「だって玉砕すんのわかってんのに、意気込んでぶつかりに行けるような自信なんて、僕にはないんだものっ」

「まーしー……」

 公共交通機関の、しかもそれなりに混雑している中で発言することではなかった気がする。小声ではあるけれど、周囲の数人にはジロジロと見られてしまっている。うわあ、恥ずかしさ極まれり。

「そんな、『推測』と『感情』しか優先しねぇまーしー、らしくねーよ」

 剣が小さく、そして低い声色で強く言い切った。カアッと頬と耳も赤くして、僕は口の中を強く噛む。まるで針のむしろのようだ、身の置き場がない。

 高校最寄りのバス停よりもひとつ手前だったけれど、僕は慌てて手近にあった『停まる』ボタンを押した。「次、停まります」の女声アナウンスが流れて、三〇秒もしないうちにバスが停車。人と人の間を逃げるように掻き分けて、ICカードをタッチして転がるように下車する。

 僕を呼び止める剣の声が聞こえた気がしたけれど、背中がソワソワと寒くなって、恐怖に似た背徳感すら貼り付いた気がした。僕はその後、剣を一瞥いちべつも出来なかった。


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