4-2 死にきれない

「なんとなく、殺されてしまったのがそのすぐ後だったってところかな……と思ったけど」

「ほやねぇ。まぁ、予測つくくらい簡単やったな」

 ライナルトは孔雀石マラカイトを伏せてニタァと笑んだ。

「リタの親父さんが、突然なんやらで拘束されたがいちゃ」

「こ、拘束?」

「ん。突然のことで、ワシらには上辺うわべしか聞かされんままんなっとったけェ、詳しくはなんもわからんげん。やで、ワシはずっとそれを調べたかったんやと思う。まだちゃんと全部は思い出しきれてないがやけど」

 死んでも死にきれない理由は、そういうところから始まっていたのか。

「リタの親父さんは商人やったし、いろんな人と繋がっとったがは確かやよ。けど」

 下げていた鼻先を、僕へ向けるライナルト。

「あン人は、絶対に犯罪とかに手ェ貸すような人やなかった。拘束されたんも、間違いか濡れ衣か何かやったんやぜ」

「うん。だって、愛するリタさんの親御さんだもんね」

「な、なんけェ、マシンのくせに。『愛』とかなんとか……そんな簡単に言っとんなま」

「自分のことになるとそうやって恥ずかしがるんだな、ライナルトは」

 くす、と笑んでやると、ライナルトはスラリととおった鼻筋にシワを刻んだ。フンとそっぽを向いて、しかし話の本筋を続ける。

「あン人が拘束された話は、親父から聞かされた。そんときにリタとリタのお袋さんがどうなっとったかはわからん。大体そん時点で、誰に拘束されたんかもようわからんまんまやったしな」

 きっと、警察ではない行政か、団体か、はたまた個人か……ライナルトも恐らくその辺りと予測していただろう。この一件が間違いなく理不尽行為であったことが窺い知れる。

「リタの親父さんが連れてかれて二、三日した頃、ワシん家にもなんやらゾロゾロ来よってな。ワシの親父と、家具職人見習いの弟たちが連れてかれてしまってん」

「リタさんのお父さんと繋がりがあったと思われたんだね」

「ほやろね。畑しとった母ちゃんと他の姉弟たちは連れてかれんかったからな」

「ライナルトは、そのとき」

「当然連れてかれたがいちゃ。けど、親父たちとは違うとこに連れてかれたが」

「ど、どこに」

「資産家の邸宅」

「え? 資産、資産家?」

 何が目的だろう。僕は顎に手を当て視線を下げる。

 例えば、その資産家がリタさんのお父さんの事業を乗っ取りたくて失脚させるのが目的であれば、わざわざライナルト一家まで拘束する必要はない。するにしても、それは当人と良縁であるライナルトのお父さんだけでいいはずだ。加えて、ライナルトだけが別にされる意味も解せない。

 そもそも彼らが、ライナルトのお父さんやリタさんのお父さんを拘束してまで、世間と離れさせる意味は何だ?

「資産家が邪魔に思っている人たちを、一斉に隔離した?」

 何のために? なぜ資産家は、ライナルトを邪魔に思う? ライナルト『だけ』を特に邪魔に思った? 共通項はなんだ?

「……リタさんを、欲したがため?」

 下げていた視線を上向ける。ライナルトは、孔雀石マラカイトをの目尻をスイと細め、粘着質な笑みを作った。

「マシィーン。ほんまお前、がんこ凄いやな」

 あぁ、やっとわかった。ライナルトは自分が不利だったりあまり良くない状況になると、敢えて笑みを貼る人なんだ。

 それは、みずからを奮い起たせる意味があるのかもしれない。相手の動揺を誘うためかもしれない。『そのとき』もきっとこうして、ライナルトは笑っていたのかもしれない。

「この拘束劇は、ライナルトからリタさんを世間的に奪うことが目的、だった?」

 言い切って、胸が苦しくなった。言葉を詰まらせていると、ライナルトは上げた口角から静かに続きを話していく。

「リタに資産家の婚約者がったなんぞ、ワシも親父も知らんだんや。そもそも『婚約者』なんて、リタからも親父さんからも一っ言も聞いたときなかったしな。やけど、急に婚約者や言う資産家の若造が現れて、ワシらを罰する言うてやね」

「罰、する」

「『自分無視して、ヒトの女を傷モンにしよって』ェ言うてな。ワシ以外の他のみんなが何されたかは知らんけど、少なくともワシは結構なことされたン思い出したちゃ」

 耳を塞ぎたくなるような暴力を、自称婚約者の資産家から数多くされたらしい。奴が自身の部下に指示し、ライナルトに手を上げさせ続けたようだ。

「身に覚えのないことたっくさん言われた。なんでか謝れェちゅうんも言われた。けど嫌やった、絶対コイツに謝るんだけは違う思てたし。意味もわからん、納得いかん」

 自分の二の腕を抱く僕。

「ワシが頑丈ながが、気に食わんし歯痒かったんやろね。どんだけいたぶってもなかなか事切れんワシに向けて、持ってた銃の引き金引いてきたん。アイツは自分でワシにトドメをさした」

 つい顔をしかめてしまう。キツい話だ、ライナルトが可哀想でならない。

「それでもワシ、実はまだちょっこし息があったが」

「えっ」

「奴らは気ィ付いとらんかったけどな」

 いたずらそうに笑むライナルト。も、申し訳ないけど、それ以降は『頑丈すぎ』に一票だな……。

「でな。放っときゃいいがに、昼か夜かもわからんうちにワシは何人かに運ばれて、金属のレールんとこに横たえられた。それがワシの、マジの最期やね」

 そこへ、車輪のついた乗り物がやってきたという。

「ほんときやが。悔しい、悔しいって何回も何回も強く思ったん。うらめしくて、憎くて、レールに向かって怨み言たぁくさん刻むように思ったったんや」

 レールは金属製だった。恐らくそれが、ライナルトが『電気で移動する』幽体になった所以ゆえんかもしれない。怨み言を吸わされた金属にとり憑いたような感じだったのだろうか。

「怒りと怨みの想いでレールにしがみついて、あン婚約者になんか仕返し出来んやろか思とったがけど、なんやら気ィ付いたらリタのものそい近くに出てん」

「えっ、初期にリタさんに会えてたんだ?」

「まあ初期言うても、ちょっと経っとった思うわ。そんときのリタ、赤子ったもん」

「えぇぇ……」

 資産家婚約者とのお子さんだろうか。もうダメだ、ライナルトが可哀想すぎて聞くに耐えなくなってきた。

 愛する人と将来を誓い合っていたのに、突然横取り紛いのことをされた挙げ句、そいつに酷い殺され方をしたライナルト。リタさんは、その真実をどう受け止めていたのだろう。ライナルトやリタさんのお父さん、そしてライナルトの弟さんたちは、結局どうなってしまったのだろう。

 そもそも彼は婚約者だと名乗っていたらしいけれど、はたして了承を得た正式なそれだったかも怪しい。リタさんを欲すあまり、資産家自身が勝手にでっちあげた可能性だってある。いくらなんでもやり方として卑怯すぎるから。

「話し声も景色もうっすーらしか聴こえんし見えんとこにったワシは、あンときリタに何があったんやろて気になったが」

 それはそうだろうなと思う。ライナルトがたとえ幽体になっても現世に留まり、「真実を知りたい」と飢える気持ちにも頷ける。僕も半分同じ気持ちになっているもの。

「やで、そのまんまリタと赤子ンこと見守ることにしたんや。いま思えば、ワシがったがはリタの持ち物……ほやなぁ、小物かなんかやったと思うげん」

「それが何かのタイミングで、誰にも触れられなくなった、と。しまわれたとか、売られたとか」

「ほやろなぁ。そんときまだ静電気セーデンキで、まして移動できるなんて想像もしてんからやな。ずぅっとそこにったんやろねぇ」

 暇か、と嘲笑気味に笑ったライナルトを見て、「きっとさ」と前のめりに口を挟む。

「リタさんと一緒に、ライナルトも日本に来てたんじゃないかと思うよ」

 ライナルトがこっちを向いた。いつものあの笑い方をしていない。どちらかといえば真顔気味だ。

「一緒に、け」

「うん。じゃなきゃ二人とも日本に居るなんて、偶然だとしても不自然だよ。リタさんの持ち物として、何十年も前にライナルトごと日本に持ち込まれたんだ」

 きっと、と小さく加える。そうとでも思っておかないと、ライナルトの不憫具合に感情がどうにかなりそうだった。いくらなんでも、天国と地獄の高低差が酷すぎる。

「その資産家、いまどうなってるんだろうね」

「さあの。一緒に日本に来たんやろか」

「名前とかわかれば調べられなくもなさそうだけど。ま、仮にリタさんの傍にいた子どもが資産家との子どもだったとしたら――」

 ハッと口をつぐむ。踏んではいけないワードを踏みかけてしまっている。

 そう言葉を呑んだ僕に代わって、ライナルトはやっぱり粘着質に笑んで、ハッキリ続きを言ってしまった。

「ユズキは、ワシを殺した男の孫でもあるいうこっちゃなぁ」


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