3-5 ベストだと思う

 最後って、最後? ほぼ思い出したライナルトの、最後の望み?

[な、なに?]

 鼻を啜った皆本は、ライナルトをまっすぐに見据える。僕はぎゅっと胸の辺りを強く握った。

 これで本当に最後になってしまうんだろうか。まぁ、始まりも終わりも唐突の方がモヤつかなくていいともいうけれど。

 なんだろう、この気持ち。ライナルトに「最後」と言われると、ひどく寂しい。

[リタに、会いに行かしてくれんけ]

 きっと、いや確実に、ライナルトがリタさんと再会するときがライナルトと僕の離別になる。それを考えると、なぜか胸の中がグラグラと揺れてざわめきたった。バランスが取れないような不安感から、僕は幼くもみずからの二の腕を抱く。

[わたしは構わないけど。でも、どうやって会うの? 実体化とか出来たりするの?]

[出来んわいね。出来とったらいまユズキにも素顔で会っとるやんか]

[そ、そうだね……]

[やで、いまみたいにマシンに精神交代してもらって、ほんで会うしか思い付かんがいちゃ]

 僕も同意見だな。いまのところそれしかないと思う。

[マシンもおんなし同じやて]

[そっか。うん、そうだよね。だったらやっぱり、わたしの家に来なくちゃいけないよね、近々]

[そーなるわな]

[あの、真志進くんに話してもいいですか?]

[おん]

[真志進くん、あのね。一旦この話、おばあちゃんにもしてみようと思うの]

[とり憑いとることかいや? リタ意味わからんと、卒倒してしまうんやないがん?]

[アハハ。それじゃ困るからとり憑いてる云々は言いません]

 皆本に笑顔が戻る。そして、進展したことで晴れやかさが増したようにも見える。

[そうじゃなくて。おばあちゃんが知ってる『ライナルト』について、もっと詳しく訊いておかなくちゃと思ったの。わたしがいま二人に言ったことは、かなり前に聞いたことを基にしてるだけだから]

[そうけ。まぁ、ワシは全面的に二人に任すからやな。マシンもユズキもたったとても賢いしィんね、心配ないがいちゃ]

 ライナルトはそう言うと、僕の精神を無理矢理引き戻した。視界の転換や突発的変動で、思わず「うわっ」と情けない声が出てしまう。うぐっ、しかも頭クランクランするし……。

「うう……ラ、ライナルト。交代するなら一声かけてからにしてよぉ」

「え? あ、真志進くん?! 真志進くんに戻ったの?!」

「う、うん」

 ほら、皆本も慌てているじゃないか。

[えーやんけ、そのうち馴れるやんなぁ]

「ご、ごめんね皆本。なんの前触れもなく、僕とライナルトで行ったり来たりして」

「ううんっ。それより真志進くん大丈夫? 頭抱えてるし……頭痛い?」

「もっ、もう平気だよ。ほんとごめんね、変な心配かけてばっかり……」

「もう、真志進くん。わたしとの約束忘れちゃったの? 『ゴメンじゃなくて』?」

「あっ! あーの、えと、あ、『ありがとう』」

「ふふっ! うん。どういたしまして」

[ほーおん? へぇーえ? マシィーン、おおん? えーやんけぇ、えー雰囲気やねけぇ。のう?]

 かっ、からかっても、別にどうにもならないからっ。ひとまず、話を元に戻さなくては。

「み、皆本、あの。ライナルトのこと、他に疑問とか訊いておきたいこととか、ある?」

「ううん、ひとまずは大丈夫かな。思った以上の収穫だった感じだし」

「それは何よりだね」

「勇気だして訊いてみてよかった。二人ともありがとうね」

「いやぁ、そんな」

 ライナルトも調べものが進んで、本当によかったね。

[ん。それでェンね。ワシこれから、リタと会ったときに話すこと決めてり整理しとくがいちゃ。あとは二人で話進めといてくれんけ]

「ライナルトが、リタさんと会ったときのこと考えておくからって」

「ありがとう、ライナルト。そっかぁ、嬉しいな。わたしも今日家に帰ったら、すぐにおばあちゃんと話してみるからね」

「わかったよ、よろしくね」

 そういえば、思わぬかたちで好きなの自宅にお邪魔することになってしまったんだなぁ。目的を完遂するまでは気が抜けないけれど、随分と美味しい展開でもあることには違いない! それに、いままでにないほど皆本と長く話ができた時間だったんだ。僕にとってもいい昼休みになったんじゃあないだろうか!

[デレデレやねけ。顔注意せぇ、顔]

 うっ。わ、わかってるよ。

「あ、そうだ。あのね、皆本」

「なあに?」

 思わず声を潜める僕。肩を丸めて縮こまる。

「剣や他の人には、このこと黙っておいてほしいんだ」

「とり憑かれてること?」

「うん。だからもし僕が教室で変な顔して黙ってたら、十中八九ライナルトと心の中で喋ってたり言い合ったりしてるときだと思ってほしいんだよね」

「ふふっ。はい、心得ました」

 皆本は、その癒しの柔い笑みと共に首肯を返してくれた。

「じゃあバレないように、二人の秘密にしなくちゃ、だね」

 右人指し指をピンと立てて、その血色のいい唇へとあてがう。ぐはあ、反則的にかわいすぎる!

「ふたっ、う、うんっ!」

 この仕草ひとつのお陰で、甘美で幻想的な秘匿共有になってしまった。胸がキュンキューンと詰まって、その余韻にじぃーん、と浸る僕。

 やがて弁当をそれぞれに食べ終え、手を合わせて「ごちそうさまでした」を二人揃って完遂。簡単に片付けを済ませて、教室へ戻ろうかとベンチを立った。

 流れのままなんとなく、僕と皆本は並んで歩く。それだけで、教室を目指す道中に特別感が付与されて、まるで景色が違って見えるかのようだった。

「端から見てても、ライナルトの話を聞いても、ほぼ当人同士で間違いなさそうだよねぇ」

「そうだね。あとはリタさんのお話から裏付けられたり、確証が持てればいいだけだからね」

「おばあちゃんとライナルト、どんな関係だったんだろう」

 確かに。それをまだ訊いていなかった。

「ライナルト黙ったままだから、後で訊いてみるよ」

「ありがとう。いい関係だといいよね。もしそうなら出来るだけ早く会わせてあげたい」

「うん。なんせ半世紀超えだもんね」

 途方もないほど前の離別にもうすぐ片がつくと思うと、ソワソワするし気も逸ってしまう。こういうときこそ落ち着かなくては。

「真志進くんは、ライナルトの顔とか容姿とか見たことある?」

「うん。とり憑かれてすぐ精神世界に引き込まれたんだけど、そのときに一回だけ。金髪碧眼のシュッとしたイケメンには違いなかったんだけど……」

 性格や口の悪さがなぁ、とモニャモニャ濁しつつ苦笑い。

「いいなぁ、わたしも会ってみたい」

「そっ、それはやめた方が、いいかもしんない……」

「ええ? どうして?」

 そうして純真無垢に見上げられると、息が止まりかけるほど胸の鼓動が速くなる。うう、と言い淀んだ僕は、咄嗟にアワアワと返答した。

「だっだだだだって、ほ、ほら。静電気でね? ビリッてなって移動するからさ、ライナルトは!」

「静電気くらい、わたし平気だよ」

「か、かかかなり強めのビリッだし、危ないからっ。ね?」

 むう、と頬を膨らませる皆本。グワア、激かわ。かわいすぎるしその癒し効力の限界突破で僕の視力が新生児期まで戻されてしまう。

 本音をいうと、ライナルトに皆本の内心を読まれてしまうのがはばかられたからだ。皆本のプライバシーだって、僕はきちんと守りたい。

 それに、僕の恋心を皆本に簡単にばらされてしまっては残りの高校生活が終わってしまう。やはり皆本に貰ったこの左腕のブレスレットだけは、そう簡単には外してはいけない。いつライナルトが僕から脱出しないとも限らないもの。

「まーぁしーぃ、おっかえりぃー!」

 教室に入るやいなや、剣が駆け寄ってきた。がばりと抱きつかれて、やはり教室がざわっとどよめいて。

「一人で食う昼飯つまんなかったァー。明日は俺と食ってね、まーしー」

「わ、わかった。わかったからちょっと離れて、剣」

「あ、やっぱり皆本と出てたんだ?」

 僕の背後にひっそりといた皆本に、早くも気が付いてしまったらしい。ドキィッと心臓を跳ね上げる僕とは対照的に、しかし皆本はサラリと剣をかわした。

「別件だよー。たまたま廊下で真志進くんと会って、一緒に戻ってきた感じ」

「あれ? そうだったんかぁ。てっきり二人一緒だったのかと思ってた」

「わたしは後輩に呼ばれてたの。真志進くんは進路指導室だったんでしょ?」

「そっそそそそうなんだよ」

 ねぇ? と見上げられて、しかし相変わらずぎこちなくガクガク頷いてしまった。せっかく取り繕ってくれた皆本の気苦労が台無しになってしまったのではないだろうか。

 というか、皆本と僕が一緒に居たと剣に知られてしまったら、僕が皆本から剣に対する恋愛相談なんかを受けていると思われてしまうかもしれない。昨日、一度剣にフラれてしまった皆本の株を下げてしまうわけにはいかない。

 いろいろな意味で、僕と皆本の秘密共有の件は隠しとおさなくちゃならない。皆本の良さは、僕が必ずそれとなく剣に伝えるからね!

「じゃあわたし次移動だから、準備しに行くね」

「おうっ。ほんじゃねぇ」

「ま、またね皆本っ」

 ヒラヒラと返ってくる、皆本の細い五指。ああいうところも、リタさん譲りなんだろうか。夢という名の妄想が膨らむ。

[マシンよ]

 わあっ?! ど、どうしたの、ライナルト?

[ほんなんでいいがん? お前それじゃ、ただのマヌケなオヒトヨシやねか]

 いいの。決めたの。皆本には笑顔でいてほしいの。

[ふーん? ほんなもんけェ]

 つまらなさそうなライナルトの相槌。しかし僕の本音は、そのライナルトと同意見だったんだ。本当は僕だって、「皆本と剣をくっつけるなんて……」と思っている。だけど僕だけが見てしまった皆本の涙のことを思うと、もっと胸がキツキツと痛むんだもの。

[あぁほやほや。それとやなぁ、マシン]

 なに?

[今日家帰って、予定ダイジョブんなったら、ちぃとお前と二人で話さしてくれんけ]

 低い声。真顔気味のライナルトなのだとさとる。

[顔突き合わして話したいげん。ええか?]

 いいもなにも、特段断る理由がない。

 承諾した「いいけど」の後で背筋に貼り付くような不安感を認識した僕は、再びそっと自身の二の腕を抱いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る