3 マシン、驚愕

3-1 マシンより大人

 翌日は朝から薄曇りの天気。こんな日は弱い静電気が盛んになるのだけれど、僕の気持ちは以前よりも晴れやかだった。

 左手首に光る、皆本がくれた静電気避けブレスレット。これさえ身に付けていれば、僕は感電することなく過ごせる。少なくとも昨日一日は一度もバチッとやることはなかった。これは快挙だ。僕の人生一八年間生きてきた中で一度もなかったことだ!

 だけど、いまはそんなことに喜んでいる場合ではない。

 昨日の放課後、剣と皆本の密会現場をライナルトと共に覗き見てしまった。艶っぽく幸せそうな密会なら、僕が赤面したり片想いが終わったとショックを受けて終わればいいけれど、まさかの『告白して実らなかった』らしい現場だったから後味が悪い。

 それを当人たちに軽々しく言えるわけもなく、しかし一人で抱え続けるには秘密の重量がかなりあって、罪悪感で押し潰されそうでたまらなくなっていた。

 一昨日の誕生日から、大切な人たちへ意図せず秘密が増えていく。それは決して心地いいものではない。剣にはいつもいつまでも正直でいたいし、皆本にも健全な心持ちで接したい。

 今朝から二人にどんな顔で会えばいいのか――昨晩から悶々と考えていたけれど、教室に入ってきた剣に大きく声をかけられた途端、その心配はパンと飛んでしまった。

「まーぁしーぃ! おっはよーん!」

「わあ?! お、おはよ剣っ」

 今日の剣はいつも以上に溌剌はつらつとして、鞄を自席へ放るなり僕の席まで駆け寄ってきた。昨日皆本をフッたとは思えないテンションで、安心したやら疑念が募るやら。

 ともあれ、僕は僕で『いつもどおり』を保つに限る。気持ちを切り替えて、頬に笑みを貼った。

「昨日はノートありがとうね。約束どおり机の中に入れておいたよ」

「わかりにくくなかった? 俺さぁ、いつでもまーしーの綺麗なノート目指してんだけど、なかなか理想になんねーからさぁ」

「そんな。僕のノート目指さなくたっていいよ。剣のノートは相変わらず綺麗だったよ。あれ一発清書でしょ? スゴいよ」

「え、まーしーもそうじゃねーの?」

「まさか! 僕は、昨日みたいに残ってるときか家に帰ってから、その日の分を清書してるんだよ」

「えぇ、そうだったん? なぁんだ、まーしー二回書いてたのかぁ」

「だって板書の写しは酷いもんだから、見せられたもんじゃないし」

「まぁ書き直すだけで復習にもなるもんなぁ。そりゃこの進学校でも学年一位死守すんの納得だわ」

[マシンもエグいけンど、ツルギも大概や思うわいね……]

 ライナルトがひっそりと引いていくのがわかった。僕は内心でクスッと笑む。

「真志進くんおはよ」

 背後からかかった柔いこの声――皆本だ、と勢いよくぐるん。

「おっおはよう皆本!」

 努めて明るくした挨拶が、緊張からまた大声になってしまった。

 というより。剣と皆本がかち合う場面は、もしかしなくてもしんどいのでは? 一人でハラハラしていたものの、何の気なしに剣から皆本へ「おはよん」が飛ぶ。

「おはよ、成村くん」

「あれ? 皆本、今日顔色悪くね? 寝不足?」

「え、そう? 昨日塾に遅くまでいたからかなぁ?」

 ふ、普通だ。二人とも普通だ。これが『モテ陽キャ』のポテンシャルか?

[大人ンなると、隠すの上手ぁくなる言うしなァ? 二人のがマシンより大人ながいぜ!]

 ゲラゲラゲラのライナルトは無視。目の前の二人を観察する。

「成村くんはちゃんと眠った?」

「俺はオリコーなので六時間睡眠です。つーか、気にするべくは、俺よかまーしーだろ」

 えっ、僕?! まさか話題の中心にさせられてしまった。二人の視線が同時に僕へ向く。

「昨日ヘロヘロになったり元気になったりって、安定しなかったし」

「そうだねぇ。真志進くん、今日は体調なんともない?」

「ノート必要だったら、俺また貸すかんな。遠慮すんなよ?」

「わたしも! 選択授業で被ってる分ならいつでも言ってね」

「アハアハ、えっと、ありがとう二人とも! もうすっかり大丈夫だから、うん!」

[なんわいね。マシンかて『モテなんちゃら』やん!]

 そっ、そんなわけないでしょ!

 二人のありがたい慕情ぼじょうを受け取りつつもやり過ごし、学校生活へ溶けていく。今日は体育がない日なので、ライナルトがハチャメチャをやる心配も無さそうだ。

[マシンのメモ書き、たったスゴく綺麗に書きよるなァ]

 ただ、二時間目の数学のノートを見ていたらしいライナルトは、突然珍しいことを言ってきた。

「……え?」

 驚きのあまり、書いていたペンの芯先がバキョと折れて飛ぶ。あの他人の不幸を蜜とするライナルトが、僕のことを褒めてくれた?

[ほんま頭いいんやなぁ、思たんやァ。ワシ何書いてあるかようわからんがやけど、こんっなお勉強ベンキョ出来る奴見たときないわいね]

 な、なんだよ急に。さすがにちょっとむず痒いよ。感情としては嬉しいけど、どっちかと言えば照れの方が占めている感覚だよ。

[やー。頭いいがっちゅー奴はどうもいけ好かん思てたんやけどォンね。なんやマシンは違うなー思たんや?]

 ふぅん? その、ライナルトの言う『頭のいい奴』ってのからなんとなく私怨を感じるんだけど、心当たりは?

[わからん。忘れっちまったことかいねぇ?]

 そう訊かれましても……さすがに僕にはわからないことだよ。

[おしゃ、わかった。ワシ、マシンがお勉強ベンキョしとる間、忘れっちまった調べもんのこと思い出すことに精出すがいちゃ]

 そう一言残して、ライナルトは授業中だけ黙るようになった。ありがたいことなんけれど、ライナルトの『雑音』にちょっとだけ慣れつつあった身としては、なんだか肩すかしを食らったような気分だった。『寂しい』とまではいかない『手持ち無沙汰』のような。……実にワガママな話だけれど。

 昼休みのチャイムと共に、ガヤガヤの雑踏が発生する。弁当を鞄から取り出した僕は、皆本の姿を一瞥いちべつしてから慌てて席を立った。

[ほ。今日は忘れとらんがけ]

 うん、同じ過ちは二度繰り返さないので。その決意を固く、弁当を抱えて教室から出ようとする。

「まーしー。昼食おーぜい」

 背後からかけられる剣の誘い。ううっ、きたきた第一関門!

「ご、ごめんっ。実はいまから、行かなきゃいけないとこが、あって」

 ぎこちない笑みで振り返る。嘘は言っていないから、本当に許してくれ、剣!

「あ、そうなんだ?」

 きょとんとした剣は、眉をハの字にして肩を落とした。

「珍しいな? まーしーが校内の用事っ――あ」

「ん?」

「あーっ、あーその。んんっ! なるほど。んんっ! まーしー、えと……五限に間に合うように戻ってこいよん」

「う、うん?」

 いま明らかに、剣は何かに気が付いた様子だった。その上で僕にそれを隠した。僕は現状把握と整理に手間取る。

 僕へ軽く手を振りながら、周囲を『ごく自然に見えるように』見渡している。剣、誰か探してる?

[マシン。ボーッとしとらんとよ行かんなんやぜ。ツルギ手振っとんじ?]

 そ、そうだね。ひとまず後にしなくちゃ。

「じゃ、行ってきますっ」

「おーう。階段でコケるなよー」

 あっさりクリアしてしまった。疑念は残るけれど、結果オーライとしておこう。この引っ掛かりを覚えておいて後日考えたっていい。だってこれから、剣のことをプレゼンしに行くようなものなのだから!

 とにかく目指すは中庭だ。既に出ていったであろう皆本を追いかけよう。


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