第二章 賢者は娘が可愛くて仕方ない②

 私は魔王を倒した人間。

 アグリにしてみれば、父親を殺した仇だ。


「まさか、本心では私のことが嫌い……なんてことはないよね? ないよね?」

「アタシに訊かないでくれる?」

「だって、私よりはリヴちゃんの方が、アグリのことわかっているでしょ?」


 親の仇と一緒に暮らすだなんて、常軌を逸している。普通じゃ考えられない。

 アグリは何も言ってこないけど、それは賢いから、この生活を壊さないようにと気を使ってくれているからなんじゃないか。本当は辛いのに、無理をしているんじゃないか。

 気づけば、自ら進んで綻びを探してしまっている。


 幸せゲージが一定以上まで貯まると、それをリセットしようとするかのようにネガティブな思考がじくじくと這い上がってくる。私に、こんな幸せに浸る資格があるのかなって。

 私のこと、本音ではどう思ってる?

 なんて、アグリ本人には怖くて訊けない。

 代わりに、リヴちゃん視点で評価してもらうことで、自分を肯定しようとしている。


「アグリ様が産まれた頃から知っている。と、さっきは偉そうなことを言ってしまったけど、アタシも、あの子と過ごした時間なんて高が知れているわ。たまに様子を見に腹を運ぶくらいしかできなかったから」

「腹(笑)」

「そんなアタシが何を言ったところで、気休めにしかならないわよ?」

「気休めでも言ってほしいかな」

「余裕がないわね」


 あるわけがない。保護者として、どこかで間違えていないか。不安でいっぱいだ。一人目の子供に対してナーバスになってしまう、世界中のお母さんの気持ちが今ならわかる。

 気だるげに溜め息をついたリヴちゃんが、見守るような目をアグリのいる方に向けた。


「あなたはよくやってくれているわ。ちゃんと毎日三食作っているし、子供に合わせた生活を心がけている。少なくとも、アタシはそれなりに、あなたを認めているつもりよ」

「その言葉、信じていいんだよね?」

「素直に受け取りなさいな。アグリ様を任せるに相応しくない、ろくでもない人間だったら、寝首をかいてやるつもりでいたのに、最近では、そんな気も薄れてきたしね」

「その言い方だと、今でも少しはあるように聞こえちゃうんだけど。魔王の遺言があるから、私と事を構える気はないんだよね?」

「そう言って油断させておけば、何かしらボロを出すかもしれないでしょう?」

「ちょ、トラップ張るとかやめて。本当に余裕ないんだから」

「それで評価を下げてしまうようなら、そこまでの人間だったということよ。常に監視の目があると思っておくことね。とりあえず、アグリ様が不安になるから、暗い顔をするのはやめてくれないかしら」

「リヴちゃん、厳しすぎない?」

「気持ちが落ち込むことくらい、誰にだってあるでしょうから無理に笑えとは言わないけど、せめて、あの子の前では平然とした顔を作りなさい。それができないようじゃ、保護者として失格よ。アタシに消される前に、荷物をまとめて出ていくことね」

「リヴちゃんのデレはいつくるの?」

「妙な期待をしないでちょうだい」


 リヴちゃんからアグリに視線を戻すと、カエルの卵以外にも興味を引く物を見つけたのか、田んぼから離れた場所にいた。


「認めているって言ってくれたおかげで、少しだけ気持ちが楽になったよ」

「悩むのは大いに結構よ。それだけ真剣に、あの子のことを考えてくれているわけだし。今のところは及第点をあげてもいいから、この調子で頑張りなさい」

「精進いたします」

「なら、さっさとその情けない顔をどうにかしたら? アグリ様が戻っきたわよ」

「え、ウソ、待って」


 慌てて顔を伏せ、むにむにと眉間を揉みほぐす。垂れ下がっていた目尻も引っ張り上げた。

 これでどうだろ。強張ってないかな。大丈夫だよね。うん、よし。


「アグリ様、おかえりなさい」

「ただいま!」


 心なしか、声を弾ませているアグリがすぐそこにいる。

 私も今気づきましたとばかりに顔を上げ、リヴちゃんと同じく「おかえり」と言おうとし、


「おかうわっ」


 思い切り失敗した。うわっ、とか言っちゃった。

 帰ってきたアグリは、モスくんを抱きかかえていた。

 その様子がなんというか、もうね、ほんともうね、声にならないくらいすんんんごいの。

 美幼女に小動物。鬼に金棒どころの話じゃない。単身でも既に最強なのに、二つが合わさることで、尋常ならざる相乗(シナジー)効果が発生していた。

 娯楽性の高いライト小説だったら、確実に挿絵が入る。

 動画配信されたら、間違いなくサムネイルに使われる。

 それくらい、一枚絵として完成された光景を前に、私は言葉を失うほど見入ってしまった。


「――バ、アオバ」

「…………え? あ、呼んだ?」

「何回もよんだよ」


 聴神経まで動員する勢いで視神経が働いていたため、声が耳に届いていなかった。

 ぷく、と頬を膨らませたアグリの顔が、すぐにいたずらっぽい表情へと変わる。

 抱っこしたモスくんを壁にして、何か隠している?


「はい、アオバにあげる」


 モスくんの後ろから出てきたそれは、黄色くて可愛らしい、タンポポに似た花だった。


「……私にくれるの?」

「うん」


 花が、もう一輪咲いた。ヒマワリの開花を思わせる、アグリの満面の笑みだ。

 目が眩みそうになりながら、小さな手を包み込むようにして頂戴した。

 これは……あかんやつです。

 口角が緩みすぎて、ちゃんと「ありがとう」と言えたか自信がない。


「あなた、顔がすごいことになっているわよ?」

「や、だってこれ、平然とした顔とか、無理」


 美幼女+小動物+綺麗な花。セット効果で可愛さが完全にオーバーキルだ。

 サンタクロースが、クリスマスプレゼントの他に、お年玉とバレンタインチョコまで一緒に寄越してきたかのようなサプライズ。全身が細胞単位でニヤついている気さえする。


「まあ、暗い顔よりはマシなんじゃないかしら。すこぶる気持ち悪いけれど」

「リヴにもあるよ」

「あら、アタシにも摘んできてくれたの?」

「はい、どーぞ」


 眩い笑顔と一緒に出てきたのは、私にくれたのと同じ黄色い花。

 一つ違うのは、アグリが差し出しているのはモスくんで、花はそのモスくんが握っている。

 喋っているのはアグリだけど、これは実質、モスくんからのプレゼントと言ってもいい。


「ど(にゃ)、どうぞ(にゃお)」


 モスくんの緊張と心音が、こっちにまで伝わってくるかのようだ。

 そういえば、贈り物をしても、受け取ってもらえたことがないって言っていたっけ。

 モスくんは、普段からリヴちゃんへの気持ちを隠していない。好きだの、愛しているだの、直接的な言葉を用いたりはしないけど、好意はちゃんと伝わっている。だからこそ変に期待を持たせまいと、リヴちゃんも必要以上にツレない態度をとるのだ。……と思う。


 でも今回は。

 リヴちゃん、受け取るかな。アグリの手前もあるし、もしかすると。

 長い逡巡。その末に――


「……………………もらっておくわ」


 リヴちゃんが、ふいっと目を逸らしながらも、モスくんの手から花を受け取った。

 私の脳内でファンファーレが鳴り響く。手渡したモスくんが、目を白黒させている。

 わかる。わかるよ、モスくん。普通なら絶対にありえないことだもんね。こんなの奇跡にも等しいことだもんね。この先、二度とないかもしれないもんね。

 地面に降ろされたモスくんが、うっかり二本足で立ったまま「我が生涯に一片の悔いなし」とでも言わんばかりに空を仰ぎ、感動に震えている。おめでとう、モスくん。


「お嬢、ありがとうございました!」

「う?」

「この御恩は忘れません。魔王様亡き今、お嬢に一生ついていくッス」

「ん、と……。うん、またお花さがしに行こうね」


 モスくんの、アグリへの忠誠心が上がった。


「リヴは体が白いから、黄色い花がすごくにあうね。かわいい」


 可愛いのはお前じゃ。と叫びたい。もちろん、リヴちゃんも可愛い。


「そ、そうかしら」


 あのリヴちゃんが、テレている。これは貴重だ。私も、毎日朝昼晩と欠かすことなく言っているんだけど、あんな顔をしてくれたことは一度もない。


「アグリ、私は? 私も可愛い?」


 もらった花を頬に添え、きゃるん、と自分の中で可愛いと思われるポーズをとってみる。

 感想を求められたアグリが、んー、と小首を傾げた。


「あんまりかも」


 子供って、正直だよね。


「リヴちゃん、次は負けないからね」

「死ぬほど興味がないわ」


 私自身、自分が可愛いだなんて微塵も思っていない。

 ただ、リヴちゃんと話していて、なんていうか、対抗心みたいなのが芽生えてしまった。

 可愛さ勝負じゃなくて、もっと別のところで。


「負けないから」

「もう聞いたわ」


 頑張ろう。具体的に、何をどう頑張ればいいのかさっぱりだけど。

 本当にここにいてもいいのかな。なんてことを考えてしまう弱気を消し飛ばせるように。


「さ、食べようか。トウモロコシのクリームスープもあるからね」


 熱を逃がさない本物の魔法瓶から、それぞれの体格に合った形の器に注いでいく。

 アグリが行儀よく手を合わせ、「いただきます」と言ってからスープに口をつけた。


「あっちゅ」


 ぺろ、と舌を出したアグリの鼻の下に、白いヒゲができている。


「火傷しないように、ふーふーして冷まして飲んでね」


 ハンカチでヒゲを拭きとってあげると、「ありがとー」とにこやかにお礼を言われた。

 ねえ、魔王、あなたの娘さん、本当に天使だったりしない?

 思わず私の方が「ありがとう」、もしくは、まだ一口も食べていないのに「ごちそうさま」と言いそうになった。


 いや、お礼を言うなら魔王にこそ言わないとね。

 私を指名してくれて、本当にありがとう。


 その魔王が、草葉の陰からこの光景を見たら、どう思うだろうか。

 もっとしゃんとしろって言われるかな。

 それとも、まだまだ日が浅いんだから、ゆっくりやれって言ってくれるかな。


 そう、まだ一ヶ月だ。

 この異色の共同生活を始めることになったのは、魔王を討伐して間もなく。

 討伐した魔王本人から私個人へと宛てられた、一通の不思議な便りにまで遡る。



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