第6話 救出

暗い森の中をひたすらアリーシャと二人で歩く。シュタインから見回りの兵の目をかいくぐり、不安と疲れと眠気でユリは極限の状態に陥っていた。逃げる時に来ていた着物は泥まみれで見るも無残な姿になり、髪の毛も途中の木の枝に何度も引っ掛けてしまいボサボサに、顔も木の根に足を取られて転んだ拍子に泥で汚れてしまった。次第に何も考えられないほど意識が朦朧としてきたーー


バサッ

「ユリ様!!!!!!」


アリーシャが後ろを振り返ると、ユリが意識を失って倒れていた。すぐさま仰向けにお越し、脈をとる。意識を失っているだけだと安心したのもつかの間、額に手をやると、とても熱かった。

「熱が…相当無理をなさってしまったのね。無理もないわ…とりあえず、どこかで体を休ませないと…」

あたりを見回すと、少し先に洞窟があった。アリーシャは、ぐったりとしているユリをだき抱えると、急いで洞窟へと向かい、ゆっくりとユリを寝かせ、魔法で出した毛布をかけてやった。洞窟の奥には地下水が流れていたため、地下水を汲み、ハンカチを濡らしてユリの額に当ててやる。冷えたハンカチが火照った体に気持ちいいのか、ユリはふにゃっと笑う。

「ふふっ、少しお休みくださいね。お側におりますから…」

そうアリーシャは言い、ユリの隣に座る。自分自身も気付かぬうちに相当疲れがたまっていたのか、やがて深い眠りに落ちていった。


ザッザッ…ヒヒーン…


しばらくして、アリーシャがふと目を覚ますと、遠くから草を踏み分けて歩く音と馬のいななきが聞こえてきた。シュタインからの追っ手が来たのかと、アリーシャは身を固くする。索敵撹乱魔法、防御魔法、気配遮断魔法……ユリだけでも見つからないようにと、考えうる限りの魔法を洞窟内と周囲に施していく。そう必死になって魔法をかけていると、足音の主の声が聞こえてきた。


「ねぇ、兄さん?なんかこの森いつもより物々しくない?歩いてるだけで兵に囲まれるわ、いわれのないいちゃもんつけられるわで散々なんだけど…何かあったのかしら…」

「あの兵の服装から見るにシュタインの兵だな。シュタインで何かあった……ん?」

「ん?兄さんどうしたの?」


声から察するに男女二人のようだ。女が男を「兄さん」と呼んでいることから、二人の関係性はかなり近しいものがわかる。男がこちらに気づいたのかと、アリーシャは息を潜めて様子を伺う。どんどん近寄ってくる二つの足音。やがて、洞窟の前まで二人はやってきた。

「ここは…洞窟?ん?」

「そこにいるのは誰だ。」

「…………!!」

低い声で一言発しただけで相手をビリビリと圧倒する男の覇気とオーラ。しかも、普通の人では絶対に破ることのできない何重にもかけられた術を易々と見破っただけでも只者ではない。あまりの恐ろしさに、アリーシャは危うく腰を抜かしそうになった。しかし、ユリを守るためにも引けず、ジリジリと警戒しながらゆっくりとユリの元へ近づこうとしてーー後ろから首元に大鎌をあてがわれた。

「質問に答えなさい。さもないとその首はねるわよ」

アリーシャに一切気配を悟られることなく女が大鎌を構えていたのだ。これはもうかなわないと判断し、腹をくくったその時、

「んん…けほっけほっ」

ユリが咳をして、一触即発の空気を変えた。

「え?女の子?しかもすごい熱出してるわよ?大丈夫!?」

先程までのとんでもない殺気は何処へやら、女はさっさと大鎌をしまい、ユリを心配そうに見つめる。その隣を男は通り、ユリに一直線に向かって歩いていった。

「メイ、すぐに国に連れていってマーリンに診せるぞ。このままだとこいつ死にかねない。お前もそれでいいな。」

「へっ!?は、はい!」

突然話しかけられたアリーシャは、どもりつつも返事をする。

男はユリを軽々とお姫様抱っこすると、スタスタと自分が乗ってきた馬の元へ行き、飛び乗ってすぐに走り去っていった。

「あ、ちょっ、兄さーん……もー早過ぎるわよぉ…貴方先程はごめんねぇ。詳しい話を聞きたいし、よかったら私の後ろに乗って行きなよ」

「は、はぁ…」

そう言って二人は女の馬に乗って男とユリの後を急ぐ。

置いていかれた二人に、男が優しい目でユリを見ながら、

「……やっと見つけた」

と呟いていたことは知らなかった。

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ノワール・ブラン えっさほいさ。 @matsurihoisa088

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