3-2

 ゴット・ヘイグからの要望は二つ。帝国の態度を柔和させる手助けと帝国が所有する資源惑星の調査。私は手始めに一つ目の方から手を付けることにした。単純に自分の現在の権限から、どちらが容易かつ現実的かを吟味すれば自然そういう流れにもなると思う。


 フリーデント・フォン・フォーアライターのスケジュールは、国内外を問わない予定に塗りつぶされていた。そこに非公式なものも含めれば、私のような一線退いた人間がお目に掛かろうにも半年は待たねばならない、という見積もりが立った。


 ゴット・ヘイグの訪問から二日くらい立った頃の夕食時、フランチェスカが作るシンプルな筈のにやたら身体に染み込むような香りと味の野菜スープを私は啜り終わって、


「外務長官殿には悪いけれど、今私に出来ることはないわね。彼の手助けになりたいという思いは嘘偽り無いけれど、現皇女のお許しがなければ下手な政治的発言なんてするわけにはいかないし」

「言葉の割には嬉しそうですね」


 そんなに妹様と直に合うのがお嫌いですか、とまでは発言しなかったものの、私の平らげた食器を下げていく彼女の瞳がそう尋ねているような気がした。公私混同の負い目があるからなのか、私は言い訳したい気持ちで、何故自分が妹に苦手意識を持つのかを語る。


「私の生い立ちについては、話したわよね」

「えぇ。血が繋がっているとしても、境遇上すぐに妹様と打ち解けられるようなものではない、とは感じますが」

「それにしても未だに尾を引きずるのか、とも感じる?」


 彼女が意図的に続けなかったであろう言葉を指摘してみた。フランチェスカは一旦は、いえ、と否定したけれど、私に顔を見つめられ続けている内に下手な嘘は不要なように感じたのか、そうですね、と言い直した。


「フリーデ様が妹様と再会してもう十年は経過しています。私の感覚が一般のそれと一致しているのかは自信が無いのですが、それだけの時間があれば互いに落ち着くところに落ち着くか、あるいは互いに接触を断つなりするでしょう。そういう意味では、失言とは自分でも思うのですが、妹様もどこか不思議な方であります」

「不思議?」


 私がそう聞き返すと、彼女も自分の脳内にある何かが纏まらないせいか、言葉を再び出力するのに時間を要した。


「私があまり血縁関係というものに拘泥しない性質のせいなのか、妹様がそれまで殆ど接点がない姉に懐くものなのか、というのが私には納得しきれないようです。私が見た限り、あの方は希有なまでに純粋な女性です。だから、妹様がフリーデント様に向ける視線に邪な不純物はどうにも見受けられないのではありますが」

「意外、ね。私は自分が腹黒い女だからか、彼女の純粋さに薄気味悪さだとか劣等感みたいな感情が渦巻くのだけれど、貴女にもそういう感じ方をすることがあるの?」


 私は本音を口にした。自分より年下のフランチェスカは、どちらかといえば私のようなタイプより妹のような、陽が差すような人間に近しい存在だと考えていたから。フリーデントの天然染みた世界観に、フランチェスカが負の方面の印象を抱くとは思いもしなかった。私のそんな考えが伝わったのか、食後のケーキと紅茶を配膳しながらもどことなく照れを隠すような調子で、


「妹様がフリーデ様を嫌い、陥れようとするようなことは、希望的観測かもしれませんがないのでしょう。ただ、フリーデ様がどことなく判然としない思いを感じるのは、妹様が向ける態度自体ではなくてその起源にこそあるのではないでしょうか」

「起源。良い感情を向けてくれることではなくて、彼女がそうする理由にこそ引っかかるのではないか。そういうこと?」


 その解釈に差し障りがないのか彼女は小さく頷いた。

私は喉を潤そうと、彼女自慢の紅茶が静かに佇むカップの取手に指を掛ける。有り触れた調度品の底に赤くたゆたう液体。そこにうっすらと反射する自分と目が合ったような気がした。

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