11話裏 扇奈/決戦に到るまでⅡ

 あたしは………いつの間にやら、肩入れが過ぎてたのかも知れない。ついさっき突きつけられたのは、そんな話だ。

 桜の健気さを気に入った。

 鋼也の死にたがりが目に余った。


 きっかけはただそれだけだ。ああ。これと言って深い理由のないなんとなくって奴だ。

 お姉さんは親切なんだよ……そう、自分で笑ってるうちは、そんな肩入れしてなかったんだろう。と、あたしは自分で思ってたが………。


 徐々に、だんだん、深入りしてたらしい。

 爺はそれを、あたしに突きつけた。

 ……散々他人の内面計っといて、いざ自分がやられると弱るってのは、なんとも、情けない話さ。


 *


「……リチャードに、預ける?」


 いつもの整頓する気のまるでない執務室。

 呼び出されたあたしが爺からされたのは、駿河鋼也の、の話だ。

 部屋の中にいるのはあたしと爺だけ。

 いつもの洞穴みてぇな爺の目に射抜かれながら、あたしは言葉を継ぐ。


「………てっきり、あたしに押し付けられるとばかり思ってたよ」


 強がれてるだろう。普段となんも変わらない口調で、あたしは話してるはずだ。

 そんなあたしを、爺は値踏みし続ける。


「こちらとしてもその予定だった。が、………方針が変わった。お前は、駿河鋼也を使い潰せないだろう」

「は!……お笑いだね。爺にはあたしがそんな情の深い女に見えてんのかい?いい年して女の笑顔に騙されてんじゃないよ」


 あたしは過度に挑発的だった。自衛だよ、言い当てられたから威嚇したのさ。

 その段階でも、あたしの打算はまだ働いてはいた。

 状況は一瞬で理解できたさ。

 爺の耳に桜の価値の話が入った。

 鋼也と桜の、カードとしての価値が切り替わった。


 同時に竜1万の襲来。

 結果として、極めて合理的に、駿河鋼也には十分働いた上で退場してもらう事にした。

 そうすれば、爺の手元には、“駿河鋼也の戦果”と“傷心のお姫様”が残る。


 その理解はあった。

 その上で、どちらをこなすにも立ち位置として適役なのはあたしだ、って理解もある。

 鋼也はあたしに背中を見せるだろう。

 桜は、弱ったらあたしを頼るだろう。あたしの立ち位置はそうなってるはずだ。そうなってはずだ。


 そして同時に、……あたしには出来ないかもしれないってな考えもな。

 そう考えたから、それこそ“鬼”の役目がリチャード、そしてアイリスに移ったんだろう。あたしに両方は無理だと爺が判断したから。


 桜から頼る相手を奪い取ったその手で、優しく頭を撫でてやれって?

 ………それこそ、死にたくなるような話だ。


 その感情を他人に言い当てられたのが我慢ならなかった。

 その一瞬、あたしの行動は打算と理性の制御を外れた。

 だから威嚇した。苛立ちを隠しきれなかった。


 そんなあたしを、爺は一喝する。

 

「甘さを捨てきれない小娘がほざくな」

「…………ッ、」


 言い返す言葉がない。

 あたしは今、自分の行動で、あたしが上手くやれないだろう、って根拠を爺に与えちまった。

 ああ、その通りだ。あたしは、桜と鋼也の件に関して、爺の意向に完全には従う気はない。

 ただ、あたしは……少なくとも自分で考えてる分には、上手くやれるはずだった。


 なあなあ、灰色で良いじゃないか。白黒はっきりしてる世の中じゃないんだ。状況問わずあたしが預かるなら、上手い事全員のご機嫌とってやるよ。あたしはその覚悟だった。


 そうさ。お姉さんは守ってやろうと思ってたんだよ。、守ってやれるはずだったんだ。


 が、そのはしごをいざ外されて、苛立ったのさ。

 ………我ながららしくない。らしくない理由は、あたしにもわかってる。


 そして、その理由って奴は、爺にも見抜かれてたらしい。


「……代用品を愛でたところでお前の家族が戻ってくるわけではないぞ」


 それを言われた瞬間、あたしは何にも考えてなかった。打算が飛んで、完全に行動が感情に寄った。


 キレたのさ。

 気付くとあたしは太刀を抜いていた。

 白刃は爺の首を捉える。


 ………我に返ったのは薄皮一枚、一寸手前だ。

 首に白刃を掛けられながら、けれど爺は顔色一つ変えず、どころか視線を太刀に向ける事すらせず………ただあたしの目を睨みながら言う。


「この刃を止めたのがお前の業だ」

 ……………。

「お前は、自分が期待するほどに感情を制御できない。同時に、自分で思っているほど合理性に忠実ではいられない。………覚悟が足りていない」


 覚悟が、ない?何の覚悟だ?手を汚す覚悟か?


「今更、このあたしが、命惜しむとでも?……お手手の真っ赤なパシリのあたしが?」


 爺の口に実を添えてきたのが誰だと思ってる?今更、綺麗事言える身の上じゃねえんだよ。

 竜を切るときゃ、気が楽だ。………他を切る気分を知ってるからだろうが。

 脱走兵。反乱の画策。疑い。……ただ、いなければ都合が良い奴。


 あたしが桜と鋼也に最初に会ったのも、理由がある。あたしは索敵部隊じゃない。……索敵部隊が捕捉したヒトを、に行った。

 腰抜けのクソ脱走兵と、その玩具になる憐れな娘を、楽にしてやりに。


 けど、いたのは?


 お姫様だって知ったのはついこの間だ。最初に見て思ったのは?

 健気な小娘。

 純粋すぎる死にたがり。


 ………そっから、おかしくなったのはあたしの方だ。


 爺は言う。

「お前は、他人の命を惜しみ過ぎる。………私はお前を買っている」

「割りには、ずいぶん真っ黒で真っ赤な道を歩いてるよ」

「甘すぎたからだ。捨てさせる為だ。事実、先日までは捨てていたはずだ。あの、若すぎるヒトに何を見た?」


 あたしがあのガキ共に何を見たか?

 ………………郷愁だよ。幻想、と言っても良い。

 神様なんざ、いると思ったことはない。ただ、いたとしたら………悪戯が過ぎる。なんでこうも被っちまうんだ。


「………私のこの判断は、慈悲だ。わかるな」


 あたしを見透かしながら、言い含めるように、爺は言う。

 その目を前に、あたしは何も言えず、ただ太刀を収めるしかなかった。


 *


 優しくて親切なお姉さんには、マジで後ろ暗さなくそういう人間だった時期があった。

 あたしは、ヒトが思うより長生きなのさ。

 で、長く生きたからって、表層を誤魔化す術を覚えていくだけで、根っこはガキの頃から案外変わったりはしない。

 周りに見せてるより、あたしはガキなのさ。なまじ他人を見抜けちまうから、……それを自分でわかって割りと利用してるから、そう見せてないだけだ。


 プレハブ小屋がある。見張り、監視のあたしの部下がいないって事は、ガキ二人はお出かけ中らしい。桜はほうぼう働いてて、鋼也の方は……あたしと入れ替わりに爺に呼び出されでもしたか?もしくは、イワンのトコか。

 鋼也の奴、文句ばっか言ってる割りにドワーフのトコにかなり入り浸ってるしな。桜が忙しいここ数日は尚のことだ。


 あのガキは色恋より玩具なんだろう。そっちの意味合いだと桜の方が大人っぽいしな。

 で?あたしは?


「………代用品、か」


 プレハブ小屋はもぬけの空だ。ストーブすらも動いちゃいない。

 そいつを眺めるあたしの感情は?


 寂しいらしい。やっぱ、ここにもガキが居た。

 だが、しょうがねえよ。


 もぬけの空の戸を開けるってのは、寂しいもんだ。いると思ってた、居たはずだった扉の向こうが空ってのはな。

『お姉さま』とも『扇奈さん』、とも、愛嬌良く呼ばれない。

『なんだ、姉上か』やら『……なんのようだ』やら、無愛想な視線もない。


 お姉さんはただ一人、からの戸口で突っ立ってるだけだ。




 で、その後あたしはどうした?


 おせっかいを焼きに行ったんだよ。あのガキがちゃんと状況を認識してるかどうか。

 ………どうしても、おせっかいを焼きたい気分になった。いや、そいつも方便だったりするか?


 クソ。我ながら、らしくねえな………。



 →12話 決戦に到るまでⅢ/隙間から覗く貌

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889537417/episodes/1177354054890528203

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