第8話 死体が無い!

 山田は目が覚めた。手にしていたはずの包丁が、無い。服がベトベトしていると思い、脱ぎ捨てた。すると、ヌルヌルした感触を手のひらに感じて、己の手を見た。真っ赤だ。鉄分と尿、そして独特の臭気が山田を苛んだ。

「何これ」

 シャワーを浴びたい。山田はそれだけを考えて、部屋に備え付けられたバスルームに向かった。そして、何度もボディソープを付け足し全身を洗い流した。ふと、鏡を見るとそこには、見た事もない男の姿があった。まるで他人の生活を眺めるように、山田は自分自身が動くのを感じた。ようやく身支度をして改めて部屋を眺めるに、そこは自室では無かった。

 山田は疑った。今までの人生は夢で、今ここにあるのが現実なのかと。じゃあ、何で俺は山田勝久なのか。山田は俺なのか。じゃあ、今までの山田は……


「山田勝久。お前はお前だ。しかし、別の山田勝久である」


 天狗は裸を黄金の扇で隠しながら、山田を見つめた。そして、無造作に扇を閉じると、その場にどかりと胡坐をかいた。山田は思わず目を逸らすが、天狗は意に介さずさらに続ける。

「このマンションには死体がある。夏場であるから、じき腐って、部屋を特殊清掃しなくてはいけなくなり大変だ。山田よ、死体を探しなさい」

「何で俺が」

「まいた種は自らが刈り取るべし」

「だから何で」

「己の手を見たであろう」

「覚えてない」

「記憶が無ければ、何もなかったと言えるのか」

「いいじゃないか、面倒だ」

「では、こうしよう。死体を見つけなければ、このマンションからは出られない」

「何を言ってるんだ」

「頑張るがいい」

「嫌だね」

「お前はどうしようもない人間だ。ではこうしよう」

 天狗は、扇を広げた。すると、部屋がぐにゃりと曲がった。山田はその感覚に吐き気を覚え、たちまちに降参した。

「許してください、何でもやります」

「素直である」

 天狗は満足そうに頷くと、山田の頭をひと撫でして消えた。


 山田は、他の住人への聞き込みを開始した。魅力50。その数値が、山田に自信を与えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天狗に攫(さら)われたおっさん むらさき毒きのこ @666x666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ