5

 *


 さて、あさってというのは、終業式の日だ。


 長い校長先生の話とか、山ほどの宿題とか、通知表とか、いろんなことがあった。

 夏休み中の注意を担任の先生から受けたあと、ようやく一学期が終わり。

 さあ、今から夏休みだ。


「じゃあ、かーくん。昼ごはん食べたら、すぐ来てや。オバケ屋敷んとこで、待ちあわせやで」

「う、うん……」


 おさむくんと校門で別れた。


 これから、きもだめしだと思うと、気が重い。学校で植えたアサガオの鉢植えを持ってるから、荷物も重い。


 にいちゃんに持ってもらおうと、しばらく校門で待っていた。しかし、たけるは来ない。


 もしかして、さきに帰ったのかも?


 いつもなら、同じ時間に終わるときは、かならず待ってくれてるのに。


 しかたない。かおるは一人で歩きだした。


 鉢植えが重い。ちょっと歩いては止まって休む。

 民家の軒先のプランターの花と、自分のアサガオを見くらべる。バラに止まってるチョウチョに見とれたり。

 公園ではブランコにも乗った。


 でも、おなかがへってきた。

 さあ、帰ろう。

 いやだけど、きもだめしの約束がある。


 と、かおるが考えたときだ。

 まがりかどの電柱から、こっちを見てる男の人がいる。ボウシを深くかぶって、マスクをしてる。思いっきり、あやしい。


 なんだか、ブッチを探しに行ったとき、オバケ屋敷の前で会った人みたいだ……。


 かおるはアサガオをかかえて歩きだした。ふりかえると、ボウシの男も歩きだす。


 よろよろしながら、かおるは足をはやめた。すると、男の歩調も速くなった。


(やだよ。ゆうかいだ)


 かおるは泣きべそをかいた。

 アサガオをかかえたまま走りだす。


 細い道と細い道が、まじわる小さな交差点。

 いつもなら、ちゃんと右見て左見て、また右を見る。なのに、今日は急いで、とびだした。


 とたんに、通りかかった車に、ひかれそうになった。かおるはビックリして、ひっくりかえる。


「かーくん! だいじょうぶか?」


 なんでだろう。

 どこからか、たけるがわいてでた。さっとかけよってきて、かおるのそばにしゃがむ。


「にいちゃん」

「ケガは? ケガしてないか?」

「うん。してない」


 ふりむくと、あのボウシの男は、どこにもいなかった。


 たけると、ならんで、うちに帰った。アサガオは、兄ちゃんにバトンタッチ。


「じゃあ、ぼく、おさむくんと遊んでくる」


 昼ごはんを食べるたあと、かおるは外に出た。


「かーくん。どこ行くんだ? ブッチは?」

「今日は外で……」

「ふうん」


 たけるは、また、あやしんでるみたい。


 かおるは兄の目を見ないようにして、急いで外に出た。

 走っていくと、オバケ屋敷の路地の前で、もう、みんなは待っていた。


「かーくん。遅い。おそい」

「ごめん……」

「よーし。じゃあ、行こう」


 メンバーは六人だ。おさむくん。竹内とおるくん。錦戸りょうへいくん、たくやくん(二人は双子だ)。ひょろっと背の高い岡田そらくん。最後に、かおる。


 夏の昼すぎ。路地のなかに人影はない。

 かおるたち六人は、きんちょうしながら歩いていった。


「ほら。ここだよ。この穴から入れる」


 そのあなを見て、とおるくんはガッカリした。


「おれには、ムリや」


 とおるくんは、かなり太めなのだ。


「せやなあ。ムリかも」

「じゃあ、とおるは、ここで待っとってや」

「そんなあ」


 ああ、できることなら、ぼくが代わってあげるのに……と、かおるは思う。


 板塀の前で、とおるくんと別れた。

 おさむくんを先頭に、一人ずつ、あなをくぐっていく。


 三度めだが、やっぱり、オバケ屋敷は、すごい迫力。


 今回は外から見るだけじゃない。まどガラスのやぶれめから手を入れて、おさむくんがカギをはずした。まどをあけ、一人ずつ順番に、なかへ入る。


 ブッチをかくしてた和室。

 ここまでは、かおるも入ったことがある。


「今日は、ほかの部屋も見てみよう」


 かおるは息をのんだ。たぶん、顔もこわばってる。


「行くの?」

「行くよ。そのために来たんや」

「ほんまに出るんか?」と、これは、たくやくん。

「出るよ。かならず」


「みんなで手をつないで行こうよ」と、かおるは言ってみる。


「かーくん。こわいんか?」

「……こ、こわくないもん」

「ふうん。ほんなら、かーくん、先頭な」

「えっ?」


 おそろしいことになってしまった。

 それでなくても、しみだらけのフスマや、カビくさいタタミは怖いのに、先頭で行くことになるなんて!


(あーあ。こんなことなら、にいちゃんについてきてもらえば、よかった……)


 後悔したけど、もう遅い。

 とりあえず、そろっとフスマをあけた。フスマの向こうは、草ぼうぼうの小さな庭だ。つぼ庭という京都独自の中庭である。きれいならいいけど、あれほうだい。だから、今にも白い着物のオバケが出そう。つぼ庭のすみには古井戸まである。


 すでに涙が浮かんでくる。


「ど……どっちに行こう?」


 つぼ庭をかこんで、まわりろうかだ。どっちにも行くことができる。


「どうしよう……」


 さっきまでの元気は、どこへやら。おさむくんの声も、なんとなく、ふるえてる。


「どっちでもええやん。ぐるっとまわって、もどってこよう」


 そう言ったのは、そらくん。

 そらくんは、言うことが、いつも大人っぽい。


「うん……じゃあ、こっちから」


 かおるは右手に向かって歩いた。一歩すすむたびに、しんぞうがドキドキする。


 まわりろうかは雨戸があけてある。ガラスしょうじだけなので、外からの光も入る。夜だったら、まっくらで、もっと怖かった。


 そういえば、この前の夜、ひとだまが通っていったのは、このろうか……。


 そう思うと、足が、すくんでしまった。


「やっぱり、帰ろうよ」

「なに言うてんや。ここまで来たんやで」

「だって……」

「ほら、行こ」


 おさむくんに背中をおされて、かおるは、また歩きだす。かどをまがると、たくやくんが言いだした。


「このなか、どうなっとるんやろ」


 フスマの向こうのことだ。

 ろうかのまわりには、フスマやドアが、たくさんある。


 かおるは早くも泣きべそをかいた。


「ぼく、やだよ。なかは見ないよ」

「あけてみようぜ」と、たくやくん。

「ええっ。やだ」

「なんや。かーくん。やっぱり、こわいんや」

「こ……こわくない……」


 強がってみる。でも、ほんとは今すぐ逃げだしたい。


「なあ、これ、ツメのあととちゃうん?」


 柱のきずをさして、りょうへいくんが言う。


「オバケや。オバケが夜中、歩きまわって、ひっかいとるんや」

「やめてよぉー」

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