発艦

「どうする、茉蒜?」

 一一三〇ヒトヒトサンマル、典子が茉蒜へ問いかける。

「私はあなたに任せるわ」

「やりたくなかったけど……」

 茉蒜はマイクのスイッチをオンにして、張った声で言った。

「総員対空、対水上戦闘警戒に入れ! 繰り返す、総員対空、対水上戦闘警戒態勢に入れ!」

 艦内のアラームが一斉に鳴り出す。

「おいおい、まだ日本の領海内だぞ?」「敵国か?」「だとしたら領海侵犯を受けているってことじゃないか!」

 走りながら、隊員達がそんな声を零す。

「艦橋、こちら格納庫。戦闘機二機を甲板に持って行って。一応ヘリも一機出撃させて」

『はっ!』

「あの子たちを発艦させるの?」

 驚いた口調で典子は言う。

「偵察に出させる。両舷前進十ノット」

「十ノットヨーソロ~」

 姶良が艦艇の速度を下げ、茉蒜は内線の受話器を手に取った。


「浅野三尉です」

 航空自衛隊待機室の一つ。

 内線の受話器を取り、亮はそう声を出す。

『浅野三尉、発艦準備をして』

「了解しました。ですが何故?」

『ロシアの敵艦よ。二機ともに偵察をして来て欲しいの。状況によっては、武器の使用も許可します』

「了解しました」

 もう一度亮そう返事をし、受話器をもとの位置へ戻す。ヘルメットを持って部屋を出た。丁度雅美も出てきて、二人で走りながら話をした。

「まだ日本の領海よね?」

「あぁ。少なくとも、この状況で対空、対水上を同時に出すのはおかしい」

 エレベーターに乗り、上へと上がる。

「艦種は聞いていない。本来なら対水上だけでいいはずだ。それなのに対空も出すということは……」

「空母の可能性が高いから、偵察も兼ねて様子を見てきてほしいってことね。良介は待機?」

「らしいな。あいつの自業自得だ」

 甲板に着くと、そこにはすでに戦闘機「YF-23J」二機と、哨戒ヘリ「SH-60K」が一機並んでいた。

「おぉ」

「やっぱり、どっちもでかいわね」

 二人が感嘆の声を上げる中、「お疲れ様です、御二方! 発艦準備は出来ております!」と、一人の隊員が声を上げる。

「ありがとう、行ってくるわ!」

「どうも」

 二人はそれぞれの戦闘機に乗り込み、エンジンを確認。ヘルメットを被って、そのまま指示を待った。

『艦橋よりユービーワン、ユービーツーへ。二人とも聞こえる?』

 機内無線で茉蒜の声が聞こえてくる。「ユービー」は、亮、雅美、良介のコールサイン。今回の戦闘機のテスト飛行において、無くてはならない呼び名だ。

『艦長の黛よ。今回のあなた達の任務は、五十キロ圏内にいるロシアの敵艦の偵察を行うこと。相手が空母なのはこちらで把握済み。状況によっては、発泡、射撃、攻撃も許可します』

「はい!」

「わかりました」

『広瀬からも指示があると思うから、よろしくね』

 電圧式カタパルトの設置が完了し、航空整備員が合図を出す。雅美は親指を立てて返答し、エンジンを上げたところで、広瀬からの機内無線が聞こえてきた。

『航空管制よりユービー2へ。航空司令の広瀬だ。指示は艦長から聞いているな? 何かあったらすぐ俺か艦長に連絡してくれ。発艦許可は出ている、健闘を祈る!』

「はい! ユービー2、発艦します!」

 速度を上げ、戦闘機は進んでいく。そこから急加速をして、甲板から飛び立とうとした。

 ────その時だった。

「きゃあぁぁ!!!」

 カクンッと高度が落ち、そのまま海へと墜落した。

 甲板上の隊員たちは動揺と困惑に包まれ、すぐに救助命令が送られた。

「雅美!?」

『艦橋よりユービー1へ! 哨戒ヘリを先に発艦させて、パイロットの命が優先よ! ユービー1はその場で待機!』

「……了解」

 茉蒜が言ったのを確認し、亮はエンジンを発艦せずにそのまま待機した。後ろの哨戒ヘリが発艦し、救助を行っているのが、亮の目に映っていた。

『哨戒ヘリより艦橋へ! 戦闘機の残骸発見!』

「パイロットは!?」

『無事です! パイロットの生存確認、救助を開始します!』

「良かった……」

 少し安堵の表情を見せた典子に、「パイロットが無事なのはいいんだけど」と茉蒜が不安げに呟く。

「けれど?」

「動ける戦闘機が一機だけじゃあ、何かあった時に……あ、そうだ」

 マイクを持ち、「艦橋より哨戒ヘリへ、戦闘機の残骸で使えそうな部品を回収して。主に前輪をね」と指示を送る。

「茉蒜、あなた何を?」

「新型戦闘機はまだテスト段階。あの戦闘機の部品は、同じ戦闘機からしか取れないの。だから何かあった時にって思ってね」

 少し微笑み、茉蒜は続けて指示を送る。

「艦橋よりユービー1へ、発艦準備!」


 戦闘機内、その指示を聞いた亮は「了解」と一言言い放ち、発艦準備を始めた。

『航空管制よりユービー1へ』

「こちらユービー1。田口三尉は?」

『無事だ。ヘリで救助されたところだ。

 こういうトラブルは俺も初めてで困惑している。だが、田口三尉の分まで頑張ってやってくれ』

「了解」

『それと、艦長から追加の命令だ』

 まさに発艦する直前、亮は確かにその言葉を聞いた。

『「生きて」だそうだ』

「……了解!」

「一番機、発艦スタンバイ!」

 キィィィィ、と甲高い音が甲板を包み込む。航空整備員が合図を送り、親指を立てて亮が返した。

『ユービー1、艦長からの発艦の許可が下りた。健闘を祈る!』

「了解! ユービー1、発艦する!」

 カタパルト端からスピードを上げた戦闘機は、たちまち甲板から離れ、蒼穹そうきゅうへと飛び立つ。

「……頼んだわよ、浅野三尉」

 艦橋内で見送った茉蒜は、静かにそう呟いた。

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