通信トラブル.......?

「むー……」

 青森地方協力本部。

 複数人が横並ぶ合格掲示板前で、一際小さな姿の少女が顔を覗かせては下に落ちていく。

「みんな大きい……見れない……」

 不満そうに呟き、マフラーに顔を填めた少女の横で、そんな少女を見ていたもう一人の女の子がいた。身長は一七〇センチは超えているであろう女の子は、「あの……」と控えめに少女に呼びかけた。

 女の子を見るなり、少女は女の子の存在に気づいていなかったのか、酷くびっくりして飛び上がる。心拍を落ち着かせるためか、胸に手を当てながら、少女は小さく首を傾げた。

「見えない?」

「見えない」

「じゃあ、一緒に前まで行く?」

 女の子がそう言うと、少女の顔はたちまち明るくなり、大きく頷いた。

 少女の手を取り、「いくよ」と微笑んだ女の子は人混みをスイスイとかけていく。その後ろ姿は、少女にとって、何処か、誰かを思い出させた。

 いつしか見たそのシルエットは、誰だっただろうか。私の憧れだった人のはずなのに……と考えているうちに、二人はあっという間に掲示板の前まで来てしまった。

「受験番号、何番?」

 女の子は少女に聞く。片手に持っていた受験票を女の子に見せ、女の子はそれを確認した。

「一五五三……あら、私と一つ違い」

「ほんと?」

「ほんと。ほら」

 そう言って少女が見た彼女の受験票には、少女と下一桁が一つ違う「一五五四」の文字が書かれていた。

「じゃあ、試験会場同じ?」

「かもしれないわね。もしかしたら、私が後ろに座っていたのかも」

 掲示板の周りには、泣いている者、抱き合って喜んでいる者、落ち込んでその場を去る者……様々な感情が入り混じる中、二人はそれぞれの受験番号を探していく。

「……あ」

 女の子が声をあげる。少女が彼女の方を向くと、女の子は表情を明るくして言った。

「受験番号、どっちもある」

「え?」

 女の子が指をさした方を向く。

「一四五〇」「一四八二」「一五五一」……。

「一五五三」「一五五四」。確かに、二人の受験番号が載っていた。

「春から防衛大生だよ、私達」

「防衛大生……」

「そうだ、あなた名前は? 受験票、よく見てなかった」

 少女の方を向き直し、女の子は質問する。

「私は市井典子。珍しい苗字でしょ?」

「しせい……?」

 彼女の受験票を見ると、名前欄に「市井典子しせいのりこ」と綺麗な文字で書かれていた。

「あなたは?」

 受験票に記載されている、自身の名前を見る。

 もう一度典子の方を向き、受験票を見せながら、

「黛、茉蒜」

 そう呟いた少女、茉蒜の吐息が白くなり、十一月の青森の空に消えていった。

 

 ***

 

「ここから太平洋を横断して北上、大湊、稚内、舞鶴、佐世保、呉とそれぞれ基地がある港に入港して、横須賀港へと帰投する予定だ」

 努が航海図を見ながら呟く。

「最初の入港地が大湊ね。大湊に連絡は?」

「それが艦長、出港前に連絡を取ろうとしたんだが、何故か応答しないんだ」

「努、それどういうこと?」

 海の景色から目を離し、茉蒜は努の方を向く。

「前日までしっかり連絡は取れていた。だが当日になって、急に連絡が取れなくなってしまってな。一体どうしたものか」

「通信トラブル……? いいや、大湊に限ってそんなことは。時間がある時でいいから、もう一度連絡を取ってみてくれる?」

「分かった」

「ねぇねぇ艦長」

 姶良が操舵をしながら茉蒜に呼びかける。

「どうしたの、姶良ちゃん」

「出港前の伊藤司令、変じゃなかった〜?」

「へ? どういうこと?」

 首を傾げた茉蒜に、姶良は言葉を続ける。

「それがね艦長、出港前に、一応って思って司令に挨拶しに行ったの。港に見に来ていたから」

「ほう」

「そしたら、なんだか思い詰めていたような顔をしててさぁ〜、どうしたんですかって聞いたんだけど、何も無いよって返されちゃった」

「いつもタメ語な姶良が敬語を使ってる! どうしよう音羅!」

 珍しく敬語を使ったことに、はなだが驚きのあまり音羅に話しかけた。

「どうしようはなだ、私達明日死ぬかもしれない!」

「いやいや、それは無いだろ」

 努のツッコミで丸く収まり、茉蒜は軽く咳払いをした。

「みのり、どう思う?」

 さっきから何も話さないみのりに問いかけると、みのりは通信器具を付けたままハンドサインで何かを訴えてきた。

「通信、連絡……大湊に通信しているの?」

 茉蒜の問いかけに、こくりとみのりは頷く。

「応答は?」

「ない。一応電信室でも連絡は取ろうとしているみたいだけど、そっちもダメって」

 今度は声に出して答えた。

「そっか。どうしたんだろう」

「さぁ。通常は出てくれるはずなんだけど」

「おかしいわね……」

 典子が茉蒜の隣で呟く。

「大湊はこの時間帯、隊員たちが昼休憩をしている訳ではないし、内線も通じるはずよ。でも通じない……さっき、みのりが通常って言っていたけど、もしかしたら何かあったのかもね」

 典子は、目の前に見える青々しい景色を見据えながら目を細める。

「……このまま、大湊まで行ってもいいのかしら。私嫌な予感がするわ、この「かが」が単体で動いているとなると、確実になにかに狙われそうで怖いの」

 考え込んだ典子の隣で、更に考え込んでいる茉蒜も、また同じ意見を抱えていた。

『艦橋、こちらCIC! 黛艦長!』

「CIC、こちら艦橋。どうしたの?」

『五十キロ圏内に敵艦らしき艦艇を発見!』

 電測CIC室戸悠喜むろとゆうき三曹から、唐突にそんな言葉が飛んできた。

「まだ日本の領海内よ!? 国の特定を急いで!」

『はい!』

 と、艦長席のすぐ側にある内線が音を鳴らす。

「はい、艦橋から艦長です」

 受話器を取って、茉蒜は冷静に言う。

『あぁ、ロリ艦長でしたか。浅野三尉です』

 内線の主は亮だった。「ロリ」と言われたことに腹立たしく思いながらも「そうですけど、どうかしました?」と話を続ける。

『つい先程、艦艇の左側から覗いて見た時に、敵艦らしき艦艇を見かけたのですが……あれは味方艦ですか?』

「まだ分からない。いつでも発艦出来るように、準備はしておいて」

『分かりました』

 内線を切って「艦橋より航空管制室へ。室戸、特定どう?」とCICへ呼びかける。

『特定完了! あれは……ロシア国です!』

「艦種は!?」

『対戦巡洋艦……V/STOL空母、キエフ!』

「!」

「ロシアだと?」

「敵艦がなんでこんなに所にぃ〜」

 艦橋内で声が響き渡る中、

「……」

「……」

 艦長、副艦長の二人だけは冷静であった。

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