第5話 新たな狩猟仲間、その名はモイモイ

 

 今回の報奨金は猪二頭で銅貨三〇枚と二頭分の毛皮、牙、角を合わせて銅貨一〇枚の合計四〇枚である。これを二人で割って取り分は銅貨二〇枚。


 庶民の一日の生活費が銅貨二から五枚だそうだ。あんなに危険な目に遭ってこれでは割に合わないと思ったが、本当ならもっと狩れるのだろう。不甲斐ない結果で悔しい。


 だが今回は、だ。次はこうはいかんぞ。


 しばらくグレーメンの田舎街を歩いていると、ラハヤが提案をしてきた。


「ねえ、お兄さん。私さ、お兄さんの装備を整えたほうがいいと思うんだ」


「装備かぁ……」


 ……お金が掛かるのはちょっとなぁ。


 ラハヤの提案に少し難色を示した顔をしたが「ねぇ~あの人なんでお尻出してるの~?」という子ども何気ない一言が聞こえた。その一言が俺の胸を抉る。「ダメよ変態なんて見ちゃ」と保護者の追い打ちに俺のハートは穴あきチーズだ。


「お願いします」と頭を深く頭を下げる俺に、ラハヤが緑のマントを掛けてくれた。彼女の優しさが俺の傷心に沁みた。


「足りないお金は私が出してあげるよ」


 彼女はこんなことまで言ってくれたのだ。


 天使かな?


 そう思わずにはいられない。


 俺とラハヤは石煉瓦と木材で出来た壁が素敵な道具屋に入る。客もぼちぼちいた。


 店内は武器や盾、金属鎧などが所狭しと展示されていた。薬品が入った道具もある。薬品の入れ物は貝殻や角、大きな爪、曇りガラスまで色々あった。異国情緒あふれるというか、異世界情緒あふれる品々に俺の視線は定まらない。見てるだけで面白いのだ。


 国民的なロールプレイングゲームを立体化したら、きっとこうなのだろうなと並な感想を抱く。


「私たちはこっちだよ。そっちは冒険者用」


「冒険者なんてのもいるの?」


「物騒な賞金稼ぎみたいな人たちだよ」


 物騒な賞金稼ぎか……


 命のやり取りに特化した武器やら防具やら。ラハヤが物騒だと言うのも頷ける。


「地下迷宮を冒険する者たちって言われてる」


「地下迷宮ねぇ」


 行ってみたいとは思わんな。紛争地域へ旅行するようなものだろう。字面的に。


 筋肉質な店の主人が奥の部屋から出てきた。カイゼルひげなんて初めて見た。


「対魔族、対魔獣や対魔物特化だわな」と店の主人が付け加える。


「おじさん。矢と彼の装備一式を買いたいんだ」


「彼? ラハヤちゃんにとうとう彼氏かい?」


「いや、そういうのじゃないんだけど……」


「分かったぞ。さてはヒモだな!」


 おじさんやめてくれ。その言葉は俺に効く。虚空を見つめてうなだれる。


「お金を貸すだけだから」


 男を立てることを忘れないラハヤに、俺は嬉し涙を零しそうだった。


 笑いながら奥へ引っ込んだ店主が、皮鎧と毛皮の腰に巻く外套、ラハヤが使っているクロスボウの矢束を持ってきた。彼は説明を始める。


「こいつは鹿の毛皮。動物の毛皮は人間の匂いを薄めてくれる」


「なるほど」


「この皮鎧は猪のなめし皮を三層にしてある。なまくら相手なら切られても守ってくれるはずだ」


 まあ、戦争に行くわけではないからな。


「おいくらですか?」


「皮鎧が銅貨三〇枚。鹿毛皮の腰外套は銅貨二〇枚」


 そこそこ値段が張る。いつかはこれらを安物と言える日が来るのだろうか。


「あんちゃんの奇妙な防具と交換でどうだ? 見たところ実に機能的だ」


「全部ですか?」


「ああ、全部だ」


 ベストやジャケットに入っているものはバックパックに入れればいいが、この皮鎧はポケットがある訳ではない。


「帯革に付ける袋も二つ付けてくれればいいですよ」


「別料金で売るつもりだったのに、あんちゃん旅慣れてるね」


 危ない。ぼられるところだった。


 奥で着替えて俺の格好はこの世界仕様となった。無料でつけてくれた黒布の服上下に、皮鎧、鹿毛皮の腰外套、マグヌスさんに頂いたブーツといった具合だ。防具代をラハヤに払わせることにはならなかったし、いい買い物になった。


 もちろん、狩猟者記章は胸のあたりに付けている。元の世界に戻った時に紛失していたら、色々と手続きが面倒だからな。


 店の主人は俺のズボンに穴が開いているのを驚きはしたが、どうやら彼はデザインを参考にするらしい。


「ラハヤさんありがとうございます」


「ううん」


 俺たちは一度、狩猟組合に戻る。併設された食堂で昼食といこう。カウンターに一番近い席が空いていたので、そこに座ることにした。


 他の席では既に早朝の狩りを終えた猟師たちが、各々テーブルに着いて食事を楽しんでいる。

 

 この狩猟組合は、害獣駆除の仕事を仲介するのと簡単な食事も提供している。ただ、地域事に一々手続きが必要であったり、狩猟組合自体がない国もある。


 権利関係がしっかりしていているのは、森の資源保護の一環なのだろう。きっとこの国には森林官がいて、ここは森林官直下の組織か森林事務所だな。


「お兄さんは何食べる?」


「ラハヤさんがいつも食べてるので」


「じゃあ、日替わり定食」


 ラハヤが注文を取りに来た女給に告げる。あの女給たちはバイトなのか、職員の女性とは格好が違い華やかだった。


 しばらくして出された食事は、春山菜の鹿肉巻きに鹿肉のソテーに根菜とキノコ類が入ったスープ。さらに黒パンと豪華だった。これでお値段は青銅貨四〇枚。高いか安いかはこの世界の経験が浅いので分からないが、出された料理の見た目から安いと思える。


 ラハヤが美味しそうに黒パンをスープに浸して食べているので、食べ方はそうやるらしい。俺も真似して食べることにした。


 スープは鹿の骨がベースなのだろう。透き通った甘い出汁だ。それがキノコの旨味と融合している。春山菜の鹿肉巻きの山菜はタラノメに似ていて、ほろ苦さに酒が欲しくなる。ソテーも臭みなく美味い。


 俺はちょっとした旅行気分に浸れた。酷い目には遭ったが、美味い物を食べれば気分も晴れやかになる。


 こんなにも美味しいのだ。ゴブリン出張回収サービスが肉だけ取っていくのも良く分かる。肉を卸して金を稼いでいるのだろう。


 食事を楽しんでいたところに、ちょっとした騒動が起きた。


 背の低い魔法使い風の銀髪赤目の少女が入って来たのだ。その短め銀髪サイドテールの魔法使いっ子は、狩猟組合に入るや否や職員に手続きを申し込んでいた。彼女の服は狩猟組合に似つかわしくない赤いフード付きローブだ。


 職員と魔法使いっ子のやり取りが聞こえる。どうやら揉めているようだ。


 こんなことならカウンターに近い席に座るんじゃなかったな。


「あの、ここは狩猟組合ですけど……」


「そんなこと解ってます。ただ、冒険者組合を出禁にされたので」


「で、出禁……」職員の女性は厄介な人物だと思ったのだろう。非常に困った顔をしていた。


「私は誠実に、正直に言いました。そちらも誠実に対応してください」


「はぁ……」


 職員の女性が渋々と手続きしたのだが、魔法使いっ子は杖をぶんぶんと振りながら抗議しているようだ。


「なんで私が一番下なのですか! おかしいですよ!」


「なんでって小精霊ピクシーが決めることなので……」


 職員の女性はたじたじである。


「この羽虫! やり直しを要求します!」と言った直後、魔法使いっ子の目玉を目掛けて小精霊ピクシーが錫の短冊を投げつけた。


「い゛ったぁ~」このやり取りどこかで見たことがある。


 この時点で、他の猟師たちは知らん顔を決め込んでいた。頭のおかしい奴と関わり合いになりたくないのだろう。俺も関わり合いになりたくなかったが、同時に楽しい食事を邪魔されて我慢ならなかった。


「なあ、あんた。登録するのはいいが人の迷惑も考えてくれ」


「なに勝手に話しかけて来てるんです?」


 なにこいつむかつく。


「声の音量下げろって言っているだけだ」


 そう俺が言った途端に、あろうことか魔法使いっ子は渦のような炎を纏い始めた。


 なにこいつ怖い。


「ふふん。びびって声も出ないようですね」


 忘れていた。ここは異世界。またの名を非常識な世界。関わるのは避けるべきだった。背の低い子どもだからといって甘く見るべきではないのだ。


「ねえ、君って錫の鴨なんだよね?」


 全く臆していないラハヤが、魔法使いっ子に話しかける。


「ええ、誠に遺憾ながら」


「錫の鴨は一人での狩猟は禁止されている。最低でも一つ階級が上の仲間を一人か、同じ階級の仲間を四人集めないと駄目だよね」


「そうみたいですけど……」


「なら私たちと一緒に来る?」


「いいのですか?」


 え? ラハヤさんなに言ってるの?


「魔獣が出た時の護衛も兼ねて丁度いいかなって」


「なるほど。分かりました」


 驚き顔を隠せない俺を他所に、魔法使いっ子は自己紹介を始めた。


「私はモイモイ・マイトパルタと言います。特技は火焔魔法で日に五回撃てます。まあ、もうちょっと鍛えれば日に六回は撃てるでしょう。冒険者組合では銀の盾等級でした」


「モイモイ?」俺は聞き返した。


「そうですけど、それが何か?」


「……いや、別に」


 まあ、異世界では普通なのだろう。……っぷ。


 こうして貧乳魔法使いっ子は俺たちに同行することになった。

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