2-5 2018年8月30日 - 仲間は三人

 相沢さんはミネラルウォーターを飲み干して鞄に入れた。高加良はまだ三分の一残していた。相沢さんは空いた両手でスマホを操作して別の画面を俺に見せた。それは今日まとめサイトに上がった、bocketへの対処法。

「今、ネットで流行っているのは、徒党を組むこと。匿名のボケは、それまでに『ウケた』を数多くもらっている人の方が相手に表示されやすくなるわ。その『ウケた』に客観的な基準はなく、人がボタンを押すかどうかで決まる。つまり人数を集めてグループを組み、グループ内では必ず『ウケた』を押すようにすれば『ウケた』は量産できるの。そして、各人が一人だけ、あまり恥ずかしくない匿名のボケを送って、他グループからの悪質なボケから守ってあげるわけ。あくまで今までと同じルールで表示されると信じればの話だけれど、ネット上では信憑性は高いとされているわ」

「じゃあ友達同士で組めばいいわけだ」

「一番効果的なのは暴力よ」

 俺は一瞬思考が止まった。暴力で『ウケた』を集める?

 理解しかねている俺を見て相沢さんがため息をつく。

「吉崎君に無理矢理友達にさせられたんでしょ? 彼は周囲の人間を脅して自分に『ウケた』を集めさせようとしているんでしょ。きっと、気に入らない人間には『ウケた』を押さないように圧力もかけてるんでしょうよ。いわば上納システムね」

「それって、笑い関係ないじゃん」

「この笑えない事態に、笑いは関係ないのよ」

「マジかよ。そんなときに檜原君が吉崎と組むなんてなあ。というか、相沢さんだったら、高加良より檜原君の方が話が合うとずっと思ってたんだけどなあ」

 そしたら相沢さん、本気で嫌そうな顔をした。

「あれ、そんなに嫌だった?」

「檜原君の人格が見えてないなんて、人を見る目がないか、よっぽど接点がなかったのね。彼は生まれたときにもらえるものをもらいすぎて、周囲の人間は自分のための下僕か道具としか思ってないわ。どんな人間か、実際にあったことを教えてあげる。中学校に入学した直後、私に『つきあわないか』と言ったのよ。そのとき、なんて説明したと思う?

『この学校にいる人間の何割と将来をともに過ごすか、考えたことある?

 この学校を卒業して高校に入れば、大半はいなくなる。

 大学に入れば、もっと振り落とされる。

 社会に出たときには、側にはもう誰も残っていない。

 でもね、君だけは、僕と同じレベルの世界に残りそうなんだ。

 長い付き合いになると思うから、今からつきあおうよ』

てね。周りの人間がみんなゴミ・カスに見えてる人間なんて、願い下げだって断ったわ。そんな人間が、この非常時に、人に礼儀なんか尽くすと思う? 

どうせ吉崎君のことも自分が手先として使っているつもりなんでしょ。吉崎君の方も檜原君を使っているつもりでしょう。似たもの同士ね。それと違って悠一は自分の持ち分だけで勝負してるもの」

 高加良が笑う。

「文佳、褒めたって何にも出ないよ」

「この苦境で笑ってるだけで十分肝が据わってるわ」

 ああ、だめだ。冷徹な人間観察眼を見せつけたと思ったら、高加良とはやっぱりバカップルだった。高加良への評価については信用しないようにしよう。

 高加良は俺と相沢さんを交互に見比べる。

「今のところ、俺が60ポイントほど持ってて、文佳が10ポイントか。こういうときはレディーファーストだから、俺が文佳に匿名のボケを送る。文佳、楠木に匿名のボケを送ってくれないか。俺は楠木のボケでいい」

 相沢さんが露骨に慌てる。

「悠一、それでいいの? 楠木君はポイントゼロだから防御になんてならないわよ」

「まあ、俺は楠木を引き込んだ責任があるしな」

「どうでもいい人間を守るのって、私にとってはおざなりになるんだけど」

 ちょっと待て。一応まともな意味での友達だろ。冷笑されてばっかりでも。

「俺、高加良に誘われてなければ巻き込まれてないんだけど」

「楠木、それは分かってる。文佳、事情を分かってやれよ」

「まあ、女の子っぽいから守られてもしょうがないわよね」

「ここまできて毒を吐くなよ」

 まあ、てことはやることは決まってるわけだ。仲間を増やして『ウケた』を量産する。以上。

「じゃあさあ、俺たちの仲間をこれから増やそうぜ」

「それはもう無理よ。私たち三人で固定だから」

 俺の誘いを相沢さんはあっさり断った。

「どうして?」

「クラスで徒党を組む話が持ち上がったとき、私を誘った子に『やくざのシマ争いね。しかたないわ』って言ったら、のけ者にされて、Stringで噂立てられて、私がどのグループも出入禁止になったの。それで悠一がついてきてくれたら、悠一も出禁になったわけ」

「おい。自分が火に油を注いだことは分かってるのか!」

「楠木君も他に当てはないんでしょ?」

 いやいやいや。完全に二人のせいだから。

 高加良は希望にあふれた口調で。

「逆境って燃えるなあ~」

「高加良、初めから避けろって!」

 相沢さんは事態を『冷静に』分析する。

「悠一が60ポイントだから、10人集めた小さいグループでも一週間あれば逆転できるわ。私なんて1日。吉崎君の上納システムと比べたら、全く防御にならないでしょうね」

「相沢さん、それが分かっててなんで仲直りしないの?」

 バカップルだ。ここにバカップルがいる。二人で地獄に突き進んでいる。

 そして、同じ船に俺も乗っているのだ。

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