第五話 少女達の未来《あした》

「着いたーっ!」

 ハルミドの街の入り口で、アミナはようやく安堵し、大きく背伸びをした。

 街は切り立った高い断崖に沿って作られ、その真ん中を一本の道が通っていた。かつてはその先に大きな鉱山があり、街の中央を走るメイン・ストリートはその頃の栄華の証であり名残だ。

 入植者が増大し、より良い品質と量を求めて主な採掘地はリスタル方面に移り、ハルミドはすっかり寂れてしまった。しかし素焼きのレンガと切り出した岩石でがっしり組まれた古い工法の街並みは、イルダールが資源惑星として期待されていた頃の最前線であったことを伺わせる。

 街の入り口には大きなアーチ状のゲートがあり、ようこそ!ハルミドへ!という文字が辛うじて読めた。

 アミナはそれを一瞥して道を歩いていく。建物は三階建て、四階建てが多く、見た目に反して中はキッチン、バスなど当時最新のユニットが入っている。情緒深い街並みはイルダールのプロパガンダ的役割も担っていたからだ。

 人は多かった。あの新聞がどれほど役に立ったかわからない。あれから移動する先々でテラリスのリスタル進攻を聞いたので、新聞など無くてもみんな他を目指しただろう。

 だが活況さすら呈する街の雰囲気を見ると、アミナは少し誇らしかった。

 建物に沿って人々が寄り添い合い、弾んだ話し声、笑い声も響いていた。

 戦争は終わったのだ。そして破壊されていないしっかりした街で、ある者は新しいここでの生活を、ある者は故郷に帰るための計画を立てる。少なくとももう自分たちの命を脅かすものはないのである。

 街では至る所で炊き出しが行われ、煮物やスープ、蒸かしたパンが配られていた。アミナはそこを幾つか梯子して空いた腹を存分に満たした。賑やかな中での食事は格別だった。人が多いのが苦手だったアミナですら、喜びに満ちた雰囲気にいると自分まで嬉しい気持ちになった。

 腹が膨れると途端に眠くなってきた。疲れもピークに達している。ベッドでと言わなくてもどこかで周囲を気にせずゆっくりと眠りたい。

 うつらうつらしながら、それでも眠る場所を探す前に、アミナにはしておきたいことがあった。

 炊き出しや人が集まるところで遠慮がちに声をかけてみる。

「あの、ここにビルド・ワーカーは来ていませんか? 錆びたような大きなやつで……」

 しかし誰もが首を振った。中にはあの新聞を取り出し、ここに写っているのは君か? と問われることもあった。経緯を掻い摘まんで説明するものの、ビルド・ワーカーの行方は誰一人として知らなかった。

「もうとっくに着いているはずだけど……何かあったのかな……もしかしたらどこかに隠しているか、乗り捨てて来たのかも」

 ビルド・ワーカーは安全と危険、諸刃の剣である。だからアミナは乗らないことを選択した。結果とした色々とあったもののこうして無事にハルミドに到着することが出来た。出来ればもう一度、彼女たちに会ってみたい。

 しかしアミナは肝心なことを忘れてしまっていた。徒歩での長い移動と出来事が、彼女たちの名前を失念させたのだ。新聞にも彼女たちの名前は載っていない。

 根気よくビルド・ワーカーの行方を尋ねてまわったが、それは困難を極め、アミナは疲れ果ててしまった。

 建物の隙間、人が来ない静かなところに腰を下ろし、アミナは背中を預けて目を閉じた。やはり探すのは無理なのか? 名前を忘れてしまったのは痛い。

 アミナは街の喧噪を遠くに感じながらうとうとし始めた。



 どれくらい眠っていたのだろうか、アミナは突然、肩を揺り動かされて目を覚ました。

「やあ、起こしてしまって済まないな」

 目の前に立っていた男がそう言って笑う。顎髭の濃い労働者風の四十代くらい、汚れた繋ぎは鉱山従事者の定番の格好だ。

 アミナは少しふらつきながら立ち上がった。相手に不審な感じはしなかったが、消耗したままの姿を見せるのも失礼だ。

「ああ、無理はしなくていいよ。さっき見かけてちょっと聞きたかったんだ。この新聞に写っているのは、君じゃないか?」

 彼が差し出したのは、難民キャンプで撮ったあの写真が載った新聞だった。

「そうですが、何か?」

 いや、と安心したように男が微笑む。

「ここに写っているこの二人、姉妹なんだが私の娘でね。仕事でしばらく離れていたから戦争が始まって心配していたんだ。みんなどうしているだ?」

 そう言えばあの二人は姉妹だったな、と思い出す。妹のほうは知的障害だったか……。

「わたしは……その……わたしも探しているんです。難民キャンプを出るとき、彼女たちとは別れてしまって……もうとっくにここに着いていると思うんですけど……」

 簡単に説明すると、男は、そうか、と残念そうに頭を垂れた。

「わたしも会いたいので、また探してみます。見つけたら連絡しますよ」

「そうだな、早く会いたい……」

 彼は顔を上げて力なく微笑んだ。余程期待してアミナに声をかけたのだろう。

 その時、街から歓声があがった。無限軌道キャタピラの駆動音が響いてくる。もしや! とアミナは道路に飛び出した。

「ルシル! リコット! シエラ! ローエ! キィン!」

 ゆっくりと通りの真ん中を走るウォール・バンガーにみんなが立っていた。周りの人々が沿道の立って彼女たちに手を振る。彼女たちはちょっとした英雄みたいだった。

 アミナも彼女たちの名前を叫びながら近寄ろうとする。しかし人波に阻まれて先に進めない。それは強固な壁のようだった。

 ウォール・バンガーに付き従うように沢山の人々が歩いていた。それらは難民とは違って小綺麗な格好をして、笑顔に満ちていた。

 まるでパレードの様だった。

「ちょっと、通して、通してください、ルシル、ルシル! ああ、行ってしまう!」

 アミナに気づくことなく、ウォール・バンガーは過ぎ去っていく。追いかけようにも行く手を阻む人の群れは厚い。

 その時、車体に駆け上がる者がいた。あの男だった。

「父ちゃん!」

「シエラ、ローエ!」

 三人ががっしりと抱き合い、それにまた歓声があがった。

「待って! みんな! わたしよ!」

 しかしウォール・バンガーはそのまま走り去っていく。

「どこに行くの! 待って、ねえ! 待ってったら!」



「待って……」

 アミナはハッと気がついた。眠っていたらしい。何か夢を見ていたようだが、詳細は思い出せない。うっすらとウォール・バンガーに乗る彼女たちの姿が頭を過る。名前を叫んだ気もするが、やはり思い出せなかった。

 少しの間でも眠ると落ち着いた。ちゃんと眠れる場所をこれから探さなければならない。

 彼女たちを探すのはやめることにした。

 夢で何か吹っ切れたのか、アミナの中でそれは重要なことではなくなっていた。生きていればまた会うことも噂を聞くこともあるだろう。

 通りにでると眠る前と変わらない喧噪が街を包んでいた。戦争は終わったのだ。これから復興のために忙しくなるだろう。

 落ち着いたらエルキスタに帰ろう、とアミナは思った。医者になるという夢も出来た。完全に復興するまで時間はかかるだろうが、進むべき道は出来たのだ。

 両手を振り上げ、背伸びをして、陽光を全身に浴びる。

 未来は紡がれたのだ。

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