第四話 二人の未来には
リコットはウォール・バンガーの中でふと目が覚め、ルシルとクロアがいないことに気がついた。余り気には留めなかった。シエラとローエは抱き合ったまま寝息を立てている。
早く戻ってきたらいいのに、そんなふうに思って横になろうとしたとき、不意に下腹に違和感を覚えた。グルグルと締め付けるような痛みがし、慌てて自分の荷物を掴んでウォール・バンガーから飛び出した。
そして一番近い仮説トイレに飛び込む。
しばらくしてそこから出てきたリコットは晴れやかな気分だった。普段なら重くて憂鬱でしかないのに、今回ばかりは大声で叫びたいほどだった。
ルシルに知らせないと!
リコットは早足でルシルの姿を探した。それほど遠くにいるとは思えない。きっとウォール・バンガーの近くだろう。
彼女を探すつもりで、車体の上に登り、後ろに回ろうとしたとき、何か激しい息遣いが聞こえてきた。聞き覚えのある声がふたつ、まるで絡み合うように。
不安が胸を押さえつけ、忍び足でそこに向かう。
「えっ?」
リコットが目にしたのはあり得ない光景だった。下半身をむき出しにしたルシルの背後からクロアが腰を打ち付けるように振っていたのだ。
意味が分からずリコットは呆然となった。よく見ると、ふたりの間を何か太いものが繋いでいた。やがてクロアがビクッと震えて、ルシルが力無く座り込む。抜けたものがぬるりと光るのを見て、リコットの混乱はピークに達した。
これは……何? ルシル……?
困惑の中に怒りが満ちてくる。
「ル、シル、ど、どうして……」
「リコット!」
しかしリコットは咄嗟に駆けだしていた。
「どこに行ったのかしら?」
「別れて探した方がよさそうですわね」
ルシルとクロアはコンテナが不規則に並んだ中を縫うように走った。しかしリコットの姿は見つからない。
「全く、どこにいったのよ!」
見知らぬ場所だ、心当たりはなく見当もつかない。
クロアも同じだった。あちこち探して回り、そしてようやくコンテナに囲まれたどん詰まりに、うずくまる小さな影を見つけた。
「リコット!」
「来ないで!」
大きな声で拒絶する。クロアは一呼吸おいて、もう一度話しかけた。
「ねえ、リコット。少し話しをさせていただける? あなたとの関係はルシルからお聞きしてましたの。あなたのことを愛していると。でもわたくし、我慢が出来なくて……ほら、わたくし、ミキシング・ジェンダーですのよ? だから……」
「だからルシルとしたの? キメラのくせに、わたしからルシルを奪って!」
強い言葉にウッと詰まる。流石に何を言ってもリコットを納得させるのは無理だ。実際クロアはルシルのことが気になっていたし、一度交わってみたかったのも事実だ。クロアにとってセックスは大した行為ではない。少し親しくなればしてもいい、その程度のことだ。ましてやミキシングとして相手の性別は関係ない。
しかしそれを理解してもらおうというのは無理な話だ。
「ねえ、リコット。ルシルは……これはわたくしの勘ですけど……何かを確かめたかったと思うんですの」
「確かめる? 何を?」
背中を向けたまま膝を抱えて聞く。
「何を……そうですわね。わたくしが思うに……自分の女としての価値……でしょうか?」
「女としての価値って……どういうこと?」
聞き返されてクロアは返答に困った。言ったことは決して的外れではないと思う。しかしちゃんと説明出来るものではない。
それは……と言いかけたところにルシルが飛び込んできた。
「リコット!」
「ルシル……」
しかしリコットはその姿を見て、ふいっと顔を背けた。
クロアは、後は任せましたわ、とルシルに耳打ちしてそこを去った。これ以上自分がいても混乱させるだけだ。
「ごめんなさい、リコット。謝っても許してはもらえないわよね。あなたを裏切ったも同然だもの」
リコットはしばらく黙ったまま、ようやく、どうして? と聞いた。
「クロアの事が好きとか、そういうんじゃないの。あたしが愛してるのは、リコット、あなただけよ」
「好きでもない人とするの?」
ルシルは一瞬沈黙する。そして決心した。全てを話してしまおうと。
「リコット、あたし、ミキシング・ジェンダーになる。クロアのように手術してペニスをつけるわ」
へ? とリコットが惚けた顔を見せた。
「何を言ってるの? ルシル?」
「あたしは本気よ。あなたを本気で愛してる。でもダメなの、今のままじゃ。あたしには足りない。あなたを今以上愛するためのものが!」
「そ、そんな……わたしは今のままで……それに手術って、そうしたらルシルは……」
「キメラ、でしょ? 女を捨てることになるわ。でも構わない。リコットのためだったら。リコットを存分に愛するためにはあたしにはそれが必要なの。でもその前に知りたかったの。あたしの女としてどうなのかを。クロアがミキシングだと知ってチャンスだと思ったの。彼女に言われたわ。普通だって。女として普通。特別でも何でもない、普通の女よ。あたしにはそんなの意味がない。だからもう女としてのあたしはいらない。あたしはあなたの、あなただけの特別になりたいの。あなたのためにミキシングになる。平気よ、大したことじゃない。男になるんじゃないの、あそこを取り替えるだけ」
リコットはまだ納得しないのか、そんな……と俯いた。ルシルは彼女に近づき、両肩をぐっと掴む。リコットは立ち上がってお互いの視線が交錯した。
「リコット、愛してるわ。あたしが存分に愛してあげる。そうしてあげたいの。あたしたち二人の未来には必要なものよ。そして一緒に暮らして……あなたにあたしの子供を産んでほしい。そして二人で育てるのよ」
子供を? ルシルとわたしの……そう呟いて、ハッとリコットが顔を上げた。
「そう、ルシル! 始まったの! 遅れていただけで、生理が! だから……」
「じゃあ?」
「ええ、もう大丈夫よ!」
ルシル! リコット! 二人が強く抱きしめ合った。
「クロアに酷いことを言ったわ。キメラだなんて……」
「また謝ればいいのよ、彼女、多分そんなに怒ってないから」
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