第五話 共に走った仲間たち

 荷物をコンテナに入れる作業は思ったほどきつい労働ではなかった。それが終わってみんなで一休みする。

 リコットは休むことなく行ってしまった。こんな時だからゆっくりすればいいのに、とルシルがこぼした。

「前の戦いで色々と不具合があるから今のうちに出来るだけ直すってさ。凄いよね、彼女、朝からずっとやってるんだから」

「機械いじりが好きなのよ。家の仕事がそうだったし」

 そう言ってみたものの、ルシルはリコットの気持ちが良くわかった。じっとなんてしていられないだろう。自分ならキィンのことで頭がおかしくなる。

 そうか、いいな、とシエラは遠くを見るように呟いた。

「ローエは退屈で寝ちゃった。でもそのままにしてきたよ。起こしても鬱陶しいしさ」

 自虐的な顔でそんな風に言う。しかしルシルは、シエラのローエへの献身的な世話には感心するばかりだった。

「シエラはローエのことが本当に好きなのね。羨ましいわ、そんな妹がいて」

 そんなこと、とシエラが俯く。その雰囲気は褒められて嬉しいとか、照れているというのではない、別のものだった。強いて言うなら悔恨が近いだろうか。彼女は何かの強い想いをぐっと押し殺しているような顔をしていた。

 しかしふっとその緊張を緩めた。封を切ったように口元が動く。

「ボクさ、ローエを殺そうと思ったんだよ」

 突然、そう告白する。これにはルシルもクロアも驚いた。とてもそんなことが出来るようには見えなかった。

「ローエがああなったのは、ボクのせいなんだ。母ちゃんが死んで、父ちゃんはまだ小さかったボクとローエを連れて、イルダールに働きにきたんだ。でも軌道オービタルステーションで足止めされちゃってさ。ボクとローエは退屈で遊んでたら……。そこがエアロックだなんて知らなかったんだ。ローエが外ばかり見ていたから適当にボタンを押してたら……」

「まさか、宇宙に?」

「ああ、ローエは外に吸い出されて五分近く真空に晒されてさ。たまたま近くの船外作業員が救出してくれたけど、一週間意識が戻らなくて。ようやく戻ったと思ったら、どうも前のローエじゃなくなってた。何時も怯えて何も話さなくなって、ご飯も食べないで、ボクの前では未だに笑ったことがないんだ。ようやくねぇねぇと呼んでくれるようになったのは半年くらいしてからかな」

 ルシルは押し黙ってそれを聞いていた。小さい頃のことだ、悪意があってしたことではない、単なる事故のはずだ。しかしそれが生涯に渡って取り返しがつかないこともある。

 クロアも顔はそっぽ向けていたが、静かに耳を傾けているようだった。

「事故なんだもの、仕方ないわ」

 どうかな? とシエラは言った。

「小さいころ、ボクがローエのことどう思っていたか、思い出せないんだ。もしかしたら……わざとじゃなくても……」

 そこまで言ってシエラが、ふうっと大きく息を吸い込んだ。

「それ以来、ローエはずっとあんな調子だ。言葉もろくに喋らないし、親指を吸う癖なんて何時から……。テラリスと同胞団の衝突が激しくなってきてから、父ちゃんは賃金がいいからって開拓村のほうに出稼ぎに行っちゃったんだ。リスタルのもっと南だよ。僕はローエと二人で残って、知り合いのおばちゃんが助けてくれたけど、生活のほとんどはボクら二人でやってたんだ。でもローエはあの通りだろ? ご飯は上手く食べられない、物は壊す、手伝いは出来ない、オシッコやウンチも上手く出来なくてさ」

 彼女は遠い過ぎ去った日々を懐かしむかのように笑った。しかしそこで体験してきたのは、決して楽しい出来事などではなかったろう。

「で、とうとうボクはキレて、ローエを殴り倒したんだ。怒鳴りつけて何度もぶって、ボクもローエも泣きながら、でも止めることができなかった。そして気がついたらボクはローエの首を絞めていたんだ。お前なんか死ね! ってね」

 シエラが自分の両手をじっと見つめる。その瞳の奥にあるのは怒りであった。それが誰に対してなのか。

「その時さ、ローエは言ったんだ。ちゃんと普通の言葉ではっきりと言ったんだよ? “殺さないで”ってさ。すっごい怯えた顔してブルブル震えて、きっとボクが悪魔にでも見えたんだろうな。そしたらボク、自分のしていることが、自分自身が急に恐ろしくなってさ。手を離して大声で叫んで、それからずっと泣いてた。ずっとずっと泣いて、そしたら知らない間にローエがボクの横で背中をさすってくれててさ。ボクは彼女を抱いてまた泣いた。ずっと泣いて、そしたら知らない間に二人とも寝てて。そして目が覚めてローエの寝顔を見ながら誓ったんだよ。もうローエを絶対に悲しませたりしないって。絶対にボクが守ってみせるって。父ちゃんが帰って来て、また三人で暮らして……裕福になろうとか思わないから、ずっと三人で暮らしていけたらなって」

 シエラはそれだけ一息で言って、そして黙ってしまった。沈黙が支配するそこは不思議と温かい空気が満ちていた。

 静かだったクロアが遠慮がちに呟く。

「よろしいですわね、そういう夢があって。羨ましいですわ」

「夢なんてほどのもんじゃないよ。そういう君だってお嬢様だろ? この戦争が終わったら、また元の良い生活に戻れるじゃないか」

 しかしクロアはそれに返事をしない。ただ黙って顔を背けていた。それが不自然に長く続いた後、不意にこう切り出した。

「ルシル、あなたは……あなたならもう気付いているのでしょう? わたくしのこと」

 突然振られてルシルは困惑した。想像はしていたが、確信があったわけではない。

「えっ? どういうこと? ルシル?」

 シエラが訳がわからないという顔で二人を交互に眺める。

「リンデルールはテラリスの企業連合のひとつで個別の企業名ではないから、リンデルール家というのは存在しないのよ。後は……そこの“継ぎ”かな」

「やはりご存じだったのですね。これも演出のひとつ、名家のお嬢様を名乗れば受けがよろしいのよ。後は見た目、こんな安物の服でもそれらしく見えればお客様には喜ばれますの」

 ゴシックロリータの脇を上げて、ルシルの指摘したところを指でなぞる。上手く隠されているのでそこに継ぎが当たっているなんて、余程注意しなければわからない。

 未だに意味のわからないシエラはただきょとんとしていた。クロアは笑って自分の正体を明かした。

「わたくしは娼婦ですの。娼館ではなくて開拓村を回って商売をするのですけど。戦争に巻き込まれて仲間とは散り散りに……いいえ、大半の仲間はあのスマート・タレットとかいうものにやられましたわ」

「娼婦……本当なの? ルシルは知ってた? えっ? あれ? じゃあ、まさかクロアが貰ってきたのって……」

 ご想像にお任せしますわ、とお茶を濁す。

「鉱毒の酷いところでしてね。両親は呆気なく。身よりのない十二歳の娘が出来ることなど何もありませんでしたわ。自分で稼げないなら野垂れ死に……。その頃、ちょうど村に娼婦や芸人の一座がいましてね。そこで面倒を見てもらうことになりましたの。村の紹介もありましたのよ。厄介払いですけど。初めてお客様のお相手をしたのは十五歳の時、その時から八年も十八歳を続けていますわ。この喋り方も調律の時に教わったのですけど、もう直りませんわね」

 シエラがぽかんとする。無理もない。ルシルにとっても知識が追い付くのがようやくだった。調律とは客をとって行為を行う前にする実施講習の隠語だ。それにイルダールでは性風俗の職に就くのは十八歳以上でなければならない。だから歳を誤魔化したのだろう。それから八年ということは実際の年齢は二十三歳ということになるだろうか。

 そこまで言って、彼女はすっきりした顔で黙ってしまった。シエラは感心したようにクロアを見ていたが、同じように口をつぐんで空を仰ぎ見る。

 そこにリコットが寝惚け顔のローエを連れてやってきた。

「ええと……ローエが起きちゃって……」

「わかった、ごくろうさま。じゃあみんな、食事にしようか。今日は特に良く休んでおいて。明日はいよいよハルミド。出発は早いわよ、いい?」

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