第四話 誘惑

「それだけですの?」

 クロアが呆れたのも無理はない。

 カリムの約束した支援というのは、袋に入った保存食と水だけ。真空パックされた栄養食で、備蓄用として推奨されてはいるが、ボソボソのスティック状、味もやたら甘ったるくて、実際にはオヤツにもならない。少し大きな街ならば底値で売っている代物だった。

 それが三日分。ここからハルミドまでは半日で到着するというが、ハルミドでの生活を考えると食料や水、日用品は多ければ多いほど良い。

「他にはもうないってさ。なんか厄介払いされてるみたいでイヤな感じだった」

 受け取りに行ったシエラが口を尖らせた。

 ルシルはため息をつくと、仕方ないわ、とみんなを納得させた。余裕がないのはわかる。中継基地といっても近くにテラリスが集結しているのなら補給もなかなか来ないだろう。百二十人もいればそれだけで消耗するし、戦争後に同胞団を維持する役目もあるなら、ルシルたちのようなよそ者はさっさと出て行ってもらいたいというのが本音だろう。

 カリムが悪い男には見えなかったが、それだけ戦後を見据えて備えているということなのだろう。

 しかしクロアだけは、どうにも不服そうに鼻を鳴らし、そのまま出て行ってしまった。早く出発の準備をしなきゃならないのに、と思いながら、でもクロアを諫めるような言葉を、ルシルは持っていなかった。



「ねえ、ちょっと。お伺いしたいことがありますの」

 プレハブハウスの前に立っていた、二十代前後の迷彩の戦闘服を着た青年に、クロアは声をかけた。

 ここはシエラが保存食を受け取りに来た場所だった。

 彼は少し驚いたものの、ああ、何だい? と軽く返事を返してきた。

「あなた、ここの管理を担当されているのでしょう? さっき若い娘がここに来たと思いますけど、わたくしたち、ここの偉い方から支援の約束をされていて……」

 しかし彼は、ああ、と強引に話を遮った。

「カリムさんだろ? 僕は下っぱだからよくわからないけど、上で話し合って決めたらしいよ。流石にこのタイミングでハルミドに行こうっていう難民に余り支援は出来ないってさ。だから……悪いね」

 しかし彼の後ろには十分すぎるほどの物資があった。プレハブハウスの後ろにはコンテナが数段に重ねられていて、そのひとつの扉が開かれ、中身が見てとれた。入り口までこぼれそうなくらいに荷物が入っていた。食料品や日用品だ。

「その後ろのものは何ですの? 物資はまだたくさん、お有りなんでしょう?」

「ああ、いや、ダメだよ、僕が勝手にどうこうは出来ないよ」

 クロアは青年に気付かれないようにチッと舌打ちした。

「わたくしたちはビルド・ワーカーでハルミドに向かいますの。機攻少女隊フルメタル・ガールズってお聞きになって?」

「うん? 機攻……ああ、何か聞いたことが……君がそうなのか? いや、でも指示があって……」

 埒があかない、とクロアはため息をついた。

 彼は管理だけを任されているのだろう。これ以上は話をしても無駄なようだ。話では。

「ねえ、ここの管理はあなたが全てしているのですわよね? では少々数が減ったりしても、辻褄合わせは出来ますわね?」

 クロアは彼にすり寄ってぴたりと体を合わせた。腕を組み、自分の胸に強く押し付ける。それで青年はビクンと震えた。その顔は驚き、或いは恐怖、そんなものが見て取れた。

「そ、そんな、ぼ、僕は……」

「ほんの少し、融通していただけるだけでいいの。何もタダでとはいいませんわ。おわかりになるでしょう?」

 彼の腕を持って自分の胸を掴ませる。そして青年の顎を指でゆっくりとなぞった。胸元を引っ張って中身を覗かせる。彼はその中にあった白い二つの膨らみを凝視して固まってしまった。

 まだ経験も少ないだろう、この程度の青年を誘惑することは簡単だ。クロアはほくそ笑むと、彼の腕を引っ張った。

「わたくし、お口でするのが好きですの。得意ですのよ? さあ、人に見られないところへ。大丈夫、わたくしが直ぐに終わらせてごらんにいれますわ。二度とない体験になりますわよ」

 何時ものキメ台詞。もちろん効果は抜群だった。



「どうしたのこれ?」

 クロアが持ち帰ったものを、ルシルは驚きを持って迎えた。

 大きな木箱が三つ、ダンボール箱が二つ、どれもルシルひとりでは持ち上げられそうにない大きさだ。

 ごきげんよう、とクロアがそれを運んできたトラックの青年に手を振った。

「よくこんなに貰えたわね」

「あの御方、わたくしが話したらよろこんで都合をつけてくださったわ」

「ボクの時はあんなに渋っていたのに……さすがクロア! お嬢様だけのことはあるね!」

 その横顔が僅かに曇る。ルシルは見逃さなかったが、クロアに問いただすことはしなかった。

「じゃあ、人に変に思われないうちに片づけるわ。そうね、後ろのコンテナがいいかな。この中身は何なの?」

「木箱のものは水や缶詰などの食料品、ダンボール箱は下着や日用品。生理用品もありましてよ?」

 それを聞いてリコットはふと目を背けた。随分と遅れている。それはルシルも心配していた。

 箱をみんなで車体の上まで引っ張り上げ、コンテナの扉を開ける。これでかなり余裕が出来た。コンテナの奥は爆薬やロケット弾で無用の長物だが、その空間が埋まってきたことで充実感が生まれていた。

「これだけあれば、ハルミドについてもしばらくはやっていけそうね。クロアのお蔭よ」

 いえ、わたくしは……と俯く。

「何もしないわけには……行きませんものね……」

 と、ボソリと呟いた。

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