第二話 残された者たち

 戻ってきたリコットは泣き続けていた。床にべったりと腰を落とし、こうべを垂れて、ずっと泣いていた。

 ルシルがウォール・バンガーのアクセル・ペダルから足を離したのは、全速力で走り続けて二時間後のことだった。どこまで走ったのか、どこに走ったのか、まるで見当もつかない。

 空気は重かった。リコットが泣いているからだけではない。なぜ泣いているのかを知っているからだ。

「ごめんなさい、キィン……ごめんなさい……」

 激しい嗚咽、ポタポタと音を立てて落ちる涙、今にもひび割れ砕けてしまいそうな震える背中にかけてやれる言葉は見つからない。

 彼女の横に座ってその背中にそっと手を添え、ルシルは彼女が落ち着くのを待った。シエラも、クロエも言葉なく腰を下ろし、ローエも雰囲気を察してか、何も声は出さなかった。

「わたしのせいで……わたしがキィンを殺した……殺した……」

 嗚咽の中でゆっくりと吐き出すような声に、ルシルは胸を締めつけられた。

「キィンは……あの子は壊れていたのよ。今までに色々とあって……あなたはずっとキィンは危ないって言ってたわ」

「そうだよ、ボクが見たってイカれてたって思う」

「死んだとは限りませんわ。あれくらいならもしかしたら軽い怪我くらいで、いいえ、けっこうピンピンして戻ってくるかも……」

 本気とも冗談ともつかない言葉では場の雰囲気を変えることが出来ないとわかるとクロアは、それはありませんわね、と笑って誤魔化した。

「ボクは大嫌いだったな……あいつ、ローエをいじめるし……」

 そう言ってシエラはローエをぎゅっと抱いて、頬を合わせた。それに驚いたローエもシエラの頬を撫で返した。

 一緒にいたのは僅かな間だったが、同じ死線を超えてきたのだ。仲間と呼びたかったのかも知れない。

 死んだとは思いたくない。しかし生きているとも思えない。いない人間の悪口は言いたくないが、言っていないとやりきれない。

 誰も動こうとしないまま、そうやって時間だけが過ぎた。太陽が高くなっていき、早かった朝は午前のハイライトを強くしていく。

 ルシルはようやく声を上げて泣くことをやめたリコットの肩を抱いていた。それはブルブルと震え、自分のしたことへの恐怖か、後悔か、壊れそうなほど小さくなっていた。

 腕を汲んで物憂げに覗き窓から外を眺めていたクロアは、不意に、何ですの? と声を上げた。それでルシルたちはみんなでクロアを見、それから直ぐにそれぞれの覗き窓に向かった。

「取り囲まれている? まさかアンダー・コマンド?」

 ウォール・バンガーから離れること二十メートルくらいだろうか。そこに迷彩の戦闘服、或いはカーキ色やグレーのつなぎを着て、アサルト・ライフルを持った男や女が十人、いや二十人、かなりの数が取り巻いていた。

「うそ? こんなことって……また戦うの?」

 シエラの顔が青ざめる。これ以上戦わないために村に奇襲をかけたのに、全くの無駄だったのか。キィンは何のために……。

 しかしその中から一歩進み出た初老の、頭が禿げ上がり耳の周囲にだけ僅かな白髪を蓄えたひょろっと背の高い男が、拡声器を使って言った。

「そこのビルド・ワーカー! 乗っているのは誰だ! テラリスやアンダー・コマンドでも大人しく投降すれば命は取らん! 顔を見せろ!」

 ルシルたちはお互いを見合った。

「どういうことですの?」

「同胞団……かな? じゃあ、敵じゃない……?」

 それはわからないけど……とルシルは思ったが、今まで問答無用で襲ってきたアンダー・コマンドとは雰囲気も様子もまるで違う。

 ここにいて、とみんなを制してルシルは賭けてみることにした。扉を開けて姿を晒す。両手をゆっくりと見えるように上げる。

「あ、あたしたちはテラリスじゃありません! ただの難民です! ハルミドに行くんです!」

 声を振り絞ったが、届いたかどうか。ただ外に出てみてわかったのは、彼らはかなり大勢で服装も様々、組織だった感じはせず、寄せ集めのように思えた。

 長い沈黙。

 男は近くにいた数人で話し合っている。その間、ルシルの心臓はバクバクとなっていた。これだけの人数で襲われたら一瞬で終わりだ。

 だがそれは杞憂だった。

「その言葉を信じよう。何人乗っている? 全員、ゆっくりと降りてこい。ただし、しばらくはそうやって手は上にしていろ」

 だって、というとみんなはため息をついてそれに従った。リコットも鼻をすすりながら、言われた通りにする。

「大丈夫、あたしがついているから」

 彼女の耳元で囁いて、それでリコットは小さく、うん、と頷いた。

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