第一章 戦禍の中の少女たち

第一話 戦禍の中の少女たち

 大きな揺れをひとつ残して、トラックは停車した。荷台のほろの中、汚れ破れて酷い臭いのする服を着た、憔悴しきった顔の者たちが一斉に顔を向ける。トラックの後方で男二人に挟まれて、背の小さな少女がひとり、無理やり乗せられた。

「奥に行きな。大丈夫だ、少し揺れるが休んでいろ」

 男の言葉に少女が頷く。その時ズレた丸いレンズの眼鏡を両手で直す。

 ふらふらと覚束ない足取りで、似たような同乗者たちを避けながら奥へと歩いてくる。

 ルシルは一番奥で両膝を抱えて座っていたが、彼女のために横を空けた。

 少女は怯え、震えていた。童顔で大きな黒い瞳、赤茶けた髪の毛は左右で三つ編みにされているが、痛み、泥で汚れ、酷く乱れていた。細い黒の縁の眼鏡は少しヒビが入り、蔓が曲がっている。この季節に似つかわしくないノースリーブの白い花柄のワンピースもドロドロに汚れ、ところどころ派手に破れていた。靴も履かず、足は傷だらけ、それだけでなく太股から赤いものが伝い落ち、幾つかの筋を作っている。

 横に座る時、彼女の僅かに鼻をつく生臭い悪臭が、ルシルの嫌な記憶を呼び起こした。

 ああ、この子はあたしと同じなんだ、と思いながら彼女の沈んだ横顔を眺める。

「ねえ、大丈夫?」

 声を落として話しかけると、彼女は一瞬ビクリと肩を震わせた。ゆっくりと顔を向けて僅かに頷く。

 大丈夫なはずはない。自分は何を聞いているんだろう。でもかける言葉なんて見つからない。

 ルシルは自分の破れたジーンズの膝を彼女に寄せ、白いブラウスから伸びた長袖の腕で彼女の肩を抱いた。

 彼女の体温が伝わってくる。ルシルはそれが嬉しかった。

 風が冷たくなってきたこの季節に上着を持ち出せなかったのは辛い。ずっと寒さを我慢していたのだ。トラックの荷台の上では幌の中であっても、人が多く乗り込んでいたとしても、温かさなど微塵も感じない。

「あたしはルシルよ。ねえ、あなたの名前は?」

「……リコット」

 鈴のような声だった。震えているせいで余計にそう感じるのかも知れない。普通に話すことが出来ればさぞかし可愛い声だろうと思った。

「歳は幾つ?」

「……十五」

 優しい響きが耳に心地よい。ずっと聞いていたいような声だ。

「そう、あたしは十七よ。あなたも街を焼き出されてきたの?」

 一瞬の間を置いて、リコットがこくりと頷く。

「あたしもそう。突然、戦争が始まっていきなりテラリスの軍隊がきて、街はメチャクチャ。みんな死んだわ」

「……軍隊じゃない」

 震える声でリコットが言う。

「あれは……軍隊じゃない。同じイルダールの人間なのに……テラリスの味方をして……どうして?」

 ルシルは暗い気持ちになった。

 地球資本を背景に持つ企業連合テラリスと、惑星イルダールの入植者で作るイルダール同胞団の確執が大きくなってきたのはここ数年のことである。

 各地の小さないざこざは直ぐに大きな武力衝突へと拡大していった。ルシルが住んでいたメイザルの街はテラリスの支配地域であるセリセアに近く、テラリスの軍の侵攻で呆気なく崩壊、多くの住民が殺され、ルシルは命からがら逃げ延びたのだ。余りにも突然だったために持ち出せるものはほとんどなく、彷徨い歩いていたところをこのトラックに拾われたのである。

 しかし実際に町を襲ったのは、同胞団から爪弾きにされたイルダールの元労働者たちだった。テラリスに拾われ軍によって訓練された彼らはアンダー・コマンドと呼ばれ、最前線で昔は仲間だった者たちを殺しているのである。

 そんな状況がそこここにあった。だからリコットも同じであろうことは直ぐに察しがついた。

 斜め前に座っていた三十代後半くらいの女性が、そっと何かを差し出してきた。それは青色のサンダルだった。

「どうぞ。子供のだから少し小さいかも知れないけど」

 ルシルは礼を言ってそれを受け取った。確かに小柄なリコットですらきついかも知れない小さなサンダル、リコットは惚けた顔で僅かに頭を下げただけだった。

 女性は少し微笑んでそれきり下を向いてしまったが、彼女の周りに子供はいなかった。ルシルはそれについて何も考えないことにした。色々と事情はあるだろう。女性は何かを我慢するかのように口を真一文字に結んでいた。

「もう生存者はいないようだ。早く出発しよう」

 外からそんな声か聞こえ、トラックが大きく揺れて、ゆっくりと発進する。整地されていない瓦礫の散乱する道を、右に左に、そして上下に激しく揺れながら、トラックは走っていった。

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