第五話 ミミック、襲撃される



「敵襲!! 敵襲!! 北西から人間の軍勢あり!! 各員戦闘配置につけ!!」


 優雅な朝食タイムが終わり、自室に戻ろうとしたところで、喧しい声が屋敷内に響いた。


 マチルダは慣れた動きで配下達を集めると、屋敷の前の庭に陣形を組み、あれよあれよという間に俺を本陣に座らせた。

 マチルダとロベリアが両脇に控え、忙しく走り回る人狼達と情報の伝達を行なっている。


 なんだなんだ。

 こんな朝早くから、一体誰が何しに来たんだ。

 いやまあ、見張りの龍人が敵襲だと言うからには、敵なんだろう。

 しかも、相手は人間だと言う。


 ステータスの件もあり、なんとなく心に余裕が出来始めていた俺は、自然を装ってロベリアに声をかけてみた。


「敵は何者だ、ロベリア」

「近隣の王国『シルバリオン』の騎士団ですわね。総勢二百人程の騎士が、全員出張って来ていますわ」


 なんだそりゃ。

 ヤバいんじゃないのか?


 マチルダが反対側から会話に割って入る。


「なぜ、これほどまでに接近を許した? それに、屋敷の存在は外界には知られていないはずだろう?」

「向こうにも、ちからのある魔術師がいるのでしょう。感知に長けた者なら、私や魔王様の魔力の残滓を察知することも、不可能ではありませんわ」

「そんなことは分かっている。私は、なぜそんな分かり切っていることに、貴様が何も対策をしていないのかと聞いているのだ」


 マチルダは虚空から白銀の長剣を出現させて、そのままロベリアに突きつけた。

 俺の視界を横切って、切っ先が怪しく光る。


 普通にビビった。

 危ないだろ、刃物。


「魔神のちからを手に入れられた魔王様の、絶好の遊び相手になるでしょう。ちょうど、この時間に攻めて来そうでしたので、放置したまでですわ」


 ロベリアは物騒なことを言った。

 彼女の話によれば、感知妨害の魔法を緩め、予め意図的に、外部に屋敷の存在をバラしていたらしい。

 魔王が配合に向かう時間から逆算して、この日にやつらが進軍してくるように仕向けた、と。


 さすがは魔王軍の参謀。

 用意周到にもほどがある。

 本当にやめてほしい。


 マチルダはなぜか、悔しそうに押し黙っていた。

 いやいや「なるほど……」じゃないから。

 つまり俺が戦うってことだろう。

 まだ心の準備が、何一つできていないぞ。

 朝食で腹も膨れているし。


「敵軍接近中! 来ます!!」


 伝令役の翼の生えた悪魔の魔物が、本陣の頭上を旋回して飛びながら叫ぶ。

 次の瞬間、前方から飛来した青い光が悪魔に直撃した。

 白い炎を上げながら俺の方に落下してくる悪魔を、マチルダが長剣で弾き飛ばす。

 遥か彼方に飛んで行った悪魔は一瞬で見えなくなってしまった。


 屋敷の周りを包んでいた吹雪が、轟音を立てながら地面と垂直に切り裂かれる。

 消滅した雪の壁の向こうには、雪原を埋め尽くす騎士の軍勢が整列していた。

 先頭には青い鎧に身を包んだ金髪の男が、長槍を持って立っている。


 おい、なんか普通に、めちゃくちゃ強そうじゃないか?

 大丈夫か魔王軍。

 数も向こうの方が、何倍も多く見えるぞ。


「騎士団長アンドレア。若くしてシルバリオン騎士団を率いるカリスマですわ。騎士としての実力はもちろん、指導力、統率力も一級品。そしてなにより」


 アンドレアは槍を振りかぶり、力強く振るった。


 さっき羽根つき悪魔を襲った光よりも、遥かにデカい閃光が放たれ、超速で俺に向かって飛んでくる。


 ちょっと待て。

 いきなりは反則だろ、おい。


 反射的に椅子から腰が浮くが、そこで気づいた。


 思ったより、速く感じない。

 むしろ、ものすごくゆっくりに見える。

 もともとゆっくりなのか、とも思ったが、周りの動きはさらに遅くなっている。

 これはたぶん、魔神の身体だからこそできる超反応。

 身体も自由に動く。

 全然余裕で、避けられる。


 どうしようかと考える視界の端で、素早く動くものがあった。

 黒い鎧を翻し、マチルダが俺の前に躍り出る。

 素早く振るわれた長剣で閃光を弾き、上空へ逸らした。


「ふん。不届き者が」


 後方へ飛んだ閃光は氷山に直撃すると、山頂の一部をごっそり削り取ってしまった。


 おいおいなんて威力だよ。

 ミミックだったら五百匹は死んでるぞ、あれは。


「なにより、彼はかつて勇者が率いたパーティの一員、大剣士オズワルドの弟子。その実力は折り紙つきですわ」


 ロベリアが得意げに言った。


「ほお、あいつの弟子か」


 マチルダの目つきが一層、鋭くなる。

 噛み締めた歯がギリギリと音を立てていた。


 アンドレアは槍を回転させながら背中に仕舞うと、一人でこちらに近づいてきた。


「貴公らに問う! 貴公らには、魔王復活画策の容疑がかけられている! 弁明の機会を請うか!」


 魔法によって声の伝達力を上げた呼びかけ。

 その声音は正義感と厳格さに満ちている。


 俺が黙っていると、マチルダがこちらを見た。

 ロベリアも俺に視線を向ける。



 …………。



 え、俺が何か言うのか?

 まあ、立場的には当然、か。

 でも、なんて答えたもんだろうか。


「あー、えー、うーん」

「沈黙は拒絶とみなす! だとすれば、我々は貴公らを討たねばならない! もし違うと言うならば、投降を求める! 無用な犠牲を出したくはない!」


 ダメだ、気の利いた返事がまったく思いつかない。


 違います、と答えたいが、違わない。

 厳密には魔王復活を企てているわけではないにしても、実際はもっと悪い。


 魔王は復活どころかもともと生きていて、でも今はもういなくて、代わりにさらに強い魔神になりました。


 なんて答えたら、結局戦闘になる。

 もちろん黙っていても戦闘だ。

 うーん、困ったな。


「沈黙、それが貴公らの答えか! ならば止むなし! 元より確信に近い容疑だ! シルバリオン騎士団、参る!」


 痺れを切らしたアンドレアが槍をこちらに突き出す。

 それを合図に、怒号を上げた騎士団軍が一斉に駆け出した。


「おい、どうするのだ、ロベリア」

「落ち着きなさいな。言ったでしょう。魔王様の絶好の遊び相手になる、と」


 アンドレアの顔がはっきり見えるところまで、シルバリオン軍は接近した。


 ここでついに、【魔王の慧眼】が再び発動する。


 一体どんなやばいやつなんだ……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『アンドレア・エルベール』

種族:人間 シルバリオン騎士団長


HP(生命力):S

MP(魔力):A

ATK(攻撃力):S

DEF(防御力):S

INT(賢さ):A

SPD(俊敏性):S


固有スキル:なし

習得スキル:【騎士道】【誠実】【槍装備攻撃力アップ大】【神聖:対闇属性ダメージアップ大】



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 ……あれ?


 いや、強い。

 間違いなくバケモノだ。

 確かにそうなんだが……。


 違うな、やっぱり俺のステータスがおかしいんだ。

 実際、ミミックの時の俺じゃあ瞬殺だろうし。


 もしかして、いやもしかしなくても、勝てるんじゃないか、これ。



 アンドレアは大きく跳躍し、魔物の軍勢を飛び越えて本陣の俺たちに一気に迫った。

 白い炎を纏った槍が、こちらに突き出される。


 ロベリアは動かない。

 マチルダも今度は微動だにしなかった。


 躍動感と勢いのある刺突だが、今や俺の体感上はものすごく遅い。


 物は試しだ。

 思いっきり、何か攻撃してみよう。

 今後の身の振り方を決める参考にもなるだろうから。


 右手を振りかぶって、掌を広げならが前に出す。



 魔力の強い者は、自身の魔力を放出するだけで、ある程度の威力を発揮することができる。

 もちろん、しっかり魔法として魔力を使った方が、威力効率は格段に上がるのだが、俺にはその技術がない。


 鋭い音を上げながら、俺の右手から紫色の極太レーザーが放たれた。


 アンドレアの身体を覆い尽くしながら直進し、奥にいた騎士団の軍勢の中心に着弾する。


 数瞬の無音。


 しかしすぐに、着弾点から稲妻と爆炎が上がり、雪原が見えなくなる。


 アンドレアは跡形もなく消え去っていた。

 目の前に、やつが持っていた槍の切っ先だけが、重い音を立てて落ちてきた。


 爆炎が止み、雪原が露わになる。

 騎士団はもう、一人もいなかった。

 深く抉れて焦げた大地の土の色が、真っ白な雪原と対比されて、少し綺麗だった。


 ロベリアが隣で、クスクス笑いながら小さく拍手している。

 マチルダは黙って目を閉じていた。配下の魔物達の歓声が、遠く耳に響いた。



 俺はもう、ミミックではなくなっていた。

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