第1章 落とし物 後編

 遼二は意識を取り戻した。そして、辺りを見回す。そこは、ベッドとディスク、クローゼットが置かれた宿屋の一室のようなところだった。外からは太陽の光が差し込んでおり、そよ風が窓に見える木々を揺らしていた。

「おーい、生きてるか」

 和幸が聞いてきた。

「勝手に殺すな」

 苦笑しながら遼二が返していた。

「で、これからどうするんだ」

 それを聞いて和幸は、どこからともなく取り出したスマートフォンのような端末を見た。

「それ使えるの?」

 首をかしげながら梓が言った。胡坐をかいている梓の膝の上では遥が寝息を立てている。

「使えるよ。って、動作確認していなかったんですか」

「遥が起きるから静かにして!」

 和幸が予想していなかった答えが返ってきた。その和幸をよそに、遥は梓へと向き直る。

「うるさい……」

 目をこすりながら遥が起きた。それを見ながら、和幸は苦笑していた。

「とりあえず、宿屋の主人に挨拶しないと」

 気を取り直しながら和幸が言った。それと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。

「開いてるぞ」

 ぶっきらぼうに遼二が言った。ドアが開き、筋骨隆々としたスキンヘッドが入ってくる。

「あんたがここの主人か?」

 遼二は興味がなさそうに聞いていた。見かねた和幸が制そうとした時だった。

「そうよ~~。アチキがここの主人。マスターとでもマダムとでも好きに呼びなさいよね」

 マスターの口調を聞いて、遼二達はあっけにとられた。

「なによ、アチキの顔に何かついてるの?」

「いえ、何もついていません」

 遼二は思わず敬語で話していた。和幸は遼二の敬語を聞いて目をそらし、梓は胡坐をかいたまま必死で笑いをこらえていた。

「ふ~~ん、ならいいのよ。それより新兵ども! この世界について教えてあげるから、よく聞きなさい!」

 それを聞いた遼二達の感想は一つだった。

(いや、知りたいのはあんたの性別だよ)

 もっとも、それを口に出して言える者はこの場にはいなかった。

「じゃあ、説明するわよ!」

 宿屋の主の声に、遼二達は無意識に姿勢を正していた。

「とりあえず、前に出てどつきあう奴は手をあげなさい」

 それを聞いて、遥以外の三人が手を挙げた。遼二はそれを見て目を見張る。

「茶髪の男ども三人が前衛で、黒髪の嬢ちゃんが後衛かい」

「ちょっと待って!」

 宿屋の主の声に、梓が反応した。

「あたし、これでも女の子よ!」

 それを聞いて、今度はマスターが目を点にする番だった。

「あんた、女の子だったのかい!?」

 それを聞いて梓は、怒るどころか表情を緩めた。

「そうよ。ふふっ、自慢のちっぱいに引き締まったウエスト、エロい太もも。完璧な女の子でしょ」

 梓の反応を聞いて、付き合いの長い遥は苦笑し、彼女以外は唖然とした。

(ああ……こういうタイプ、俺には無理かも)

 ニコニコしている梓をしり目に、遼二はそんなことを考えていた。

「何なら、ついてないの見せてあげようかしら……痛っ!?」

 悪い笑みを浮かべた梓は、おもむろにショートパンツに手をかけた。慌てて遥が止めようとしたが、それよりも早く和幸のげんこつが梓の頭に落ちた。

「はにゃ!?」

 遥が奇妙な悲鳴を上げた。そして、和幸をにらみ、威嚇を始める。

「うん。これは優しくする必要ないですね」

 頷きながら和幸は言った。

「あんた……女の子をメリケンはめて殴るのはちょっと……」

 宿屋の主が呆然としながら言った。

「てか、お前そんなもの普段から持ち歩いてるのか?」

 遼二も何とも言えない表情になった。

「お姉ちゃん、大丈夫なの!?」

 ひとしきり威嚇を終えた遥が、大慌てで梓の頭をさすった。涙をうっすらと浮かべながら梓は立ち上がった。そして、和幸にきつい視線を送る。

「何……すんのよ……!」

「粗相しようとしたのを物理的に止めただけだけど、何か問題でもありますか?」

 和幸に悪びれる様子はなかった。それを見た梓は、優しく遥を制しつつ和幸へと詰め寄る。そのまま、睨み合いが始まる。

「お兄ちゃん、止めるの!」

「俺!?」

 遥に言われ、遼二は驚いた。

「あんた、男でしょ。何とかしなさいよ」

 宿屋のマスターも遥に加勢した。遼二は小さくため息をつくと梓と和幸に歩み寄った。

「あ~、何だ。これからこの四人でやっていくから、少し落ち着け……」

「あっ?」

「何よ?」

 仲裁しようとした遼二を和幸は笑みを浮かべたままにらみつけ、梓は鋭い視線を送る。それを見た遼二は、遥と宿屋の主へと向き直った。

「すまん。無理だ」

「あんた弱すぎじゃない!?」

 悪びれることなくいう遼二に、宿屋の主人は非難の声を上げた。

「ふえっ……」

 梓と和幸の睨み合いが終わらないのを見た遥の目に涙が浮かんだ。

「ちちちちち、違うの、遥! これはその……」

「ああ。もうしない。もうしないから、落ち着いてくれませんか」

 梓と和幸は、慌てて遥をなだめにかかった。

「ホント?」

 遥は首をかしげながら聞いた。梓と和幸は何度も頷く。

「この手に限る」

 それを見ていた遼二は、満足そうに呟いていた。

「なんであんたがそんなに偉そうに言うのよ……」

 宿屋の主人はため息まじりでぼやいていた。

「で、話を戻すわよ。あんた達、三人が前衛で、残りの一人が攻撃型の後衛でいいかしら」

 そう言われ、遼二達は頷いていた。ただ、遼二の表情はどこか暗かった。

「あんた達、大丈夫なの?」

「どういうこと?」

 宿屋の主人に聞かれ梓が聞いていた。

「回復役がいないってことだ」

 宿屋の主人が何か言う前に遼二が答えていた。

「こう言うのって、回復役がある意味力の象徴。そうだろ」

 遼二は宿屋の主人に確認していた。宿屋の主人は感心したように頷く。

「そうよ。よくわかってるじゃない」

「まあ……こういうことは昔からやっていたから」

 遼二は苦笑していた。それを見ていた遥が和幸に耳打ちする。

「ねえ、和幸。お兄ちゃんって、こういうのやってたの?」

「昔から、RPGはよくやっていましたね。レベリング最大までやったうえで、隠し要素も全部クリアしていた」

「そうなんだ。で、回復役ってどういうことなの?」

 それを聞いて和幸は乾いた笑みを浮かべた。

「そうだね……転職とかできるRPGだったら、全員に回復系の魔法覚えさせていましたね。回復役専任にしないで、誰でも状況に応じて回復できるような体制にしていました」

「そう……なの……」

 遥は目を見張りながら答えた。そして、疑問に思ったことを口にする。

「じゃあ、何でお兄ちゃん前衛職選んだの?」

「そりゃあ、戦士系の職業がRPGの王道だって思っているからだと思います」

 和幸は遼二を見ながら言った。

「何話してるの?」

 梓が話に割り込んできた。

「ああ……うちのパーティって意外にバランスが悪いって話です」

「確かにうちは回復役いないけど……まあ、何とでもなるんじゃない。心配すすぎでしょ、和幸」

「そうですね」

 梓は楽観的だった。和幸もそれに頷いていた。その様子を遥はどこか不安そうに見ていた。

 それからも宿屋の主の説明は続いた。

「物資はここを出てすぐの通りで全部買えるわよ。それから、依頼は、下にある端末でとれて、確認はあんた達の端末でできるわよ。案内してあげるからついてきなさい」

 宿屋の主人に言われ、遼二達は立ち上がった。


「隣の部屋もあんた達が使っていいことになっているから、遠慮せずに使いなさい」

 宿屋の主に言われ、梓は部屋を見比べた。先ほどの部屋と同様ベットとディスク、クローゼットがあった。

「えっと1979号室と1980号室があたし達の部屋?」

 確認するように梓が宿屋の主に聞いていた。宿屋の主は頷いていた。宿屋の主が頷くのを確認すると遼二は出てきた部屋――1979号室へと戻り、ディスクやクローゼットを漁りだした。遼二の目は真剣だった。ほどなくしてポーションや包帯、アンチドーテなどがディスクの上に並べられた。

「本当にこれ、宿屋か? ドロップがしょぼすぎる。もっと何かないの?」

「あんた、うちの宿を何だと思ってるのよ!?」

「いや……こういうので物漁りは、礼儀みたいなものだろ」

 再び憤る宿屋の主人に対し、遼二は淡々と返していた。

「お前、本当にRPG脳きつすぎませんか?」

「しょうがないだろ、これぐらいしかやることないから。ああ……早くゲームパソコン欲しい……。ゾンビとかとやりあいたい……」

 遼二のつぶやきを聞いていた梓は、ふと疑問に思った。

「ねえ。遼二って、友達いないの?」

「いません」

 和幸が答えるより前に遼二が言った。梓の視線が和幸へとむけられる。和幸は視線を逸ららした。梓は小さくため息をつく。

「……じゃあ、まずは友達から、でいいかしら?」

「えっ?」

 遼二は目を見張った。遥は遼二に何度目かのきつい視線を送る。

「あんた達って、いったいどういう関係なのよ……」

 宿屋の主は和幸に言った。

「ああ……僕と遼二は昔からの知り合いでして、遥と梓は姉妹? で、遼二と遥が梓を取り合っていると思います。たぶん遼二にそんなつもりはないですが」

「難儀な組み合わせね、あんた達……」

「まあ……何とかします」

 和幸は苦笑していた。

「ほら、あんた達! 当座の活動資金を渡すわよ!」

 活動資金といわれ、遼二達の目が輝いた。

「ホント!? いくらくれるの!?」

 期待を込めた目で梓は宿屋の主を見た。そして、右手を出す。その手に宿屋の主は一枚の金貨を置いた。

「へっ……これだけ……?」

 梓は目を瞬かせながら金貨の置かれた手を覗いた。

「これだけよ」

「無理に決まってんでしょ!? 装備揃えるのに、いくらお金かかるって思ってるの!?」

 梓は憤りの声を上げた。が、宿屋の主はその反応を想定していた。

「必要な装備の引換券は別に支給されるわよ。ちょっとややこしいから、順を追って説明するわ」

 そう言われ梓は、遥を見た。遥はあいまいな笑みを浮かべている。荒い息をつくと梓は宿屋の主へと向き直った。

「まず、引換券をロビーの端末に通して。それから、ロビーの端末から出てきたカードを本部に持って行って」

「本部?」

 和幸がオウム返しに聞いていた。

「そうよ。ここの隣にある建物よ。渡り廊下でつながってるから、そこから行くのがおすすめね」

 宿屋の主はそういいながら窓の外にある渡り廊下を示した。

「えっと、あと何かあるか?」

 遼二が聞いていた。宿屋の主は首を振った。

「大体言いたいことは終わったわよ。アチキは下にいるからまたいつでも来なさいね」

 言い残すと宿屋の主は扉を閉めていた。それと同時に、遼二達は緊張の糸が切れたかのように手近な椅子やベッドに座り込んだ。

「すごく……濃いキャラですね……」

 乾いた笑みを浮かべながら和幸が言った。

「和幸、素が出てるぞ」

 素が出てる、と言われ和幸は遼二をにらみつけた。遼二は素知らぬ顔で視線をそらした。

「それじゃあ、行こっか、本部に」

 梓に言われ、遼二達はどこか疲れたように立ち上がった。


 本部という建物は、ごった返していた。遼二達と同じテスターと思われる男女が、装備や助言を求めている

「依頼板って書いてあるけど、まだ稼働していないんだな」

 遼二が大きな掲示板を見ながら言った。掲示板には多数のA4サイズの準備中と書かれた紙が貼られていた。

「じゃあ、これを本部に提出すればいいんだな」

 遼二達は受付に歩み寄った。だが、受付の扉は閉まっていた。

「あれ……」

 遥は首をかしげた。それは他の三人も同じだった。遼二達は受付を見た。そして、受付の扉の真ん中あたりにカードを入れる穴を見つけた。

「これに入れればいいのか?」

 和幸は、遼二から受け取ったカードを差し込んだ。しばらくすると四人分の装備と思われるものが出てくる。

「えっと……布の服…………これだけ!?」

 出てきた無地の白いTシャツを見て、梓が声を上げた。

「っていうか、どうやって装備するんですか?」

 困惑しながら和幸が言った。それを見ていた遼二が無地のシンプルなTシャツのような布の服を一着取り上げ、そして、端末を確認した。

「ああ、やっぱり」

 遼二は小さく頷いていた。そして、端末に映されている布の服のアイコンを押す。端末を見ると、防御力の項目が変わっていた。

「一だけ上がってるな……」

「待って、何かおかしくないかしら」

 梓に言われ、遼二は首をかしげた。

「何がだ?」

「普通変わるでしょ、見た目とか」

 それを聞き遼二は端末をいじった。すると、遼二の上着が白いTシャツ変わる。

「うそでしょ……」

 呆然としながら梓は言った。

「RPGに現実感求めてもしょうがないだろ」

 遼二は苦笑していた。そして、見た目を元に戻していた。

「じゃあ、一着ずつ持って」

 遼二は布の服を支給された端末にかざした。布の服が端末の中に消える。

「なんでそんなになじんでいるんですか」

 苦笑しながら和幸が言った。遼二は肩をすくめる。

「あと、端末に武器の希望が書いてあるから、それを選んで受付のQRに読み込んだら選んだ武器が出てくるみたいだから」

 そういいながら遼二は、再び端末を見た。武器が多数映し出される。

「えっと……剣と刀って違いがよくわからん……後、クワとかクロウハンマーとかバールのようなものってこれ武器?」

 遼二は顔をひきつらせた。

「こんなの使ってる人っているの?」

 端末をのぞき込んでいた梓が声を上げた。

「絶対いません」

 断言するように和幸が言った。

「そうだよ」

 遥も同意していた。

「賭けるかしら」

 挑発するような声を梓が挙げた。

「賭けにならないだろ。誰がクワやハンマーやバール使ってるやつがいるに賭けるんだ?」

 遼二の声はため息まじりだった。

「あたしは、いるって思うな」

 梓は自信満々だった。和幸が何か言おうとした時だった。

「先輩……ちょっと待ってください……」

 隣のブースで少女が息を切らしながら前を歩く少女に言った。先輩と呼ばれた少女の手にはバールが持たれている。そのバールは、赤黒いもので汚れていた。

「ねっ」

 梓の表情は輝いていた。遼二達は茫然としていた。

「じゃあ、あたし達も選びましょうか」

 遼二達を尻目に、梓は楽しそうに端末を見始めていた。

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