第1章 落とし物 前編

 藤野遼二が玄関をくぐると、見覚えのあるパンプスが玄関にあった。遼二は小さくため息をつき、靴を脱ぐ。靴箱の上に置かれている写真立てには純白の晴れ着に身を包んだ一組の男女の写真が入れられていた。

「今回は、意外に短かったんだな。帰っているの見たの、三か月ぶりだ」

 げんなりしながら遼二は、母親の藤野由梨花に言った。由梨花のノートパソコンのキーボードを押す手が止まった。

「お土産よ」

 由梨花は一枚の紙を遼二に渡した。そして、小さくため息をつく。

「バイト? いくらだ?」

 遼二は紙を見た。時給三千円。遼二の目は、まずそこに行った。

「条件は?」

「二人一組の参加」

 由梨花の回答は短かった。

「メンドくさ」

 あからさまに遼二は落胆した。

「いるんじゃなかったの? 二宮君? だったっけ」

 由梨花に言われ、遼二は考えた。だが、すぐに首を横に振る。

「殴り合いとかそういうのだったら、百円でも喜んでくると思う。でも、ゲームのテストプレイなんて、絶対に来ないぞ」

「それをゲームの“中で”できると言ったら?」

 ゲームの中で、という言葉を聞いて遼二は首をかしげた。

「どういうことだ?」

「完成しそうなの。ゲームの中で遊べるゲームが」

 それを聞いて、遼二の目が点になった。だが、すぐに彼は皮肉な笑みを浮かべた。

「それが、子供を放っておいて仕事に熱を上げた理由なのか?」

 由梨花の動きが止まった。

「そう。やっとここまで来た。あともう少しで完成するから」

「で、それが終わったらまた新しいのに取り掛かるのか」

 遼二の口調は、冷めたものだった。それを聞いた由梨花は首を横に振った。

「このゲームが制作する最後のゲームになると思うから。このゲームが完成したら、たぶんそこから離れることができない。最低でも、遼二が成人するまでは、一緒にいられない」

 由梨花の口調の最後の部分は、声のトーンが小さくなっていった。

「昔は、こんなのじゃなかったのに、どうしてこんな風になったんだ」

 遼二のつぶやきは、由梨花に届いていなかった。


 温厚でいつも天使のような笑みが張り付いた文学少年。それが、二宮和幸という人間を外から見た評価だった。しかしながら、彼を知る人間はそのような評価を下すことができなかった。

「だめですねえ、口と腕は釣り合わないといけないものですよ」

 呆れた声を和幸は出した。声の先では、和幸より一回りは大きい男子高校生が締め上げられている。締め上げられている高校生の口からは、情けない悲鳴が漏れていた。彼等の周りには、もう二人ほど高校生が転がっている。張り付いた笑みを浮かべながら和幸は、しめ落としていた高校生を解放した。和幸はあたりを見回した。和幸がよく近道と称し通っている寂れたアーケード街には、朝の早い時間だからなのか人はまばらだった。

(つまらないねえ……もっと骨のあるやつはいないのかな)

 和幸はため息をついた。それと同時に携帯が鳴る。送られてきたメールを見て和幸は、笑みを浮かべたまま眉をひそめた。

「どうします? 続けます?」

 和幸は、起き上がろうとした高校生に向かい、笑みを浮かべながら言った。

「ふざけるな! 覚えてろ!」

 捨て台詞を残すと高校生たちは、逃げるようにその場を離れていった。それを見て和幸は肩をすくめていた。


 遼二は小さく舌打ちしながら、校則では持ち込み禁止になっているスマートフォンをいじっていた。同じ名前のメールが、何度も遼二のところに届いていた。その時、勢いよくクラスのドアが開いた。何名かの生徒を除いたクラス全員の視線が集まる。クラスに入ってきた和幸は、自らに向けられる視線を無視しつつ、遼二の席へと歩みよった。和幸の視線を感じたのか、遼二は顔を上げた。視線の先にいた和幸は、これ以上ない輝いた笑みをしていた。それとは反対に、遼二の表情は不機嫌なものになっていった。

「和幸。短い間にこんなにメール送ってきたらスマートフォンが壊れるだろ」

 鋭い視線を和幸に送りながら遼二は言った。

「そりゃゲームの中入って、モンスターを刻み下ろせるとか言われたら、こうもなるよ。なあ、遼二。どこからこんなバイト持ってきたんですか?」

「お前の親父さんが、役員やってる会社のやつだ。一応テスターのバイトって事になっているけどやらないのか?」

 遼二に言われ、和幸は首をかしげた。

「言いたいことはいろいろあります。遼二、少し不機嫌そうだけど寝不足なのかな?」

「寝不足なのもある。主にお前のせいでな」

 遼二は机から立ち上がり、和幸を睨みつけた。

「そんなことより遼二。そのバイトについて詳しく教えてくれないかな。本当にモンスターと戦えるんですか!?」

 嬉しそうに和幸は遼二に迫った。あまりにも顔が近づきすぎたのか、遼二は目をそらす。

「詳しく教えるけど……ここじゃ無理だ。結構信じられない話なんだ」

 遼二に言われ、ようやく和幸は遼二から顔をはなしていた。


 昼休み、校舎の屋上。そこに遼二と和幸の姿があった。中庭では校則を犯してこっそり携帯電話を見ている生徒や、午後最初の授業が体育なのか昼休みからグランドで走り回っている生徒達の姿が、屋上からだとよく見渡せた。

「で、遼二。詳しい話を聞かせてもらいます」

 和幸は遼二に促した。遼二はポケットからバイトの募集要項が書かれた紙を取り出した。和幸は遼二から紙を受け取ると、食い入るように何度も紙を見た。

「確かに、父親の会社だね。こんなことやってるなんて知らなかったですよ」

「でも、親が家に帰ってくる分だけましだろ。こっちはどっちも帰ってこないんだ」

 遼二の皮肉に和幸は苦笑した。だが、次の瞬間には表情を改めていた。

「で、本当にゲームの中に入ってモンスターとかと戦えるのですか?」

「みたいだな。俺も最初に聞いた時は信じられなかったけど、母さんが言うにはどうもそうらしい。なんで母さん達の会社でテストしないかまではわからないけど」

 目を輝かせている和幸に遼二は返していた。

「まあ、ダンジョン全部クリアしないとゲームの外に出られないとかはたぶんないと思うから、安心してくれないか」

 和幸の肩をたたきながら遼二は言った。それに対し和幸はどこか不満そうだった。その様子に遼二は首をかしげた。

「まあ、僕はそういうのだったら全部クリアしないと出れないっていう設定もありかもしれないと思うんですけどね」

 それを聞いた遼二は顔を青ざめさせながら首を横に振った。

「冗談じゃない。そんなの嫌に決まってる。お前一人でやっていろ」

 遼二の慌てぶりを見て、和幸の笑みが深くなった。

「まあでも、ゲームの中に入れるゲームは、全面クリアしないと出れないっていうのは昔から定番ですからもしかしたらこのゲームも……」

「そんなのだったら俺は断る。絶対にだ。で、もう一人誘わないといけないから、お前もいけなくなるぞ。それでもいいのか」

 和幸の脅しに遼二も脅しで返していた。行けなくなる、という言葉を聞いて和幸に動揺が走った。

「わかりました。これ以上は言いません。お前の気分を悪くして、僕がいけなくなったら大変だからねで、集合場所は」

 和幸は遼二に聞いていた。

「場所は、うちで。春休み最初の土曜の朝一で母さんのところが送迎出す」

「そうか……じゃあ、向こうにはしばらくログインできないって連絡しておきます」

それを聞いて、遼二は首を傾げた。

「他に何かやっているのか?」

 それを聞き、和幸は苦笑しながら首を縦に振った。

「ええ。別のゲームのテスターを」

 和幸の返事に、遼二はそれほどの興味を示さなかった。

「じゃあ、俺は帰るかな。何かあったら早めに連絡してくれ」

 言い残すと遼二は、屋上を後にしていた。


 土曜日までどうやって過ぎたのかを、遼二はほとんど覚えていなかった。というよりも考えてすらいなかった。家では家事全般を行い、学校ではできるだけ目立たないように過ごす。これが、遼二の一日だった。


 土曜日の朝、遼二は自宅の前で大きなあくびをしていた。そして、隣にいる和幸を見る。和幸は、明らかにうずうずしていた。遼二はだるそうに視線を前に戻した。一台の長い黒塗りのリムジンが止まった。

「えっ……?」

 遼二は車と自分達を見比べた。運転席から従業員と思われる若い男が降りてくる。

「すみません……車がこれしか空いてなくて……」

「いえいえ、お気遣いなく。それより、本当にゲームの中で殴ったり斬ったりできるのですか?」

 遼二が何か言う前に和幸が従業員に声をかけていた。

「えーと、はい、中でならそういうことは行えます」

 従業員は、嫌にはつらつとした和幸の口調や表情に戸惑いながら返していた。


 会場となるホールとビルの複合施設は、喧騒に満ちていた。ただ、よく見ると若い人間が多かった。

「これ、全員製作会社の関係者ですか」

 和幸は遼二に聞いていた。遼二はどこか、気分が悪そうだった。

「って、お前、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ……少し、うぷっ、人酔いした」

「人混みにも慣れておいてください。またここに来るかもしれないんだから」

「善処はするが、確約はできない……少し、休んでていいか?」

 和幸は額に手をやった。そして、思い出したように言う。

「知り合いが来てるんだけど、挨拶してきていいですか?」

「知り合い? じゃあ、一時間後にここに戻って来いよ」

 遼二はそれに頷いていた。

 和幸を送り出してから遼二は、あてもなく会場を歩いていた。メインの会場となっている大ホールには、ゲーム以外の製品のブースが置かれており盛んに呼び込みが行われていた。また、いくつもの屋台が軒を連ねている区画もあった。

「屋台まで出て、どんだけ広いんだ、ここは」

 苦笑しながら遼二は呟いていた。そして、ようやく見つけた開いているベンチに腰を下ろす。

「やっぱり人混みは嫌いだ」

 目の前の喧騒を見ながら遼二は呟いていた。そして、手に持っていたペットボトルを開ける。スマートフォンが振動した気がしたのか遼二はスマートフォンを取ろうと手をズボンのポケットにやり、続けて下を向いた。その時だった。

「何だこれ?」

 遼二はベンチの陰に落ちている一冊のノートを見つけた。表紙には日記帳と書かれ、そのすぐ下には勝手に見たら〇すと書かれていた。

「めんどくさ」

 小さくため息をつくと遼二は、日記帳を拾って歩き出した。

 落とし物対応と書かれたブースには、人だかりができていた。悲喜こもごもの表情をした恐らく同じテストプレイヤーで若い男女が次々と出入りを繰り返している。遼二はその列に並びながら小さくあくびをしていた。彼の前では携帯電話を落としたらしい若い男が、困り切った表情で忘れ物係と話し込んでいる。

「なあ、見ろよあれ」

「すげっ、気合入ってんな」

後ろにいた二人組が、何かを見つけたように騒いでいた。何もすることのなかった遼二はその方向へと振り向く。視線の先にいたのは、へそ出し丈のキャミソールとマイクロミニのショートパンツに身を包んだ少女だった。寒さの残る中、惜しげもなくさらされている引き締まった腰や可愛らしいへそ、脂ののった真っ白な太ももが周りの男達の視線を集めている。

「どこに行ったのよ……」

 少女は不安げに辺りを見回していた。そのたびに両耳のイヤリングが光る。やがて、少女の番が来たのか、彼女は身を乗り出すように受付係に探し物を告げる。

「あの……あたしの日記帳、届いてませんか?」

 日記帳、と言われ、遼二は手元の日記帳を見た。

「ああ……これ?」

 遼二は絞り出すように少女に言った。少女は一瞬きょとんとしたが、すぐに明るい表情になる。

「それ、あたしの日記帳! 届けてくれたの?」

「あっ、うん、まあ……」

 喜ぶ少女に、遼二は目をそらしながら答えた。

「えへへ、ありがとう」

 嬉しそうに言うと、少女は遼二が制する間もなく彼の右腕を取った。そして、自らの体を遼二に寄せる。その途端、遼二は蒼ざめていた。平坦な胸が遼二に接触するよりも早く、彼は思い出したかのように少女の手を振りほどきながら少女に告げる。

「ごめん! 人を待たせてるんだ」

 遼二は素早く少女の腕をほどいた。そして、逃げるようにその場を離れていた。

 遼二は、和幸との待ち合わせ場所に戻っていた。

「遅いです」

 苦笑しながら和幸が言った。

「少し、用事ができたからな」

 どこか憮然としながら遼二は返していた。

「もう受付け済ませました。0121号室ってところに行ってほしいみたいだ。それから、別の二人と組んでほしいみたいです」

 和幸の言葉の最後の部分に、遼二は首を傾げた。

「別の二人って、どういうことだ?」

「さあ。とにかく、部屋に行けば分か……」

「すみません、少しいいですか」

 和幸が話しているのを遮るように、遼二は近くを通りかかったスタッフに尋ねた。

「テスターって、四人一組の参加? それとも二人参加?」

「参加人数ですか? 関係者が四人一組で参加する、と私はうかがってますが……」

「そう……ですか……」

 小さく係員に礼をすると遼二は、和幸に向き直った。

「はめられた……」

 遼二の声には、怒りがこもっていた。

「お前は知っていたのですか?」

 和幸は遼二に聞いていた。

「そんなの知るわけないだろ」

 吐き捨てるように遼二は返していた。

「大方、由梨花さんが、お前に友達作ってほしいからそういう風にセッティングしたんじゃないのですか」

 肩をすくめながら和幸は言った。それを聞き遼二は、小さく舌打ちしていた。


 0121号室と呼ばれた部屋は、二人掛けのテーブル二つと椅子が四脚置かれた部屋だった。これだけだとどこにでもあるような部屋だが、部屋の半分以上を人一人が入れるような箱型ゲーム機のような機械が置かれていた。

「っと、先客はいないみたいですねえ」

 部屋を見渡しながら和幸が呟いていた。遼二は小さく頷く。

「まだごねるのか」

 和幸は冷ややかな視線を遼二に送った。遼二がそれに対し何か言い返そうとした時だった。勢いよくドアが開けられた。

「おっ邪魔しま~す!」

 入ってきた少女を目にした瞬間、遼二の眼の色が変わった。

「あっ」

「ああっ!?」

 少女も気づいたらしく、大声を上げた。

「知り合いですか?」

 怪訝そうな表情で和幸が聞いていた。

「ああ……その……あれだ……」

 曖昧そうに遼二は答えていた。

「あたしの王子様? かな」

 笑みを浮かべながら少女が言った。

「「はっ?」」

 和幸と彼ではない別の声がはもった。少女の陰から黒髪で水色のブレザーと薄い灰色のスカートを着た少し小柄な少女が出てくる。

「何あたしのお姉ちゃんに、色目使ってるの?」

 黒髪の少女の声は敵意を隠そうとしていなかった。

「やめなさい、遥」

 少女は黒髪の少女――遥を制していた。遥は頬を膨らませる。

「だって……お姉ちゃん……」

 遼二達のやり取りを聞いていた和幸は、あることを思い出した。

「えっと……遥……さん? だったっけ? オンラインのゲームは何かしていましたか」

「えっ? アイテムハンティングのアルファ版……なの」

 キョトンとしながら遥は答えた。

「ハンドルネームは?」

「姉に嫁入りして何が悪い」

「僕は、アイラブ人斬りです」

 ハンドルネームを聞いて遼二は苦笑していた。

「ずいぶんすごいハンドルネームだな……」

「ああああああ、よりは考えたつもりなんですけどね」

 どこか憮然としながら和幸は返していた。

「じゃあ、あなたがあたしといつも遊んでくれたの」

 笑みを浮かべながら遥は和幸に言った

「お巡りさん、こいつです」

 遼二は携帯を取り出しながら言った。

「おい待て、ふざけるな」

 和幸は笑みを浮かべたまま怒気を出した。

「笑ったまま怒れるって器用だな、お前」

 遼二が告げた瞬間だった。ふと遼二はあることに気づいた。

「和幸、何で実際にあったことないのに知り合いだってわかったんだ?」

 疑問に思ったことを遼二は聞いていた。

「いえ、さっき言っていた知り合いって言うのが彼女で。さっき会おうと思っていたのですが、どうも会えなくて。一応写真はメールでもらっていたのですが……」

 写真をもらった、ということを聞いた瞬間、少女の表情が変わった。

「遥、写真送ったってどういうこと?」

 少女に聞かれた瞬間、遥の表情が蒼ざめた。

「あたしが、勝手に個人情報送るなっているも言ってるでしょ? 顔も立派な個人情報よ」

 少女は遥に詰め寄った。

「ご、ごめんね、お姉ちゃん。その……」

 しどろもどろになりながらも遥は少女に謝っていた。少女は品定めするように和幸を見た。そして、小さくため息をつく。

「まあ、無害そうっちゃ無害そうね。いい、遥。今度からネットでヘタに個人情報のやり取りしないでね。写真も含めてよ。分かった?」

 少女に言われ遥は何度も頷いていた。ふと、遥はあることを思い出していた。

「ってことは、この人がさっき言ってたお兄ちゃんなの?」

「うん?」

 遥に言われ、遼二は首をかしげた。

「いや、お前が警察に行きなさい」

 和幸が言い返していた。

「違うよ、遥。今はお兄ちゃんだけど、そのうちお義兄ちゃんになるのよ」

 少女に言われ遥は、冷めた目で遼二を見た。

「頼むから、これ以上話をややこしくしないでくれ……」

 遼二の悲痛な声は誰にも届いていなかった。


「とりあえず、整理しよう」

 遼二は三人に向け言った。ゲーム機のブースがある部屋に遼二の声は意外によく響いた。

「和幸のゲーム仲間が遥で、かつ俺の親戚の妹」

 和幸と遥は頷いていた。

「で、遥の姉? がえっと……」

「梓。一ノ瀬梓よ」

「あっ、どうも」

 徐々に遼二に迫ってくる少女――梓に言われ目をそらしながら遼二は答えた。それを見て梓は首を傾げた。

「どうしたの?」

 梓は遼二の様子を見て考えるそぶりを見せた。そして、何かを思いついたのか嫌な笑みを浮かべる。梓は遼二に体を寄せた。遼二の額に一筋の汗が流れた。

「お兄ちゃん困っているじゃんか」

 遥は梓を軽くにらむと、頬を膨らませた。残念そうに梓は遼二から離れる。それを確認すると、遥は梓のむき出しになった腰にしがみついた。

(お姉ちゃんは、あたしだけのものなの)

 遥は敵意に満ちた視線を遼二に送った。その視線には、誰も気づいていなかった。


 誰も何もしゃべらなかった。遥は相変わらず梓に縋り付き、和幸はその二人をけん制するように見ている。遼二はそれを眺めているだけだった。何の前触れもなくドアが開いた。

「0121号室の方、ブースに入って準備をしてください」

 係員が遼二達に告げた。

「はい」

 誰も返事をしなかったため、やむをえないとばかりに遼二が返していた。

「ん、時間?」

 梓が尋ねてきた。遼二は無言で頷く。それを機に四人は、ブースへと入っていった。


 筐体の中は窮屈だった。

「えっと……入ったら①のボタンを押して、扉が閉まるのを確認してから②のボタンを押す。後はご自由に、か」

 説明を目で追いながら遼二は呟いていた。そして、説明の手順に従いブースを操作する。まず遼二は①と書かれた赤いボタンを押した。筐体の扉が閉まり、中の電気が消えた。遼二の目の前にあるパネルだけが光を発していた。続いて遼二は②と書かれたボタンを押した。②のボタンを押し筐体の中のリクライニングシートに体をあずけると遼二は意識を手放していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る