第1話 横道

運動部の喧騒が響く校舎を後にし、少し通学路を歩いていると、急に花音が立ち止まった。沙奈も振り返り首をかしげる。

「?

どうしたの?」


「ねぇねぇ沙奈、悪いんだけどさ....」

手を合わせていたずらっぽく舌を出す花音。

「?」




二人が向かったのは、地元の商店街だった。


「ごめんねー付き合わせちゃって!さっきので何本かスティック折れちゃったから新しくストック買いたくてさー」


「平気だよ、花音といると楽しいし。それに私もちょっと楽器屋さんのCDコーナーで見たいものあるんだ。」


「まさかーそれってさー.....例のナントカって男の歌い手の...」

「い...言わないでよっもう!」


花音に意地悪く問い詰められ、照れ隠しとばかりに語気を荒げる沙奈。彼女は所謂オタクなのだ。

更に無粋な言い方をするなら「ガチ恋勢」というやつである。


「そっそういう花音だってあの人にお熱じゃん...三年のサックスパートリーダーの......」


「........〜〜〜〜〜っ!」

花音の顔がたちまちゆでだこのように赤みがかる。湯気が出そうな勢いだ。


「もぉ〜〜〜〜〜〜!!」

「きゃっ!」

花音もやはり照れ隠しに、沙奈の背中をぺちぺちと叩いた。そう、彼女もまた心を奪われてやまない異性がいた。

吹奏楽部サックスパートリーダーにして主将の三年男子、内海拓哉である。眉目秀麗、才色兼備の美男なうえ文化部らしからぬ熱い心の持ち主で、後輩一人一人を重く気にかけ優しく接し、故に男女問わず好感度が高い。

しかし彼にも想い人がいるようで、これまで数人から告白されたが全て真摯に断り続けている、まさに高嶺の花のような男だ。


「はぁ...はぁ....」

くだらないノロケ(?)話でじゃれあった後息を落ち着かせると、商店街の喧騒がすこし遠のいているのに気づいた。


「あれ...」


そこは商店街の脇に逸れた場所にある細い裏路地だった。先を見ず駄弁っていたせいででたらめに歩いてしまっていたようだ。


「どの辺だろ....ここ.....」


顔を赤らめたりわちゃわちゃと動いたせいで、二人ともじっとりと細かく汗をかいていた。夏服の下のインナーが背中にへばりつく。

やや寒気を感じ、兎に角人混みに戻ろうと前に進もうとする二人。すると、



「ねぇ」


「ぎゃあああ!?」


背後からの聞き知らぬ声に、花音が気品も清楚さもない悲鳴をあげた。沙奈もつられてびくっと肩が跳ねる。


「君たちここで何してるの?この裏路地、怖いお店多いんだよ」


落ち着いた声色に振り向くと3mほど後ろに、キャップにジャンパー姿の長身の女が立っていた。

前髪とキャップのつば、裏路地の薄暗さで隠れて二人からその表情は伺い知れなかったが、にこり、と笑ったような気がした。

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