雪の降るそんな日、街のどこかで繋がる人々

上田俊は先ほどの男性が言っていた日暮駅へと来てみた。

通学の為に使っている駅なだけに見飽きているその建物には何か変わったことはなかった。

上田俊は少し不服そうにしながら建物外にあるベンチに座ると、思い出したようにポケットの中に手を突っ込んでハンカチに包んだ指輪を隣に座った女性へと差し出した。

「そういえばこれを」

言いながら渡したその指輪を見つめるようにした、その持ち主はふっと笑みを浮かべると元のように上田俊の手元に乗せた。

「これは、さっきの人に返してあげて」

その言葉に、上田俊は驚き持ち主に疑問を投げかけた。

「どうして?これ金谷さんのじゃ」

その質問に彼女は依然として、朗らかな表情で答える。

「それは私のじゃない」

「じゃあ、これは一体誰の…ってもしかしてさっきの人」

「多分」

彼女は笑みを浮かべたままでそれ以上その話をすることはなかった。

上田俊は先ほどの人物の顔を思い出していた。

が、そんな彼の前には顔見知りの女子校生と、それに続くように歩いてきた猫が午後五時を知らせる鐘の音と共に現れた。

「どうして、睦月がここに?」

「帰り道だから」

驚いた上田俊の前に立った睦月雪はいつものように強がり、ついてきた猫を間に挟んで同じベンチに座った。

そんな彼女の姿をただ呆然と見つめていると、手元に握られた物に目がいった。

「その指輪って」

その言葉に睦月雪は上田俊の方を向くとその手元に同じように握られていた指輪を見つけ、自身の手に握った指輪と見比べた。

形も金色に光り輝くのも彫られている文字も同じその指輪に二人は顔を見合わせた。と同時に上田俊は隣に座っている金谷美花を見つめた。

「もしかして、これが本当の指輪ですか?」

金谷美花は大きく頷いた。それを見て上田俊は睦月雪に顔を向けて言った。

「ちょっとこれ、貸してくれないか?」

「えっ、でもこれ、そこの警察に届けようと思って。これ名前が彫られているから多分、結婚指輪か婚約指輪だと思うし」

明らかに困ったような表情を浮かべた睦月雪に対して、上田俊は確信を持った表情で言った。

「その持ち主には僕からしか返せないんだ」

さも当然のように呟かれた言葉に、睦月雪は彼と出会ってから初めて彼の内側の片鱗見た気がした。

睦月雪は少し考えたような表情を浮かべたが、意を決すると、手に握られた指輪をゆっくりと上田俊の手元の上に置いた。

その指輪を掴み取った上田俊は、もうひとつの指輪をハンカチごとベンチに置くと立ち上がり隣に座っていた金谷美花へと改めて差し出した。

「これで間違いないですか?」

「ええ」

呟きながら、受け取った金谷美花は指輪を自身の左手薬指へとつけると、それをよく眺めるように雲の隙間から陽が差してきた空にかざし、そこに積み込まれた思い出の感覚を確かめるように、丁寧に見つめた。

「良かったですね。指輪見つかって」

「うん、本当にありがとう」

金谷美花は笑みを浮かべると静かに、睦月雪の方を見つめた。

「彼女にも私の代わりにお礼を言ってくれない?」

その言葉に頷いた上田俊は呆然と見つめる睦月雪の姿に語りかけた。

「この指輪を見つけてくれてありがとう」

その言葉に、どう返していいのか分からず。睦月雪は言葉を発することができなかった。

そんな彼女を横目に、上田俊はベンチから立ち上がった金谷美花の言葉に顔を向けた。

「それじゃあ、私はそろそろ行くね」

「また会いましょう」

その言葉と共に笑みを浮かべた上田俊は大きく頷くと目をつむった。

次の瞬間、上田俊が瞼を開くとそこにはもう彼女の姿が見当たらず。残されていたのはベンチに座って怪しそうに見つめる睦月雪だけだった。

上田俊は大きな溜息をつくとベンチに元通り座る。と、そこにあったはずのものがなくなっていることに気がついた。

「あれ、ここに置いた指輪は…」

「それなら、さっきの猫がくわえて駅の中に行ったけど…ってそれより今のは一体」

言い詰められた上田俊は消えた指輪の行方を気に置きながらも先ほどの男性に言われた言葉を思い出した。

「長い話になるけど、大丈夫?」

氷が少しずつ溶けるような感覚を覚えながら、大きく頷いた睦月雪に話を切り出した。

「これは、昔からなんだけど…」

焦る必要はない、ただ、伝えたいことを伝えれば良い。



「ごめん、待たせちゃって」

立花司は川瀬恵に合うと同時に、体を傾けて謝った。

しかし、そんな彼の姿に川瀬恵は呆れたように言った。

「どうせいつもみたいに人助けしてたんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどね」

「本当に人がいいんだから」

「ごめん」

再び謝る立花司に川瀬恵は笑みを浮かべて呟いた。

「別に、私はそんな所が好きだからいいよ」

いいながら照れ隠しのように振り返った川瀬恵は電車の改札から出てくるモノに目を配った。

そのモノに立花司も気がつき、二人して近づいて行った。

「ミーさん、もしかして電車に乗ってきたのかい?」

立花司の言葉に返事をするように猫のミケは鳴き声をあげると同時に口にくわえていた物を差し出した。

「これって、もしかして」

その返事を聞くよりも前に、ついてきた川瀬恵が呟いた。

「届け物だ、ってミーさんが言ってるけど何?」

そう言いがら、彼女は彼が掴んだ金色に輝く指輪を見つめた。

それを隠すように彼はポケットに指輪を入れて狼狽した。

「ああ、これは…」

「何、言えないことなの?」

苦笑いを浮かべて逃げるように天井を仰いだ立花司を横目にミケは静かに鳴いた。

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ゆきずりスノー ゆずこしょう @si-na_natsu

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