バレンタインのキス

「う~む…。何が良いんだろうな」

 わたしはお菓子の本を見ながら、思わず眉をしかめる。

 わたしには恋人がいる。

 その…同性の、女の子の恋人だが。

 家が隣同士の幼馴染で、告白は彼女の方からだった。

 わたしのように引っ込み思案で固い性格とは違い、彼女は明るく奔放だった。

 彼女のおかげで、わたしは一人にならずに済んだ。

 だから彼女から告白された時も、嬉しかった。

 男女問わず人気がある彼女が、わたしのことを1番好きだって言ってくれたことが…。

 恋人になって最初のバレンタイン。

 毎年、何かしらチョコレート菓子を作ってあげてはいたけれど、恋人ともなればまた話は別!

 本屋でバレンタイン特集のお菓子の本を買って、家に帰って熟読するも…何にしたらいいか、迷いっぱなしだ。

 …いっそ本人に直接聞いてみようか?

「いや、それじゃあサプライズというものがなくて、アイツはイヤがるだろうな…」

 何事もハデ好きだし。

 とは言え、長い付き合いのせいか、ほとんどのお菓子は作ってしまった。

 クッキー、マシュマロ、ケーキ、プリン…チョコが付くお菓子はほとんど作り尽くしてしまったのがイタイ。

「いっそ和がからんだのが良いかな」

 最近の流行だし、アイツは甘い物なら何でも好きだしなぁ。

 ああ、とっとと決めて材料を早く買いに行かなくちゃ。

 それにラッピングも。

 …手間隙かかるけど、心が躍る。

 素直に楽しいと思える。

 しかし、悩みもある。

 それは…。

「いやー、まいったねぇ。こんなに貰っちゃった♪」

 …コイツは本当にモテる。

 だからバレンタインも、たくさんチョコを貰うんだ、毎年。

 せっかくわたしの部屋に呼び出したのに、彼女の持ってきた荷物は他の人から貰ったチョコがたくさん。

「あっ相変わらずスゴイな。食べ過ぎるなよ?」

「分かってるって。でも呼び出されて貰うのはめんどくさいけどさ、送りつけてくるってのも厄介だよねぇ。荷物受け取るのに、家にいなきゃなんないしさ」

「…あっ、そ。じゃ、もう帰ったら?」

「わあっ! ウソウソ! 家には家族がいるから、大丈夫! ねっ、それよりさ」

 スススッとわたしにすり寄って来る。

「アンタからのチョコは?」

「コレだけあるんだから、いらないんじゃないか?」

「わぁん! イジワル言わないでよぉ。今日、アンタのチョコを1番最初に食べようと思って、何にも食べてないんだから」

「…それって朝食抜いてきたってことか?」

「うん、そう」

 涙目で訴えかけてくる彼女を見て、思わずため息がもれた。

「分かった。ちょっと待ってろ」

「うん♪ 待ってる」

 彼女を部屋に残し、わたしは台所へ向かった。

 …いざ作ってみると、結構難しかった今年のチョコ。

 それでも食わせないワケにはいかないだろう。

 深呼吸をして、お盆に乗せて部屋に戻った。

「おっお待たせ」

「うん! 今年のバレンタインは何?」

 キラキラと輝く笑顔の彼女の前に、わたしは置いた。

「今年はチョコ大福に挑戦してみたんだ。大福も好きだろう?」

「うっれしー! もちろん、アタシはアンタの作るものなら何だって好きだって」

 満面の笑顔でそう言うと、彼女はとっとと食べはじめていた。

 3つも作ったのに、あっという間に食べて、食後の抹茶ミルクを美味しそうにすすっている。

 相変わらず良い食べっぷりだ。

「今年も美味しいバレンタイン、ありがとね」

「はいはい。…そう言えば、お前からは?」

「あっ、ちゃんと用意してあるよ」

 そう言ってバックの中から、小さな包みを取り出した。

「はい、コレ。美味しいって評判の店から買ったの」

「ありがとな」

 ラッピングが小さいながらもキレイで可愛い。

 彼女は流行に敏感だから、きっと美味しいところのをわざわざ買って来てくれたんだろう。

 彼女はあんまり料理が得意じゃないから。

「ねっねっ、開けて見てよ」

「分かった分かった」

 ラッピングを傷付けないように、そっと丁寧に開けた。

 5個入りのチョコレートだ。

「わあ、可愛い!」

 バラの花を模したチョコは、真っ白から黒いチョコが色を変えて並んでいる。

「コレ、味によって色が変わってるんだ。白いのがホワイトチョコ、黒いのがビターチョコ」

「じゃあ真ん中がミルクかな?」

 茶色のバラを掴んで食べてみると、甘くも舌触りの良いチョコが溶けた。

 カカオの良い匂いが、口の中いっぱいに広がる。

「うん、美味しい! ありがとな」

 笑顔で言うと、彼女は照れた笑みを浮かべた。

「えへへ。アタシはアンタと違って、手先器用じゃないからさ。美味しい店探すの、苦労したよ」

「こっちだって作るの苦労したさ。和の洋菓子なんて、はじめて作ったし」

「でもスッゴイ美味しかった。やっぱり愛情がたっぷりだからかな?」

「なっ! …しっ知るか! そんなの」

 そっぽを向くけど、顔が赤くなるのは隠せない。

 わたしは箱に手を伸ばし、ホワイトチョコを取った。

 そして口に入れると。

「…ねぇ」

「ん?」

 思わず顔を上げると、彼女の顔が…間近にあった。

「なっ…んっ!」

 避けるヒマなく、唇が重なった。

 口の中のチョコが、溶けて彼女の口に移る。

「んんっ!」

 …甘い。溶けそうなほど、熱くて甘い。

 ホワイトチョコって、こんなに甘かったっけ?

 ぼ~っとした頭でそんなことを考えていると、彼女の唇が離れた。

「…うん。やっぱり甘くて美味しい♪」

「なっなっなななっ!」

 口をパクパクさせていると、彼女はぎゅっと抱き着いてきた!

「くふ♪ 大好きだよ!」

「そっそれを早く言えっ!」

 と言うか、言葉が先だろう! フツー!

「いやぁ、あんまり美味しそうにチョコ食べるからさ。それに何か誘われているっぽかったし?」

「わたしは普通に食べてただけだ! お前、バカだろ!」

「うん。アンタにメロメロなんだもん♪」

 そう言ってまた抱き着いてくる。

 わたしは恐る恐る彼女の背に腕を回した。

「…わたしだって…」

「うん?」

「わたしだって、お前のこと…」

 ガシッと頭を掴み、間近で見つめた。

「大好きだ! バカっ!」

「んむっ!」

 わたしをこんなにも積極的にさせるのは、お前だけなんだからな!

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