まだ眠れない

夜が深まる頃

 生ぬるい風が部屋に流れてくる真夜中。

まだまだ夏が衰えない部屋の中の気温は

私には少し暑い。


 合コンの帰りに、女子だけで二次会をして

飲みすぎたせいか体がアルコールで熱を帯びていた。


 どのように自分の家に帰ったのか分からないほど酔っているから当たり前といえば

当たり前なのだが、それでもやはり暑い。


 だがその暑さも関係ないほど、奇妙な居心地の悪さを感じていた。


 お気に入りのマグカップを片手に麦茶を

飲んでいる私は、いつもの枕、実家から

持ってきたリラックマのぬいぐるみ、と改めて自分の部屋を見渡す。


 だが大した違和感は無かった。


 酔いが回りすぎて気持ち悪くなっているだけなのか?

実際トイレと風呂の場所を間違えたり、

今が私の人生の中で1番酔っている状態で

あることには違いない。


 頭の中がカーッと沸きたつような熱と共に胸の奥が冷えて沈んでいく得も言われぬズレが存在していた。


 ん〜‥めんどくさくなってきた。

頭ばかり使っていたら仕事の疲れと酒が

思考を止めて夜の就寝を促してきた。


 酒というのは眠るうえではこの上なく便利なものだろう。


 今なら眠れる気がしてきている。

それならばとベッドの上に座り、寝る準備を始める。


 その時だった。

不意に顔をあげた彼女は見かけてしまった。

クローゼットの隙間から見える赤い光を。


 何だあれは?

薄暗い半開きのクローゼットの中から

怪しい赤の光。


 彼女はすぐにクローゼットの中を物色しようとした。だが、レーザーポインターのような赤い光は消えてしまった。


 何だったんだ今のは?

その後、軽くクローゼットの中を見回すが

特におかしなものは見つからなかった。


 何となく気味が悪く、クローゼットを

しっかりと閉めクローゼットの前に椅子を

置いておく。


 これでいいか‥

ベッドに飛び込んだ私は奇妙な出来事のせいか、しばらく眠れなかったが、

アルコールのお陰で眠りの波が訪れ、ゆっくりと夢の中へと沈んでいった。



 ■■■



「チッ‥カメラに気づかれたか」


 準備に金がかかりすぎ、用意できたのが

潰れかけの安物のビデオカメラだから仕方ないか。


 そう言いながらも男はイラつきを覚えた。だが、すぐに気味の悪い笑みを浮かべた。


 ようやく成功したのだ。

彼女を僕の愛の巣に迎え入れることに。


 その結果だけで男は天にも上るような

気持ちだった。


 初めて彼女を見かけた時と似た気分だ。

あの日ぼくは彼女と出会い、運命の相手なのだと気づいた時から、彼女と結ばれるために努力をしてきたのだ。


 彼女の部屋にピッキングで忍び込み、

部屋の構造やインテリアを全て物色し、

出来る限りで再現してみせた。


 そして合コンのメンバーの1人を買収して、

彼女を酔い潰れさせてここまで連れてこませた。


 全ては彼女の存在を、より近くで感じれるために。


 まぁトイレと風呂の位置の違いや、

協力者に多額の請求をされたが良しとしよう。


 これで僕は彼女が寝たベットに残った匂いや髪の毛を手に入れることができるし、

何よりさっきまで彼女がいた部屋を存分に

満喫することができるのだ。


 下卑た笑いが止めることができない男。


 彼女のことなら何でも知っている。

誕生日も出身地も血液型も友達もバイト先も身長も体重も住所も出身校もSNSのアカウントも、何人と付き合ってきたのかも‥


 彼女の情報は全て手に入れている。

だが、今日は頭に入る情報だけじゃない。


 彼女の体温、彼女の匂い、彼女の存在を

直に触れることができる。

そう考えただけで男は高揚する自分を抑えることができない。


 その興奮は冷めやらず、男は今夜は眠ることができないだろうと確信していた。

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まだ眠れない @tanajun

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