第31話 華麗なる家庭内盗賊


「『王者の方舟』?知ってるよ。金持ち連中が年に一度、一週間ほどクルーズするばかげた御戯れだろ?」


 次の仕事を決めようとラウンジに揃った面子の中で、真っ先に提案を口にしたのは意外にもクレアだった。


「その方舟の客から盗みの依頼が来たの。……予告状の依頼と言った方がいいかしら」


「予告状の依頼だって?……クレア、ちゃんとわかるように説明してくれ。さっきから話がちんぷんかんぷんだぜ」


 俺はラウンジに揃ったメンバーの顔をひとわたり眺めた。皆、一様に怪訝そうな表情だった。


「依頼を寄越したのは、スコット・カーライル。金融で名を馳せたカーライル卿の長男よ」


 クレアが依頼人の名を口にすると、全員が一斉に顔を見合わせた。資本家といえばお宝を盗まれる側だ。それがどういう風の吹き回しで盗賊に仕事を持ちかけてきたのか。


「まだ呑みこめないぜ、クレア。俺たちを担いでいるんじゃなきゃあ、当然、それ相応の事情って奴があるんだろうな」


「もちろんよ。今回のクルーズはカーライル家の長女ヴァネッサと、やはり大富豪のアシュレイ家の長男グレッグの婚約発表を兼ねているの。ところが本人たちは乗り気じゃない。……そこでヴァネッサの兄、スコットが盗賊を利用して白紙に戻すことにしたってわけ」


 俺ははっとして一瞬、ノランの顔を盗み見た。ノランは話によるとアシュレイ家の令嬢なのだそうだ。ということはグレッグという長男は、ノランの実の兄ということになる。


「なるほどね、盗賊を利用するなんざ、なかなか見どころのある坊ちゃんじゃないか。……それで、何を盗んで欲しいんだい。婚約指輪か何かか?」


 俺のやや気のない問いにクレアは真顔で「もっと現実的なお宝よ。現金と貴金属」と返した。


「――ただし、予告状では別の物を指定すること、というのが今回の依頼の変わった点よ」


「別のものだって?」


「そう。アシュレイ家に伝わる楽器『女神の手風琴』と、カーライル家に伝わる『妖精の葦笛』よ」


「なんだって楽器なんかを?家宝を盗めば婚約がご破算になるのか?」


「それがなるのよ。この二つを組み合わせて『聖獣の凱歌』という曲を演奏すると、一時的に周囲数百キロの『ティアドライブシステム』が全て暴走、または停止するらしいの」


「どういうことだ。……ただの楽器じゃないってことか」


「そう。つまりこの婚約は危険なシステムを一方だけに持たせないための政略婚ってわけ。でもヴァネッサには他に好きな男性がいるらしいし、グレッグは家を継がずに芸術の道に進みたい夢がある。そこで二人の思惑を聞いたスコットが一計を案じたって事のようね」


「しかし本当にその家宝とやらを盗まれちまったら困るだろう」


「だから、盗むふりをするのよ。実際にはグレッグたち内部の人間が何処かに隠すの。私たちは予告状を出して、実際にはカジノの売上金と、客がクロークに預けた貴金属を頂戴するってわけ。実は金庫の番号も事前にスコットから聞いているわ。ようはクルーズが台無しにさえなればいいのよ」


「へえ、盗みのプロでもない御曹司たちがいくら自分の家の物とは言え、盗めるのかね」


「盗んでもらわなくちゃ困るわ。……だって、表向きは『盗賊ゴルディ』が盗んだことになるんですもの」


「やれやれ、こんな気の抜ける依頼は初めてだ。銀行か列車でも襲う方がよほど楽だぜ」


                  ※


「じゃあ、金庫の方はブルたち四人で頼む。ブルとシェリフは現ナマ、ジニィとノランは貴金属だ。俺とクレアは大広間でお坊ちゃんたちの盗みを見てから合流する」


 俺が役目を振り分けると、ノランが「言っとくけど、上流階級の集まりだからってちゃらちゃらした服はごめんだぜ」といつになく強い口調で言った。


「ああ、好きにしていい。一応、俺たち六人は俺とクレアが実業家と秘書、シェリフとジニィが資産家夫婦、ブルとノランが大農園の経営者親子ってことになってる。どんな格好だろうと怪しまれさえしなきゃあオーケーだ」


 俺がスコットから指示された仮の身分を諳んじると、ブルが「こいつが経営者の息子ねえ」とノランを見て肩をすくめた。馬鹿、そいつ正真正銘、大富豪の令嬢だぞ。


「ただ今回のクルーズには、少々邪魔な連中も加わっているという話だ」


「というと?レンジャーか?」


「いや、どうやらオット―とジュリーのサンダース親子も招待されているらしい。それに加えて自由陸軍のモーガン大佐も招かれているらしい」


「自由陸軍がどうして富豪のパーティーに?」


 シェリフが疑問を口にした。もっともだ。自由陸軍とは、企業に支配されているこの世界に再び『国家』を再興させようとしている軍事マニアたちだ。彼らは大義のために戦うという意味で『陸軍』を名乗り、決して金では動かない。しかしひとたび騒動が起こると優れた戦闘力を盾に盗賊だろうがマフィアだろうが見境無くぶちのめす困った集団なのだ。


「おまけに俺たち同様、現ナマや貴金属を狙っているチンピラどもと、そいつらをとっ捕まえようとしているレンジャーや賞金稼ぎどもが周りをうろうろしてるって話だ。……まったくやりにくくってしょうがねえ」


「……まあ、そういうお祭り好きの野次馬どもが現れたら、わしが逆に利用してやるわい」


 今回は外から車で実行部隊のナビゲートをするジムが、どこか楽し気な口調で言った。


「さあて、そうと決まったらおのおの準備にかかろうぜ。なにしろ久々に『予告』付きの盗みだからな」


 号令と共にそれぞれがラウンジから去った後、俺の目はドアの手前で黙りこんだまま立ち尽くすノランに吸い寄せられた。声をかけようとした俺を、ふいにクレアが呼び止めた。


「そっとしておきましょう。飛びだした家に泥棒として戻るのよ。複雑に決まってるわ」


             〈第三十二回に続く〉

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