一釣さんと社員旅行-前編-

温かい日が続いているところを見ると、春はすぐそこなんだと思った。


その日は1泊2日の社員旅行で、隣県にある『花萌』と言う旅館にやってきた。


「すごいね、『花萌』だよ!


あの高級旅館だよ!」


バスから降りて『花萌』の外観を見たカイちゃんが興奮したように言った。


「まさか、あの『花萌』に泊まる日がくるなんて思わなかったなあ」


旅館と言うよりもホテルだと、同じように外観を見たあたしは思った。


よっぽどのことがない限り、2回目はないだろうなと思った。


「だけど、去年とそう対して変わりはないよね。


さっきまではハイキング、夜は宴会をやって、明日の昼は各自で観光して夕方に帰るなんて」


カイちゃんはやれやれと言うように息を吐いた。


確かに、内容は去年とほぼ一緒である。


「まあ、いいんじゃない?


今年はこの高級旅館に泊まれるんだし」


そう言ったあたしに、

「それもそうか」


カイちゃんは納得をしたと言うように、首を縦に振ってうなずいた。


旅館の中に足を踏み入れると、

「すごい…」


あたしは絶句した。


天井にはきらびやかなシャンデリア、足元はフカフカの赤いじゅうたんである。


もはやホテルじゃんかとさっきと同じことを思いながら、エレベーターへと足を向かわせた。


部屋は最上階の7階で、カイちゃんと同室だ。


「わーっ、すごーい」


部屋の中に足を踏み入れたのと同時に、あたしたちは声をあげた。


さすが、高級旅館である


和室の部屋は広くて、2人で使うにはもったいないなと思った。


大きな窓からはオーシャンビューが見えた。


畳は変えたばかりだろうか?


い草のいい匂いがした。


そのうえにボストンバッグを置くと、

「ねえ、まほろ」


カイちゃんが話しかけてきた。


「何?」


そう聞き返したあたしに、

「明日の自由行動だけど…」


カイちゃんは少し言いにくそうに話を切り出した。


「うん」


「まほろ、一釣さんと一緒に回ったら?」


カイちゃんが言った。


一釣さんとつきあっていることを報告したのは、今のところはカイちゃんと近藤さんの2人だけだ。


カイちゃんは友達だし、近藤さんは進展を期待していたから、と言う理由である。


特に近藤さんは、あたしと一釣さんがつきあうことに喜んでいた。


「そのつもりだけど、カイちゃんはいいの?


自由行動の時間、1人になっちゃうよ?」


そう言ったあたしに、

「実は経理部の末次さんから一緒に回らないかって誘われたんだ」


カイちゃんは照れくさそうに笑いながら言った。


「去年の忘年会でカイちゃんと隣になってアドレス交換した、あの末次さん?」


そう聞き返したあたしに、カイちゃんはカクンと首を縦に振ってうなずいた。


「えーっ、本当?」


カイちゃんにも春が到来したって言うことだよね!?


これは友達としては、協力してあげるべきだ!


「いいよ、わかった!


明日はお互い、別行動ね!」


そう返事をしたあたしに、

「ありがとう、まほろ」


カイちゃんはお礼を言った。


あたしはカバンからスマートフォンを取り出すと、一釣さんにLINEを送った。


すぐに一釣さんから「了解」と言う返事がきた。


早いな、もしかしたら同じタイミングでスマートフォンを見てたのかな?


そこのところはよくわからないけど。


「カイちゃん、明日の自由行動で何か進展があったら教えてね!


あたし、待ってるから!」


そう言ったあたしに、

「待たなくていい!


別に期待なんてしてないから!」


カイちゃんは顔を真っ赤にしながら言い返した。


期待してるんじゃん。


そう思ったけれど、口には出さないようにした。


「浴衣はどうする?


宴会が終わってからにする?」


クローゼットから浴衣を取り出しているカイちゃんに、

「そうだね、宴会が終わってからにしようか」


あたしは返事をした。



『竹の間』と言う大広間で宴会は行われることになった。


宴会も中盤になってくると、普段は特に関わりがない他の部署の人たちから声をかけられた。


「相楽さんって、お菓子作りが得意なんですよね?」


「ええ、はい」


「その中でも得意なお菓子ってある?」


どうやら他の部署にも、あたしのお菓子の話が耳に入っているらしい。


「いろいろあるんですけど…やっぱり、クッキーですかね」


「俺、クッキー好きなんだ!


相楽さんとは気があいそうだね!」


アハハ、これは酔ってるな…。


と言うか、気があいそうって何ですか。


「他にも何か好きなものある?


映画は見る?」


「あんまり見ないですね…。


特に見たいものもないですし、映画館にも行きませんし…」


映画はテレビで、それもおもしろそうな番組が特になかったら仕方なく見ると言う感じだ。


「あー、それは残念だなあ」


何がですかと言う話なんですけど。


カイちゃんはカイちゃんで、他の部署の人たちと楽しそうに話をしている。


困ったな、どうしよう。


そう思っていたら、コツンと背中に何かが当たった。


振り返って確認をすると、

「あっ、一釣さん…」


一釣さんだった。


何か様子がおかしいのは、あたしの気のせいだろうか?


「どうしたー?」


そんな彼の様子に、それまであたしに話しかけていた当人が首を傾げた。


「――何か気持ち悪い…」


一釣さんはうつむいて、小さな声で呟いた。


「えっ、大丈夫ですか?」


酔ったんですか?


一釣さんは両手で自分の口元をおおった。


マズいマズい、これはヤバいヤバい!


「す、すみません!


あたし、一釣さんをトイレに連れて行きます!」


「おっ、おう…気をつけて…」


あたしは一釣さんの背中をさすると、

「ほら、行きますよ」

と、声をかけた。


「はいはい…」


一釣さんが返事をしたのを確認すると、あたしは歩き出した。


「足元に気をつけてくださいねー」


「はいはい」


うーむ、これはまさにおじいちゃんとヘルパーをしている介護士さんのやりとりだな…。


と言うか、一釣さんってお酒に弱かったっけ?


よくわからないけど、お酒に弱いのかな?


そう思いながら、あたしたちは『竹の間』を後にした。


「酔いざましも兼ねて、別棟の方のトイレまでつきあっても…?」


そう声をかけてきた一釣さんに、

「ああ、いいですよ」


あたしは返事をした。


別棟のトイレに到着した。


「一釣さん、ここで待ってますか…」


そう声をかけたあたしの手はつかまれて、男子トイレに連行された。


えっ、何!?


驚いている時間を与えないと言うように、あたしは個室に放り込まれた。


その後で一釣さんが入ってきて、ガチャッと鍵を閉めた。


「えっ、あの…」


最後まで言わせないと言うように、一釣さんがあたしを抱きしめてきた。


って、ちょっと待て!


「気持ち悪かったんじゃないんですか!?」


そう聞いたあたしに、一釣さんは目をあわせた。


「母親譲りでお酒に強いんだよ」


目があうと、一釣さんはそんなことを言った。


「なっ…!?」


騙したな!?


「まほろ、無防備過ぎ」


一釣さんはそう言うと、またあたしを抱きしめてきた。


「む、無防備って…」


「他の男に話しかけられてたじゃん」


「無視したら感じが悪いと思われますよ」


そう言い返したら、ギュッと強く抱きしめられた。


「み、光也、苦しい…」


あたしはバシバシと一釣さんの背中をたたいて、解放を求めた。


つきあって早1ヶ月、2人っきりの時は呼び捨てで敬語も抜けるようになったけれど…やっぱり気を抜くと、うっかり“一釣さん”と呼んでしまううえに敬語も出てしまう。


「俺が酔っ払った演技をして絡んでこなかったらどうしようと思ってた?」


「ど、どうしようって…」


と言うか、耳元でしゃべらないでくださいな!


「って、演技?」


「演技」


「…上手ですね」


学生時代は演劇部か何かだったんですか?


一釣さんは抱きしめていたあたしの躰を離すと、眼鏡を外した。


隠すものがなくなった二重の切れ長の目が、あたしを見つめる。


「光也?」


そう呼んだあたしの唇は、

「――ッ…!」


一釣さんの唇にふさがれた。


後頭部に手が固定されて、逃げられないようにされる。


「――んっ、んんっ…!」


一釣さんの唇が離れた。


「――もう、何で眼鏡を外す必要があるんですか…」


そう言ったあたしに、一釣さんの唇がチュッと頬に触れた。


「する時に邪魔だから、って言ったじゃない」


「――んっ…」


一釣さんは頬にキスをしながら答えた。


あたしが隠すものがなくなった二重の切れ長の目に見つめられることに弱いことを、一釣さんは知っているのだろうか?


だとしたら、質が悪い…。


一釣さんの唇は耳元にきて、チュッとそこにも唇を落とした。


「――あっ…」


ビクッと躰を震わせたあたしに、一釣さんがクスッと笑った。


「い、一応聞きますけど…目が悪いから眼鏡をかけているんですよね?」


そう聞いたあたしに、

「当たり前じゃん、裸眼だとどっちも0.3だよ」


一釣さんが耳元で答えた。


耳元でしゃべるな、意地悪さん!


「わざわざ眼鏡を外して、それであたしが見えているんですか?」


一釣さんはあたしと見つめあうと、

「見えてる」

と、唇を重ねてきた。


「――んっ…」


我ながら、宴会を抜け出して何をやっているんだろう…。


唇が離れると、

「――光也、そろそろ戻った方がいいと思うよ…」


あたしは声をかけた。


「ヤだ」


一釣さんは即答すると、あたしを抱きしめた。


子供ですか。


「戻ったところでまほろが他の輩に話しかけられるし、俺のまほろ不足は治ってないし…」


まほろ不足って、人を鉄分か糖分みたいに言わないでください!


「もう1ヶ月も何もしてないし…」


「生々しいことを言わないでください」


ここ1ヶ月はいろいろなことがあり過ぎたから事実と言えば事実だけど、こんなところで言う必要があるんですか!?


あたしはあたしで何を聞かされているんだ!?


「たぶん、俺たちが抜けたことは気づいていないと思うよ?」


「…それがどうかしたんですか?」


そう聞いたあたしに、一釣さんがニヤリと笑いかけてきた。


ゾクッ…と、背筋が震えたのが自分でもよくわかった。


「へえ、そんなことを聞いちゃうんだ?」


一釣さんはそう言うと、あたしの手をとった。


えっ、何をするんですか…?


あたしのその手は一釣さんのジーンズへと向かった。


「――ッ、なっ…!?」


ジーンズ越しに感じたのは、彼の灼熱だった。


「何ちゅーことをしてくれるんですかー!?」


速攻で灼熱から手を離して、とられていた手を振り払った。


最低最低最低!


バカバカバカ!


一釣さんの変態!


「まほろのせいでこんなのになってるんだけど」


「だからと言ってさわらせるな!」


女の子に何ちゅーことをさせてるんだ!


もう、本当の本当に意地悪さんって呼んでやるんだからー!


「それを入れられて、光也って何度も呼びながら泣いてよがってたくせに」


「もういっそのこと、“意地悪”に改名したらどうなんですか!?」


「声が大きい」


一釣さんにたしなめるように言われて、

「――んうっ…!」


唇を重ねられた。


と言うか、声が大きいのはあなたのせいでしょうが!


「――んくっ…!」


あたしに少しの反論も与えないと言うように、舌が口の中に入ってきた。


自由奔放に動き回るそれに、あたしの中で保っていた理性が消えて行く。


「――ッ、はっ…」


唇を離したら、お互いの唇の間には銀色の糸が引いていた。


ぼんやりとそれを見つめていたら、また一釣さんが唇を重ねてきた。


「――んっ、んんっ…」


唇が離れたその瞬間、あたしは一釣さんにもたれかかるように倒れ込んだ。


「おっと」


彼の首の後ろに両手を回すと、ギュッと抱きしめた。


「まほろ?」


それに対して訳がわからないと、一釣さんがあたしの名前を呼んだ。


「――光也のせいだから」


呟くように、あたしは言った。


「何が?」


「…それ、聞く必要ある?」


本当に質が悪い。


「あたしが光也のことを欲しいと思ってるの、光也が1番よく知ってるでしょうが」


もう本当に意地悪だ。


わかっているくせに言わせようとしているんだから、本当に性格が悪い。


「あたしの記憶違いじゃなかったら、光也は1人部屋だったと思うんだけど…」


一釣さんと同室になるはずだった人が体調を崩して今回の社員旅行を休んだため、彼は1人部屋になってしまったのだ。


一釣さんの手があたしの頬に触れた。


「――ッ…」


一瞬だけ触れた唇は、すぐに離れた。


「本気でいい?」


そう聞いてきた一釣さんに、

「…押さえてください」


あたしは返事をした。


人目を盗んで一釣さんの部屋に一緒に入ったのと同時に、すぐに唇が重ねられた。


「――んっ、ふっ…」


チュッチュッと音を立てて何度も唇を重ねながら、一釣さんはあたしの服に手をかけた。


ベッドのうえに押し倒された時には、あたしの格好はブラとショーツだけになっていた。


一釣さんは唇を離すと、深く息を吐いた。


それまで手に持っていた眼鏡をサイドテーブルに置くと、パーカーを脱いだ。


「――ッ…」


あたしの目の前で露わになったその躰に、自分が興奮を覚えたことに気づいた。


1ヶ月ぶりだからって、何を感じているんだ…。


一釣さんの手が頬に触れたかと思ったら、彼はまたあたしと唇を重ねてきた。


唇が離れて、二重の切れ長の目があたしを見つめた。


「――みつ、や…」


ニヤリと笑いかけた二重の切れ長の目に、あたしの背筋がゾクッ…と震える。


あたしは、この目に見つめられることが本当に弱いみたいだ。


一釣さんの唇があたしの首筋に触れた。


「――あっ、ああっ…!」


舌でチロチロと首筋を舐められて、あたしは声をあげた。


一釣さんがあたしを不足していたように、あたしも一釣さんを不足していたのかも知れないと思った。


その手は身につけている残りを脱がしにかかっていた。


ブラもショーツも全部脱がされ、あたしの躰を隠しているものがなくなった。


唇は首筋から下へと降りて行って、

「――んんっ…!」


胸の先を口の中に含まれた。


もう片方の胸の先は親指と人差し指で挟むようにつままれた。


「――やっ、ああっ…!」


吸われて、歯に挟むように軽く噛まれて、引っ張られて、爪を立てられて…対照的過ぎる胸の先への刺激に、自分の躰の浅ましさを知らされた。


他人のことが言えないと思った。


もう何も考えることができない…。


そう思った時、

「――んああっ…!」


一釣さんの指がそこに触れて、あたしは声をあげた。


「――ここ、どうして欲しいの?」


すでに洪水状態になっているであろうそこを、一釣さんの指が上下になぞるようにゆっくりとなでていた。


こんな時にそんなことを聞くなんてずるいよ…。


どうして欲しいって、あたしが答えるんですよね?


「――ッ…」


なでているその指がじれったい。


意地悪にも程があるよ…。


あたしが唇を動かして、音を発して返事をしない限り、一釣さんはそれ以上の行動をしないつもりだろう。


「――まほろ、黙ってちゃわからないよ」


何も言わないあたしに、一釣さんが急かしてきた。


もう、本当に意地悪なんだから…!


「――き…」


「き?」


唇を開いて、音を発する覚悟をする。


「――気持ちよく、して…!」


もうそれ以上は言いたくないよ…!


熱を持っている顔を両手で隠したい衝動に駆られる。


「――いい子」


一釣さんはそう言って、あたしに笑いかけてきた。


「――あっ…!」


つぷり…と、指があたしの中に入った。


「――んっ、うっ…!」


指は曲げられて、擦るようにして動かしてくる。


「――ああっ…!」


ただでさえ敏感になっている蕾を親指でさらに擦られて、もう躰はこれ以上にないくらいにとろけてしまいそうだ。


「――やあっ…もう、無理…!」


頭の中が真っ白になる…と思ったとたん、ずるりと指があたしの中から出て行った。


「――えっ…?」


もう少しだったのに…。


「――指だけじゃつまらないでしょ?」


一釣さんはそう言って、ニヤリと笑いかけてきた。


「――なっ、何がですか…?」


寸でのところで止められたせいで、躰が熱くて仕方がない。


一釣さんは何を考えて、何を思ってやめたんだろう?


「脚、閉じないで」


一釣さんはそう言うと、あたしの足首をつかんだ。


「――えっ、やあっ…!」


グイッと、両足を大きく開かされた。


自分でも見たことがないその場所が一釣さんの視線に注がれた。


脚を閉じて隠したくても、一釣さんの手がそうさせてくれない。


恥ずかしい…。


「――光也…?」


見られてる恥ずかしさに耐えることができなくて、恐る恐る名前を呼んだ。


一釣さんの顔が近づいてきたかと思ったら、

「――ひゃあっ!」


温かい唇の感触に躰がビクッと震えて、大きな声が出てしまった。


「――やっ、なっ…!?」


何が起こったのか全くと言っていいほどに理解ができなかった。


寸でのところで止められているせいで、躰は少しの刺激でも感じてしまう。


彼の息だけでも感じて震えてしまう自分の躰が浅ましくて、恥ずかしくて仕方がない。


「――ひゃっ、ああっ…!」


舌の温かくて湿った感触がそこをなぞる。


そのたびに飛びそうになってしまう意識を、シーツをつかむことでどうにかして保とうとした。


「――んっ、ふあっ…!」


舌先が敏感な蕾に触れて、それだけでも躰は感じてしまった。


もうダメだ…。


何も考えることができない…。


「――やあっ…もう、無理…!


あっ、あああっ…!」


ビクンと躰が大きく震えて、頭の中が真っ白になった。


「――あっ、ああっ…」


ビクビクと躰が震わせているあたしに、

「――気持ちよさそうだったね」


一釣さんがあたしの顔を覗き込んだかと思ったら、ニヤリと笑いかけてきた。


二重の切れ長の目に笑いかけられて、ゾクリ…と背筋が震えた。


「――も…もう、何てことをしてくれるんですか…!?」


「何が?」


何がって…。


「寸前で止めておいて、何てことをするんですか…!?」


もう恥ずかしくて仕方がない。


「口じゃなくて、指の方がよかった?」


一釣さんはそう言うと、あたしの顔を覗き込んできた。


「そ、そう言うことを言っているんじゃなくて…」


「よがってたくせに」


「なっ…!?」


一釣さんはフフッと笑うと、あたしの額に唇を落とした。


額の次は頬、鼻先と一釣さんの唇が落とされる。


「――ッ…」


唇に触れるだけのキスが落とされると、

「――んっ、ああっ…!」


灼熱があたしの中に入ってきた。


「――あっ、やあっ…!」


あたしの躰が一釣さんに起こされたのと同時に、灼熱が深く中に入った。


「――ふうっ、あっ…!」


「――まほろ…」


一釣さんとの顔の距離は近い、躰はこれ以上の隙間はないと言うくらいに密着している。


ものすごい近い距離で二重の切れ長の目に見つめられて、恥ずかしくて仕方がない。


だけども、その目からそらすことができない自分がいた。


「――は、初めての時も思ったんですけれども…」


「うん」


「――何で、この体勢なんですか…?」


恥ずかしいのは我慢をして、一釣さんに聞いた。


別に嫌って言う訳じゃないけれど、何でこの体勢なんだろう?


「へえ、そんなことを聞いちゃうんだ?」


「だ、だって…」


気になるものは気になるんだもん!


と言うか、人が恥を忍んで聞いているのに!


「――あっ…」


ツッ…と、一釣さんの手があたしの背中をなでた。


一釣さんはあたしの耳元に自分の唇を寄せると、

「――まほろを近くで感じることができるから」

と、ささやいてきた。


「えっ…?」


「こうしてちょっかいを出して楽しむことができるし」


「――んあっ…!」


一釣さんの唇が首筋に触れて、チュッ…と音を立てて吸われた。


「躰は密着しているし」


「――ひゃっ…!」


一釣さんの指先が胸の先をくすぐるようにさわってきた。


「こんなにもすぐ近くでまほろを感じることができるからいいんだよ」


そう言った一釣さんの両手が首の後ろに回って、ギュッと抱きしめられた。


「そ、そうなんですか…」


あたしは返事をすると、彼の首に自分の両手を回した。


そのとたん、

「――んっ…!


あっ、あああっ…!」


一釣さんは腰を動かして、灼熱を突きあげてきた。


「――あっ、やあっ…!」


「――まほろ…」


一釣さんがささやくように、あたしの名前を呼んだ。


「――ッ、光也…んっ、ああっ!」


彼にしがみつくことで意識を保つのがあたしの限界だ。


「――あっ、光也…!」


腰を動かして突きあげてくる灼熱に、あたしは声をあげて感じることしかできない。


「――まほろ…」


一釣さんがあたしの耳元でささやくように名前を呼ぶ。


それにも感じてしまうあたしの躰は、何て浅ましいのだろうか?


「――光也、好き…!」


一釣さんのことが好きだから、あたしの躰は彼が与えるちょっとした刺激にも感じてしまうのかも知れない。


「――俺もまほろが好き」


一釣さんがあたしを見つめてきたかと思ったら、

「――ッ…!」


自分の唇をあたしの唇に重ねた。


もう溶けてなくなってしまうんじゃないかと思った。


何もかも全てが繋がって、何もかも全てがひとつに重なって、もう溶けてしまいそうだ。


重ねていた唇が離れると、

「――まほろ…」


一釣さんがあたしの名前を呼んだ。


それに答えるように、あたしは彼を見つめた。


「――光也…」


名前を呼んだあたしに答えるように、一釣さんは灼熱を突きあげた。


「――あっ、ああああっ…!」


あたしの頭の中が真っ白になったその瞬間、一釣さんは深く息を吐いてあたしを抱きしめた。


「――ッ、ああっ…!」


荒い呼吸を繰り返しているあたしに、

「まほろ」


一釣さんが名前を呼んで、ゆるゆると腰を動かしてきた。


「――えっ、あの…?」


「ダメ、まだ足りない」


「――そ、そんな…あっ…!」


あたしの訴えは、見事に却下された。

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