第3話・永久の魔王

「うん、美味しい。はい、どうぞ陛下───陛下?あれ?お腹が空いてないんですか?美味しいですよ?……困ったなぁ」


(たぶん血だ、人間の血だ、たぶんそうだ…)


 正直な所リリオネル、腹は減っていた、音が鳴るほどには。しかし目の前に出された物の正体に気を取られて飲む所ではない、魔王として生きていくのなら、例えコレが人間の血だとしても通らなければならない道なのだから。目の前で困ったまま固まっているルシアノをチラッと見ると、彼の表情がフワッと柔らかく綻んだ。再び哺乳瓶を口元に持っていくルシアノ、覚悟を決めて飲み口をハムハムと噛んで吸いながら真っ赤な液体を胃に流し込んでいくリリオネル。


(……あれ?甘い?美味いな、血じゃないのか?木の実とか?)


 頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、いつの間にか美味しさで、自分の手で哺乳瓶を握り飲んでいた。その姿を見て、ホッとひと息ついて見守っているルシアノは、ふと疑問に思った。魔王と言えどまだ赤子であるのに大人しすぎるのでは、自意識が有りすぎるのではと。実は魔王リリオネル、これまでの魔王とは少し違う出生の仕方をした。暗く大きな沼や湿地帯が多いこの魔界には[王の大樹]と呼ばれている巨大な木がそびえ立っている、その大樹に魔王の実がなるのだ。そして実の中から魔王が生まれてくる、通例であれば、だが今回は実ではなく大きな卵が太い枝から吊り下がっていた。万が一卵の中に魔王が入っているのなら危ないだろうと、歴代魔王の御目付け役で翼を持つ魔物ハヴァルが卵の成長を見ながら今日まで千年待ち続けてきた。そうして卵が自ら揺れているのを見たハヴァルの手によって、城のバルコニーまで運ばれ孵化するに至ったのである。不死の者、長寿の者たちも多くいる中で、卵の状態で生まれたのは初代魔王だけであるとの情報も入ってきた。付け加えて言うならば、初代魔王は不老不死の身であるけれども隠遁しているだけである。もしも目の前にいる赤子魔王が初代魔王のように不老不死の賢王となるならば、長い長い統治が見込めるかも知れない。そこで、ルシアノはごく単純な事から試してみることにした。


「陛下、美味しいですか?」


「うー」

(美味い)


「お召し物はそちらの物で構いませんか?」


「う」

(親切なヤツだな)


 言葉は喋れないが、受けた声にちゃんと頷き返す。これは既にある程度の知能が備わっているのだと確信したルシアノは、控えていた侍女に対して魔王の御目付け役ハヴァルを呼んで来るように言付ことづけて、本人が来るのを待つことにした。侍女から話を聞いたハヴァルは、超特急で文字通り飛んできた。涼しげな青い眼、波打つ長い金髪を振り乱し、銀縁の眼鏡をかけた長身の彼がバーンッ!!という扉の開く音と共に部屋へ突入してきて、鴉の翼のような黒翼を閉じると、ルシアノの存在など忘れて玉座に据えられているリリオネルの身体を抱き上げ、大切そうに撫でながら口を開いた。


「嗚呼、お待ち申し上げておりましたっ…“永久とわの王”と出会えるなどとは、思いもよらぬ幸運っ!!感激の極みでございます!!!ラビタルも喜ぶでしょうっ…!!」


 よく分からない内に、理解の及ばないところで有り難がられているリリオネルはされるがままになっていたが、ズドドドドッ!という大きな音が近づいてきて気が逸れた。轟音の元はラビタルだ、侍女からの言付けがあっという間に広まって城内は勿論、城外にまで広まって大混乱になってしまっているのだ。


「ルシアノ!!陛下が“永久の王”であるかも知れないとはまことか!」


 この言葉と同時に入室してきた彼は、ただ現状を見守っているルシアノに走り寄って肩を鷲掴みにすると、前後にガクガクと揺らした。身体を揺さぶられながらも、シッカリと頷いて噂が真実であることをラビタルに伝えた。


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