第2話・忠臣

 何の翻訳効果なのか、前に生きていた世界とココの世界の言葉が同じなのか、遣り取りが可能らしいことが最初に分かった。大歓声に包まれ祝福の言葉を何度も聞いている内に、自身が魔王として生まれたということも理解出来た。名前がリリオネルである事も分かったが、他のことは何も分からない。ただ、王として生まれたなら、これから勉強はいくらでもしなければならなくなると覚悟を決めた。


(……で、俺はいつまでこの状態なんだ)


 自分の身体を掲げる逞しい腕をペチペチと叩いてみると、下ろして欲しい旨が伝わったようで直ぐに頑強な腕の中にスッポリと包まれ、安心できる柔らかな布でフワリと覆われて低く優しい声音で語りかける。


「リリオネル様、皆が貴方様の治世ちせいを心待ちにしております、私共が微力ながらお手伝いをさせていただきます」


 リリオネルの身体を丁寧にソッと抱く彼の名はラビタル、褐色の肌に緑色の切れ長い眼を持ち屈強で長い黒髪の男だ。いつも鎧を身にまとっていて太く頑丈そうな尻尾が生えており、コウモリのような翼が背中にある。歴代魔王の右腕として尽くしてきた忠臣中の忠臣でドラゴン族の長でもあり、魔族全体からの信頼も厚い。歓声に背を向けたラビタルは、振り返った先に控えていたルシアノという名の、クリクリとした可愛らしい大きな銀色の眼の美少年に、布に包んでいるリリオネルを手渡した。煌びやかな銀色の衣装を着ている少年は、代々魔王の御側仕えをしてきた由緒ある怪力の小人族の長で、魔王の忠臣達から信頼されている。小人族といっても他の種族が大きいだけで大して小さくはないので、赤子くらいのサイズならば難無く抱くことが出来る。ここまでで新魔王の誕生とお披露目、御側仕えへの魔王預かりの儀式が終わった。


(終わった?終わったか?腹減ったんだけど)


「めーうー、めーうー」


[めし]と言おうとしたが、流石に生まれてすぐに言葉を話せるほど甘くは無かった。長く豪奢ごうしゃな廊下をルシアノの腕に包まれ進んで行きながら、小さな小さな手をグーパーグーパーと閉じたり開いたりしていると、ちっちゃな口に謎の形をしたおしゃぶりっぽい物が突っ込まれた。リリオネルが一体何なのかと思いつつ少し噛んでみると、物凄い音と共におしゃぶりが粉々になってしまい、たいそう驚いて不意に涙が出てきた。泣き出したリリオネルの視界に、眉を下げてすまなそうな困り顔をしたルシアノがうつる。


「ごめんなさい陛下、6ついもの翼も素晴らしいし、御髪おぐしも大変長くていらっしゃるので魔力測定用のおしゃぶりを用意してきたのですが…測定不能のようですね。お飲み物はご用意しておりますので、もう少しお待ち下さいね」


「うー」

(生まれたばかりで声出るモンだな…魔王効果?…翼6対もあるのか、凄いことになってそうだな)


 リリオネルが勝手に自己完結をさせていると、ズラリと並ぶ部屋の中でも一際目立つ巨大な扉を開いて、ルシアノは室内に入っていく。この部屋がまた廊下にも増してあまりにも豪奢で煌びやか、リリオネルは大きな赤い眼をシパシパと瞬かせていた。そのままベビーサイズに加工した玉座に据えられ、頭を撫でられながら待つこと数分─扉がノックされ、ルシアノが入室を許す返事をするとギギッと重い扉が開かれていくのがリリオネルにも見えた。入って来たメイドの様な格好をした、侍女らしき人型の魔物が持つ銀色の盆の上には、真っ赤な飲み物が入った、まさしく哺乳瓶そのものが乗っかっていた。ルシアノはその哺乳瓶を取って自身の手の甲に数滴垂らして毒味をする、その様子にリリオネルは目をまんまるにして見入っている。見たことの無い、なんとも言い表しようがない赤色が何なのか、飲み物の正体を何となく想像してしまいプルルと身体が揺れた。

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