第40話 安全と安心の話

ある噓つきが死んだ。


大きな嘘で国中にありもしない不安をまき散らし、

無実の人間を晒し上げ、その一方でありとあらゆる嘘で身を守り、

そして、最後には「自分も被害者だ」と喚きたてながら死んだ。


そんな嘘つきがあの世に行く途中、分かれ道に差し掛かった。


そこには案内人がいて、こう言った。

「お前はどうしようもない噓つきだから、罰を受けないといけない」

「そんな! 私は正直に生きてきました」

「嘘をついても無駄だ。お前がしてきたことはすべてわかっている」


案内人はそういうと、嘘つきが生前についてきた嘘をいくつか挙げた。

それを聞いて嘘つきは観念し、話を聞くことにした。

「一体、どんな罰を受けるんでしょうか」

「この分かれ道は、どちらかが天国、どちらかが地獄に続いている」

「天国を選んだら罰になりませんよ?」


案内人が口を歪ませて笑った。

「お前はもう選んでいる」

「いえ、私はまだ何も選んでいません」

「お前は生前に、既に答えを選んでいるんだよ」


噓つきは驚いて言った。

「そんな選択をした覚えはありません」

「嘘をついても無駄だ」

「いえ、本当に覚えがないのです」

「自分がついた嘘を忘れたか」

「……半分も覚えていません」

「……うむ。その言葉は嘘ではないな」


案内人は続けて言う。

「正直に言った褒美に、一つ種明かしをしてやる。

 実はお前が行く場所は、天国と地獄のどちらを選んでも救われない」

「嘘をついたんですか!」

「たまには騙される側になってみろ。

 お前はたどり着いた先で、かならず苦しむ。

 地獄でも苦しむ、天国でも苦しむ」

「酷い……私はどうなるっていうんだ……」

「行けばわかる。お前の道はこちらだ」


噓つきは地獄に案内された。

しかし、恐怖することはなかった。

地獄で噓つきは”安心”だけを手渡されたからだ。


噓つきは、まったく安全ではない地獄の責め苦を

安心しながら受けて、苦痛を受けてから初めて焦り、絶叫した。

噓つきは延々と責め苦に苦しみながら、

苦しみが終われば安心して無防備な姿を晒す。

そして、また責め苦が始まれば、危険を思い出して絶叫した。


もしも、この噓つきが天国に案内されていたらどうなっていただろうか。

天国では嘘つきから”安心”を奪う予定だった。

何の苦痛もない天国で、理由のない不安を感じ続ける罰を

延々と受けることになっていた。


その苦しみは、この噓つきがバラまいた嘘に踊らされた人たちと同じ、

理由のない不安の苦しみである。

だから、噓つきはいつかこちらの罰も受けることになっている。


”どちらかを選ぶ”というのは案内人の嘘である。

地獄の責め苦が終われば、天国の責め苦が待っている。

それが終われば、また地獄に戻される。


「たまには騙される側になってみろ」

案内人はもう一度そう呟いて、また口を歪ませて笑った。



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