チョコスプレッドの嫉妬

目を開けると、私は腕の中にいた。


私を抱きしめている腕の持ち主である社長を見あげると、彼はよく眠っていた。


クーンサイズのベッドは、大人2人が横になってもまだ余裕がある。


こんなにも広いのに私たちはお互いの躰を寄せあって、抱きしめあって眠っている。


いつ見ても、端正な顔立ちだ。


まつ毛はとても長くて、嫉妬すらも感じてしまう。


肌は白玉みたいにキレイで透き通っていて、一体どんな手入れをしているのだろうと思う。


本当にキレイだな。


こんな人が私の彼氏で、そのうえ同棲もしているなんて何だか信じられないくらいだ。


そう思っていたら、ピクリと長いまつ毛が動いてゆっくりとその目が開かれた。


「――おはよう、心愛」


寝起きのせいで普段よりも低い声で、社長が言った。


「おはようございます、詩文さん」


あいさつを返した私に社長は微笑むと、チュッと唇を重ねてきた。


唇はすぐに離れて、

「まだベッドから出たくないな…」


社長は呟いた。


枕元の目覚まし時計に視線を向けると、もうすぐで7時になろうとしていた。


後少しで朝食を食べて、会社に行く準備をしないといけない。


「まだ心愛から離れたくない」


「詩文さんったら…」


社長はクスクスと笑うと、私の額にキスをしてくれた。


社長と同棲を始めて2週間、彼との生活は思った以上に甘くて幸せだった。


会社では立場的な問題もあるから顔をあわせることはできないけど、家に帰ったらこうして顔をあわせて愛しあうことができる。


「君と一緒に暮らして、大正解だよ」


そう言った社長に、

「私もです」


私は返事をすると、彼の背中に手を回した。



季節は6月の中頃を迎えた。


梅雨に入ったと言うこともあり、毎日は雨ばかりである。


梅雨空以上に、今の私はどんよりとしていた。


「片山さん、そんなにも落ち込まないでください」


松本さんが私を励ましているが、

「だって…」


私の気分はどんよりとしたままだった。


先週に新商品のプレゼンが行われて、今日――と言うか、先ほど――にその結果を聞いた。


結果、私が出した新商品はボツで、別の同僚社員が出した新商品が採用された。


「片山さんが考えた新商品もよかったと、私は思いますよ。


ガナッシュにフリーズドライ加工して細かく刻んだラズベリーやオレンジなどのフルーツを入れるって言う新商品。


『キルリア』のガナッシュへの愛があふれている、片山さんらしい新商品だなって思いました」


「…ありがとうございます」


お世辞でも社交辞令でも、褒めてくれたのは嬉しい。


「でも、いちごやフランボワーズのチョコでコーティングして中からフォンダンショコラのようにトロッとしたチョコレートが出てくるって言う新商品にはかなわなかったんです…」


不覚にも、私はそれを食べたいと思ってしまった。


「そうね、永野くんの発想はとてもすごかったわ」


永野くんとは、私の同期である。


彼の出したアイデアが新商品として採用されたのである。


「聞くところによると、永野くんは製菓学校に通っていたらしいよ。


製菓学校の卒業生ならではのアイデアね」


私のチョコレート愛は、製菓学校卒業生には勝てなかったみたいだ。


「でもね、次がありますよ。


今度は片山さんのアイデアが採用されるかも知れませんから、その時までに頑張りましょう」


「そうですね」


1回くらいダメになったからって何だ。


次があるんだから、その時までにアイデアを考えて採用を目指そう。


「さあ、仕事しましょう」


松本さんが書類を渡してきたので、

「はい」


私はそれを受け取った。


松本さんは嬉しそうな、幸せそうな顔で仕事を始めた。


あの事件がきっかけで、外山さんとの結婚が決まったのだそうだ。


来月の終わりに、松本さんは外山さんと結婚する。



その日の夜。


「ダメだったか」


ブリの照り焼きを口に入れながら、社長が言った。


今日の夕飯はご飯とブリの照り焼き、にんじんサラダと豚汁だ。


「ダメでした」


私は返事をした。


「そう落ち込むな、チャンスはまたやってくる」


社長はそう言って笑った。


「君のチョコレート愛は、目の当たりにした僕が1番よく知ってる。


また次を目指して頑張ればいい」


「はい」


社長はご飯を口に入れると、

「そう言えば思ったけど、君は料理ができたんだね」

と、言った。


「それは、一体どう言う意味ですか?」


大学進学と同時に1人暮らしを始めたので、料理はできる。


「美味しいなって言う意味とまた1つだけ君を知れたって言う意味」


社長はフフッと微笑んで答えた。


「詩文さんに言われて、とても嬉しいです」


また明日も美味しい料理を作ろうと言う気持ちになれる。


1人暮らしをしていた時は料理を作るのがめんどくさいと思う時があったけど、一緒に暮らすとまた明日も作ろうと言う気分になれる。


「明日はオムライスがいいかな」


そう言った社長に、

「頑張って作ります」


私は返事をした。


食事を終えて一緒に後片づけを済ませると、社長はソファーのうえに腰を下ろした。


社長は両手を広げると、

「ほら、おいで」

と、私を呼んだ。


私が社長に歩み寄ってその隣に腰を下ろしたら、彼は私を抱きしめた。


「フフッ、かわいいなあ」


彼は私の頬に顔を寄せると、すりすりと頬ずりをしてきた。


その動作はまるで犬のようで、思わず笑ってしまいそうになる。


「いい匂い」


そう思っていたら、彼は私の肩に顔を埋めた。


今度は猫である。


一緒に暮らして気づいたことだけど、彼は相当なまでの甘えん坊みたいだ。


先ほどの彼の言葉をまねするつもりではないけれど、彼をまた1つだけ知れたような気がした。


「心愛」


彼が肩から顔をあげて私の名前を呼んだ。


「何ですか、詩文さん」


私が彼の名前を呼んで返事をしたら、

「――ッ…」


唇を重ねてきた。


触れた唇はすぐに離れて、

「――きゃっ…」


彼は私を押し倒した。


そのせいで視界が逆転して、白い天井と社長を見あげることになった。


私の目の前に、すぐ近くに彼がいる。


彼はクシャッと目元を細めると、私の隣で横になった。


「一緒に暮らしてよかった」


そう言って私を見つめてきた彼に、

「私もです」


私は返事をして、彼の首の後ろに自分の両手を回した。


出会ったその日に躰を重ねて、再開してつきあって、今は同棲である。


ものすごいスピードだなと、自分でも思う。


でも、相手は社長だ。


社長と出会って恋に落ちたその日から、彼とこうなる運命だったのだ。


もうすぐで彼と同棲を始めて1ヶ月を迎える。


明日から週末に入ると言うこともあり、今夜は腕によりをかけてご飯を作ろうと思いながら私は会社が終わるとスーパーマーケットへと足を向かわせた。


「えーっと、これでいいかな」


カゴに入っている食材の確認を済ませると、レジへと足を向かわせた。


時間も時間と言うこともあってか、どこのレジも行列ができている。


とりあえず早そうなレジに並んで順番を待っていたら、

「片山さん?」


その声に隣のレジに視線を向けると、眼鏡をかけた男の人――同期の永野くんだった。


「ああ、どうも」


会釈をするようにあいさつをした私に、

「どうも」


永野くんはあいさつを返してくれた。


「ものすごい食材の量だね」


私が持っているカゴに視線を向けた永野くんが言った。


「ああ、うん…」


ちょっと買い過ぎちゃったかなと思いながら、私は返事をした。


「まとめ買い?」


そう聞いてきた永野くんに、

「まあ、そんなところかな」


私は答えると、彼の持っているカゴに視線を向けた。


カゴの中に入っていたのはお惣菜が2つと特売の袋チョコレートだった。


永野くん、1人暮らしをしているのかな。


そう思いながらカゴを見つめていたら、

「勉強のために買っているんだ」


永野くんは袋チョコレートを私に見せてきた。


「えっ…ああ、そうなんだ」


それに対して、私は首を縦に振ってうなずいた。


レジの順番が私に回ってきた。


「じゃあ、私はこの辺で」


「ああ、また月曜日にな」


その場で永野くんと別れると、店員の前にカゴを置いた。


会計を済ませてカゴをテーブルのうえに置くと、買ったばかりの商品をエコバックの中に入れた。


スーパーマーケットを出ようとした時、

「あっ、雨だ…」


雨が降り出していた。


今朝の天気予報では梅雨の中休みに入ったから、今日は1日中晴れだと言っていた。


なのに、急に降ってくるなんて…。


傘は持ってきていないけれど、カバンの中にはこの時のために折り畳みの傘が常備してあるのでそれを取り出した。


「あっ、しまった」


レジを済ませた永野くんが隣に並んで、困ったと言うように声を出した。


「参ったな、傘を持ってきてないんだよな…」


永野くんはやれやれと言うように息を吐いた。


「貸してあげようか?」


そう言って、私は取り出した折り畳み傘を永野くんに差し出した。


永野くんは驚いたと言うように、私と折り畳み傘を見つめた。


「ここで傘を買って帰るから」


そう言った永野くんが指差した方向に視線を向けると、店員がビニール傘を出しているところだった。


これなら濡れずに帰れそうだ。


「気持ちだけは受け取って置く」


そう言って永野くんはエコバックから、先ほど買った袋チョコレートを取り出した。


何をするのだろうと思って見つめていたら、永野くんは袋を破るとそこから3粒ほど個袋されているチョコレートを取り出した。


「はい」


永野くんはそれを私の前に差し出してきた。


「えっ、いいの?」


永野くんとチョコレートを見つめている私に、

「気持ちだけのお返し」


そう言って、眼鏡越しで微笑んできた。


「ありがとう」


私はお礼を言うと永野くんの手からチョコレートを受け取った。


これは美味しそうだ。


アルファベットが描かれているチョコレートを見ながら、私はカバンの内ポケットに入れた。


食べてみて美味しかったら買ってみよう。


「じゃあ、また月曜日に」


「さようなら」


傘を買いに行く永野くんに手を振ると、私は折り畳み傘を頭のうえに差してスーパーマーケットを後にした。


同棲を始めてから1ヶ月と言うこともあってか、カードキーでドアを開けることにすっかりなれてしまった。


「ただいまー」


ドアを開けて中に入ると、社長はまだ帰ってきていなかった。


うん、当然だね。


私は社員だけど、相手は社長だ。


カチッと電気をつけると、リビングへと足を向かわせた。


リビングに到着すると先ほどと同じように電気をつけて、テーブルのうえに買ったばかりの商品が入っているエコバックを置いた。


このまま夕飯作りに取りかかろうと思った時、永野くんからチョコレートをもらったことを思い出した。


「いけないいけない」


危うく忘れてしまうところだった。


こう言う美味しいものは早く食べなくっちゃ。


カバンの内ポケットからチョコレートを取り出すと、袋を取った。


「わーっ、美味しそう」


指でチョコレートをつまんで、観察するように眺めた。


キューブ型のそれにはアルファベットの「K」の字が刻まれている。


夕飯の前にお菓子…は行儀が悪いけれど、チョコレートなら話は別だ。


「いただきまーす」


チョコレートを口の中に入れようとしたら、

「ただいまー」


ガチャッと玄関のドアが開いたかと思ったら、社長の声が聞こえた。


「あっ、あっ、あーっ!」


それに驚いたせいでチョコレートが指から滑り落ちて、コロコロと床のうえを転がった。


ああ、せっかくのチョコレートが…!


と言うか、今日は帰宅するのが早過ぎやしませんか?


そう思いながら床のうえに落ちたチョコレートを拾ったら、ガチャッとリビングのドアが開いた。


「あ、お帰りなさい…」


そこから顔を出した社長に、私はあいさつをした。


「ただいま」


社長は返事をすると、リビングのドアを閉めた。


「さっき、すごい声が聞こえたけど何をやってたの?」


そう聞いてきた社長に、

「チョコレートを落としたんです」


私は答えると、落ちたチョコレートにフーッと息を吹きかけた。


うん、大丈夫だ。


パクッとそれを口に入れると、チョコレートの甘さが口の中に広がった。


これはミルクチョコレートだ。


「詩文さんも食べますか?


後2つ残っているので」


社長に2つのチョコレートを差し出したら、

「買ったの?」


社長はチョコレートと私を見ながら聞いてきた。


「いえ、もらったんです」


私が答えたら、

「松本に?」


社長が聞き返してきた。


「同僚の人です。


永野くんって言うんですけど、スーパーマーケットで会ってもらったんです」


社長の質問に私は答えた。


「ああ、ホント」


そう返事をした社長だけど、目はあまり笑っていなかった。


「じゃあ、1個だけもらおうかな。


君のことだからもう1個も食べるつもりだろう?」


社長はそう言って笑いながら、私の手から1つだけチョコレートを受け取った。


「あっ、「S」って書いてある」


表面に書いてあるアルファベットを見た社長に、

「詩文さんの「S」ですね、私が食べたのには「K」って書いてありました」


私は言った。


「へえ、なるほど」


社長は返事をすると、袋を取ってチョコレートを口に入れた。


「うん、美味しい」


社長はうんうんと、笑って首を縦に振ってうなずいていた。


その様子に私はフフッと笑うと、

「すぐに夕飯を作りますから」


夕飯作りに取りかかるためにエコバックに手を伸ばそうとしたら、後ろから社長に抱きしめられた。


「えっ、何ですか?」


社長は私の顔を覗き込むと、

「夕飯は後にしない?」

と、言ってきた。


「後ですか?」


そう聞き返した私に、

「今は君が食べたいから」


社長は答えると、妖しい笑みを浮かべた。


「えっ…」


言いかけた私の唇を社長の唇がふさいだ。


「――んっ、ふっ…」


すぐに口の中に舌が入ってきて、確かめるようにかき回される。


そのせいで躰はだんだんと熱を持ち始めて、ジン…とお腹の下が熱くなった。


「――んっ、あっ…」


社長からのキスを何度も受けながらリビングを後にして、寝室へと連れてこられた。


「――ふっ…」


クイーンサイズのベッドのうえで横になっても、社長は何度も私と唇を重ねていた。


チュッチュッ…と、唇に触れるたびに音を立てられる。


華奢で大きなその手がシャツを脱がし始めた。


ボタンが外されて胸が露わになったその瞬間、社長がようやく唇を離した。


「――ッ、あっ…」


お互いの唇の間には銀色の糸が引いている。


社長はそれを親指で取ると、舌で舐めた。


「――詩文、さ…ん…?」


私が名前を呼んだら、

「――ああ、そうだ」


社長は何かを思い出したと言う顔をすると、私から離れた。


えっ、今度は何ですか?


社長は寝室を後にして、どこかへと行ってしまった。


えっ、どこに行ったんですか?


シャツは半分脱がされて、躰は熱を持ったままである。


まさかのほったらかしですか?


そう思っていたら、社長が寝室に戻ってきた。


戻ってきた彼の手にビンのようなものがあることに気づいた。


「外山くんから来月に出す新商品の試食を頼まれてたことを思い出したよ」


彼はそう言って、私にビンを見せてきた。


彼が見せてきたビンは、チョコスプレッドだった。


チョコスプレッドとは、チョコレートに牛乳やココアパウダー、植物油、香料などを加えて作られる香りと味の豊かな半液状の製品である。


風味づけとしてトーストやマフィンやピタに、フィリングとしてチョコレートパンやケーキ、菓子類にも使われる。


「これ、来月に出るんですか?」


チョコスプレッドを指差した私に、

「来月の中頃くらいには店頭に並ぶかな」


社長は言った。


「それで、試食って…?」


そう聞いた私に、

「君で試すんだよ」


社長は妖しく笑うと、チョコスプレッドのふたを開けた。


パカッと音がしてふたが開いたそれに人差し指を根元までつけると、私の前に差し出した。


思わず社長の顔を見た私に、

「まずは君から食べてみて」


社長が言った。


「わ、私からですか?」


「ほら、早く」


口をつけようとしない私に、社長が急かしてきた。


そっと舌を出すと、チョコスプレッドがついているその指に触れた。


舌のうえにチョコレートの甘い味がついた。


そっと指の先だけ口に含んだら、その甘い味は舌のうえで広がった。


「まだ残ってる」


「――んっ…」


少しずつ唇をずらして、彼の指についているチョコスプレッドを舐め取った。


「美味しい?」


妖しく笑いながら聞いてきた彼に、私は首を縦に振ってうなずいた。


「食べさせて」


そう言った彼の指があごに触れたかと思ったら、

「――ッ、んっ…」


唇をふさいできた。


「――あっ、んっ…」


口の中に舌が入ってきて、味わいつくすかのようにかき回される。


「――ッ、はっ…」


「うん、絶品」


荒い呼吸を繰り返しながら、彼の妖しい笑みを見つめることしかできない。


「もっと欲しいな…」


「――あっ…」


彼の大きな手がそれまで半脱ぎ状態だったシャツを脱がせた。


パサリと、脱がせたシャツがベッドの下で落ちた音がした。


その音を聞いていたら、彼は人差し指と中指をチョコスプレッドの中に入れてすくった。


「――あっ、やっ…」


私の首筋にそれがついた彼の指が塗られる。


「――これは美味しそう」


「――ひゃっ…!」


そう言った彼の舌が首筋に触れた。


「――あっ、ああっ…」


「――んっ、美味しい…」


舌がチョコスプレッドを舐めている間、両手は背中に回ってブラを外した。


隠すものがなくなって露わになったその胸にもチョコスプレッドが塗られて、

「――ああっ…!」


彼の舌が胸の先に触れた瞬間、私は大きな声を出した。


チョコレートの甘い香りのせいで、頭がクラクラする…。


「――んっ、甘い…」


胸に触れている彼の舌が熱い。


頭がクラクラしているのはチョコレートの中に入っている媚薬作用のせいなのか、それとも彼の舌のせいなのか…どちらにしろよくわからないけれど、躰はもっと彼を求めている。


もっと彼が欲しい、もっと気持ちよくなりたい。


「――んっ、ふっ…」


強弱をつけられて胸の先を吸われたかと思ったら、

「――あっ、ああっ…!」


歯と歯の間に挟むように、胸の先を食まれた。


もう胸だけじゃ足りない…。


「――んっ、何?」


自分の脚を彼の脚に絡ませると、爪先でこすった。


「これは何?


何が言いたいの?」


彼は妖しい笑みを浮かべて、自分の脚をこすっている爪先を見つめる。


わかってるくせに…。


「――ッ、意地悪…!」


呟くように言い返したら、

「何も言わない心愛ちゃんが悪いんでしょ?


ちゃんと言葉で伝えなきゃ、僕は何をしていいのかわからないよ」


妖しい笑みを浮かべながら、彼はさらに言い返したのだった。


「――今日はいつもよりも、意地悪ですね…」


そう言い返した私に、

「そうかな?」


彼はフフッと妖しく笑って返事をしたのだった。


「――き…」


「き?」


「――気持ちよく、してください…!」


「胸を?」


「――む、胸だけじゃなくて、その…」


「えっ、何?」


意地悪!


本当はわかっているくせに、あえて私の口から言わせようとしているその性格が悪い。


とは言っても、躰は彼を求めているから悔しい。


スカートとショーツを全て脱いで、それまで隠していたものを全てベッドの下に落とした。


「――ッ…!」


自分から両脚を大きく広げて、洪水状態のそこを彼に見せた。


「へえ、やるね」


彼が言った。


「――お願いですから、もう…」


「フフッ、その努力に免じて愛してあげる」


「――ッ、ひゃあっ…!」


彼の熱い舌が割れ目をなぞった瞬間、ビクッと私の躰が震えた。


「――あっ、ああっ…!」


上から下へ、下から上へと往復するその舌の刺激に感じることしかできない。


「――腰が揺れてるよ」


こぼれ落ちるその吐息にも感じて、躰は震えて彼を求める。


チュッ…と唇で音を立てて吸われて、ピチャリとわざとらしく水音を立てられて舌を動かされる。


「――甘い…。


いっぱいあふれてくる…」


「――あっ、ひゃああっ…!」


ぬるりと、中に舌を差し込まれたせいで、ビクンと腰が浮いてしまった。


「――やっ、ああっ…!」


もうダメ…!


もう何も考えられない…!


頭の中が真っ白になる…と思った瞬間、彼の舌が止まった。


「――えっ…?」


いきなりのことに戸惑っている私に彼はそこから離れた。


「――あ、あの…」


横になった理由がわからなくて彼に声をかけたら、

「僕はまだ気持ちよくなっていないんだ。


今度は君が僕を気持ちよくしてよ」


彼はそう言って、私の隣で横になった。


「――そ、そんな…」


寸前のところでほったらかしにされてしまったせいで、躰は熱を持ったままである。


こんなのはいくら何でもひど過ぎるよ…。


「ほら、早く」


動こうとしない私に、社長が急かしてきた。


そんなに急かしてこないでよ…。


そう思っていても熱を持ったままの躰を早くどうにかしたくて、私は横になっていた躰を起こした。


彼の頬に両手を添えて、

「――ッ…」


自分から唇を重ねた。


「――んっ、ふっ…」


口の中に舌を入れて、そのままかき回した。


チュッチュッ…と何度も音を立てて、唇を重ねる。


「――ッ、はあっ…」


唇を離して社長の顔を見つめた。


ぼんやりと熱に浮かされたような瞳で私を見つめる彼が恥ずかしくて目をそらすと、首筋に顔を埋めた。


「――んっ、はっ…」


首筋に音を立ててキスをしながら社長のシャツに手をかけると、それを脱がした。


そこから顔をあげるとチョコスプレットに手を伸ばして、そこに人差し指と中指を入れてすくった。


「――んんっ…」


首筋から胸にかけてすくったチョコスプレットを塗りつけた。


感じているのか、彼は声をあげている。


チョコレートの甘い香りと彼の声に誘われるように、舌を出して首筋につけたチョコスプレットをペロッと舐めた。


「――あっ…!」


その瞬間、彼はビクンと躰を震わせて声を出した。


「――んんっ、はあっ…」


チロチロと、ゆっくりと舌を動かしてチョコスプレットを舐めた。


「――あっ、ふうっ…」


首筋から、今度は胸につけたチョコスプレットに舌を移動させた。


「――ああっ…」


舌を動かしてチョコスプレットを舐めている間にベルトに手を伸ばすと、それを外した。


下着と一緒にズボンを脱がすと、胸から顔をあげた。


チョコスプレットは彼の躰についていない。


彼の躰を隠しているものはもうない。


そっと、存在感を出している彼の灼熱に指を滑らせた。


「――あっ…!」


ビクリと震えたその躰を弄ぶように、弱いと言っている灼熱の先をこすった。


「――あっ、んうっ…それは、ない…!」


強弱をつけて先をこすると、彼はビクビクと躰を震わせて熱に浮かされたその瞳を私に向けてきた。


ジン…とお腹の下がまた熱くなって、躰は彼を求めている。


中途半端にされたせいで、躰の熱は冷めるどころかますます熱くなっているような気がする。


社長のまねをするつもりじゃないけれど、もう我慢できない。


彼のうえにまたがると、灼熱の先を濡れている入り口に当てた。


「――えっ…」


突然の私の行動に、社長が戸惑ったのがわかった。


だけど、もう我慢ができない。


この躰の熱をどうにかしたい、早く彼に満たされたい、早く彼と気持ちよくなりたい。


「――んっ、んんっ…!」


ゆっくりと腰を落として、彼の灼熱を中へと迎え入れた。


「――あっ、あああっ…!」


少しずつ彼の灼熱が中に入ってくる。


「――んっ、あっ…!」


灼熱を全て中に収めると、深く息を吐いた。


そっと社長に視線を向けると、彼は私を見つめていた。


「――そこまでしてくれと言った覚えはないんだけどな…」


私と目があった彼は戸惑ったように言ったけれど、どこか嬉しそうだった。


「これは絶景だね、この光景は誰にも見せたくないよ」


社長は妖しく笑いながら言った。


恥ずかしいと言う気持ちは、どこかへ行ってしまった。


「――ッ…」


中に入っている灼熱が大きさを増したような気がした。


呼吸を整えて気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと腰を動かした。


「――ッ…あっ、ああっ…!」


少しは上手になっているだろうか?


それとも、まだぎこちないままだろうか?


「――んっ、ああっ…!」


彼のお腹のうえに両手を乗せて、何度も腰を動かして、中の灼熱をこすりあげる。


「――ああ、これはすごいね…。


なかなかの光景だよ…」


「――ッ、ううっ…!」


潤んだ目を彼の方へと向けると、彼は苦しそうに息を吐きながら私を見つめていた。


私に感じて、私に気持ちよくなっているんだ――そう思ったら、その端正な顔をもっと乱したい衝動に駆られた。


私も他人のことが言えない。


ことあるごとに彼を意地悪だと言っているけれど、いつも言っている私の方が意地悪なのかも知れない。


フッと唇の端をあげて微笑んで腰を動かそうとしたら、

「――ッ…!?」


腹筋の力を使って、彼が勢いよく起きあがってきた。


「――んっ、ああああっ…!」


そのせいで私はベッドのうえに押し倒されて、灼熱が深く奥に入ったその衝撃に声をあげた。


「――あっ、やあああっ…!」


何が起こったのか、全く理解ができない。


視界に入ったのは天井と彼の端正な顔だった。


さっきの苦しそうな顔から一転、彼は妖しい笑みをその顔に浮かべた。


「ごめん、やっぱりやられっぱなしは嫌いなんだ」


唇を動かして、テナーの声で音を発した。


「いつもとは違う君が見れて気持ち的にはとても嬉しいけど、肉体的にはまだまだかな」


彼はそう言って私の片脚を持ちあげると、

「――どうせなら、これくらいの方が満たされるんだよね」


そう言って、彼は中の灼熱を強く突きあげてきた。


「――あっ、ひああああっ…!」


さっきのとは比較的にならないほどの力強さと激しさに、頭がおかしくなってしまいそうだ。


「――んっ、あああっ…!」


このまま意識が飛んでしまいそうだ。


「――心愛…」


彼が私の名前を呼んだかとその顔が近づいてきた。


「――んっ、ううっ…!」


唇が重なって、何度もキスを繰り返される。


「――し…し、ふ…み、さん…!」


繰り返されるキスの中で声を出して、彼の名前を呼んだ。


彼はフッと笑って、

「――君が好きだ…」

と、唇を重ねた。


「――愛してる…」


その言葉を聞いたその後で、

「――ああっ…!」


頭の中が真っ白になって、意識が飛んだ。


意識を飛ばしてしまったのは、これで2度目…だと思う。


「――ッ…」


まぶたが上にあがった瞬間、自分が目を閉じていたことに気づいた。


「ああ、よかった」


目の前にいたのは社長だった。


「――あの…」


喉が渇いているせいで声が出なくて、すぐに咳き込んだ。


「はい、水ね」


社長がペットボトルの水を差し出してきた。


「あ、ありがとうございます…」


彼の手からペットボトルを受け取ると、ふたを開けて口をつけた。


渇いていた躰に水が入り込んでくる。


ペットボトルを口から離すと、

「――私、気を失っていましたよね?」


社長に質問した。


「失っていたよ。


少なく見ても、30分くらいかな?」


社長は私の質問に答えた。


「そ、そんなに…」


「興奮したよ。


君が僕の上にまたがって腰を振っているその姿、すごくエロかったよ」


「や、やめてくれませんか…?」


ことが終わった後に感想を述べられたら恥ずかしくて仕方がありません。


勢いだったとは言え、私は何ちゅーことをしたんだ…。


と言うか、

「詩文さんが寸前でやめたからじゃないですか」


そもそもの発端は、社長である。


頭が真っ白になる…と思った寸前に社長が止めたからである。


「寸止めしてくれたらやってくれるの?」


フッと笑いながら言った社長に、

「やりません!」


私は首を横に振って否定した。


毎回のように寸前で止められたら私の躰が持ちません!


意識が飛ぶだけじゃ済まされません!


「えーっ、やって欲しいなあ。


君が僕に尽力をつくしているその顔とか下から見あげる胸の揺れ具合とか…」


「やめてくださいやめてください」


もうそれ以上言われたら死にそうです…。


クスクスと笑っている社長とは対照的に、私は紅い顔で否定を繰り返した。


「普段とは違う君の一面が見れるから好きなんだけどな。


かわいい君が女王様になって僕を責め立てるんだから」


そう言っている社長がどこか興奮しているように見えたのは、私の気のせいだろうか?


「…詩文さんって、Mですか?」


「んーっ、それはどうなんだろう?


やられっぱなしは嫌いだけど」


…今度は違う意味で、社長の一面を知れたような気がする。


「心愛」


社長が私の名前を呼んで、そっと躰を抱き寄せてきた。


「少し眠ったら、いつか話をしていた指輪を買いに行かない?」


私の左手を手に取って薬指の付け根をなでながら、彼が言った。


「指輪、ですか?」


そう言えば、そんなことを言っていたような気がする。


「同棲を始めてから1ヶ月が経ったし、君にプレゼントを送りたい」


「えっ…?」


そう言った社長に、私の心臓がドキッ…と鳴った。


「今日が1ヶ月だって言うことに気づいていたんですか?」


呟くように聞いた私に、

「当然、気づいていたよ」


社長が答えた。


「その記念に…と言うのは少しおかしいけれど、ここに“僕の”だって言うことを証明できるものが欲しいななんて」


社長はそう言って、薬指の付け根に口づけた。


「――詩文さんは…」


「んっ?」


こんなことを言ったら、引かれてしまうだろうか?


言ってしまって、もし重たい女だって思われたらどうしよう?


唇を閉じている私に、

「何か言いたいことがあるの?」


社長が顔を覗き込んで聞いてきた。


私は閉じていた唇を開くと、

「――詩文さんは、結婚を考えているんですか?」


思っていたことを彼に言った。


社長は驚いたと言う顔で私を見つめてきた。


やっぱり、引いてしまったかも知れない。


「ご…ごめんなさい、忘れてください、結婚なんて先走り過ぎた私がバカでした」


「そんなことを考えてたの?


フフッ、心愛は本当にかわいいなあ」


予想外の返事に驚いたのは一瞬で、社長は私を抱きしめてきた。


「えっ、ええっ?」


今度は私が驚く番である。


「心愛はかわいい、かわいいよ」


社長はすりすりと頬ずりをして甘えてきた。


「ちゃんと考えているに決まってるじゃん。


僕が何にも考えていないと思ってた?」


「お、思ってないですけど…」


何となく指輪にこだわっているから、そんなような気がしたから聞いただけである。


「少し前までは独身を貫くつもりだったけど、今はもう君と早く結婚がしたくて仕方がないよ」


「そうですか…」


「君は結婚したくないの?」


私の反応を不安に思ったのか、社長が聞いてきた。


「私だって詩文さんと結婚できるものならば、結婚したいです」


でも結婚することになったら、会社を辞めなきゃいけないよね?


チョコレートのセレクトショップをオープンしたいと言う夢もあきらめなきゃいけないよね?


そう思っていたら、

「僕は君を家庭に縛りつけるつもりはないから」


社長が言った。


「えっ?」


私の思っていたことを読んでいたようなその言葉に、私は聞き返した。


「君が働きたいならば働けばいいよ。


セレクトショップをオープンするって言う夢をあきらめたくないんでしょ?」


そう言った社長に、私はコクリと首を縦に振ってうなずいた。


「君の夢は目の前で見てた僕が知っているんだから」


ああ、そう言えばそうだった。


就職活動の時の最終面接でチョコレートへの情熱を語る私を、彼は目の前で見ていたんだと言うことを思い出した。


「僕は君の考えを尊重するつもりだよ。


君が結婚をしても仕事を続けたいと言うならば、僕はそれを1つの考えとして受け止めて君を見守る」


「詩文さん…」


「でも…」


そこで言葉を切った社長は私の額に唇を落とした。


「もし困ったことがあったり、悩むことがあったりしたら、その時は僕を頼って欲しい。


君1人で問題を解決しようなんて、間違っても思わないで欲しい。


君はどうも、そう言う危うい一面があるみたいだからね」


「そ、それは…」


「上司として、夫として…そして男として、これからを支えて行きたいって思ってる。


だから、もし何かあったら僕を頼ることを約束して欲しい」


しっかりと考えて、先を見据えているその姿に私の心臓がドキッ…と鳴った。


会社では社長と社員のままだけど、プライベートでは恋人から夫婦になるのだ。


彼は私の夢を理解して、私のことを考えてくれる。


きっと、彼とは公私共にいい関係を築きあげることができるかも知れない。


私は社長を見つめると、

「はい」


首を縦に振って返事をした。


「ありがとう、心愛」


私の返事に社長は微笑んで、額にキスをしてくれた。


「あの、詩文さん」


彼の唇を額に感じながら、私は彼の名前を呼んだ。


「どうした?


何か不安なことでもあるのか?」


そう聞いてきた彼に、

「その結婚…とか、婚約って周りに報告をしますか?」


私は社長に聞き返した。


「それは、どう言う意味なんだ?」


「その…私たちの関係も周りに隠していたから、これを機に周りに打ち明けるのかなって。


当然のことながら、お互いの両親にも報告をするんですよね?」


「隠していたと言う自覚はないけれども、報告だけはした方がいいかも知れないな。


そうだ、君の両親にもあいさつをしないといけなかったな。


早い方がいいか?」


思い出したと言うように言った社長に、

「そうですね、遅くても今週末までに空いている日を両親に聞いてきます」


私は返事をした。


「ああ、頼むよ」


「あの…私も、詩文さんの両親にあいさつをしに行かないとダメですよね?」


そう聞いた私に、

「父は今は海外にいるんだ。


いつ帰国するかわからないから、僕の方から直接伝えておくよ」


詩文さんが答えた。


「そうですか、詩文さんのお父さんに会えるのを楽しみに待ってます。


帰国する日が決まったら教えてくださいね」


私は言った。


「うん、わかった。


それで何だけど、来週の休みは空いてる?」


そう聞いてきた社長に、

「空いてますけど、何かあるんですか?」


私は聞き返した。


社長はギュッと私を抱きしめると、

「僕の母に会って欲しいんだ」

と、呟くように言った。


「詩文さんのお母さんにですか?」


「うん」


社長のお父さんは海外に住んでいるけれど、社長のお母さんは日本にいるんだ。


そんなことを思いながら、

「いいですよ、楽しみにしてますね」


私は先ほどと同じように首を縦に振って返事をした。


「ありがとう、心愛」


社長は私にささやくようにお礼を言った。


話でしか聞いたことがなかった彼のお母さんに会えることが楽しみだった。


どんな人なんだろう?


そう思っていたら、

「何か楽しいね」


社長が言った。


「楽しいですか?」


私が聞き返したら、

「こうしていろいろと話しあって、これからがとても楽しみだなって思って。


君と出会わなかったら、僕は何も知らないままだっただろうね」


社長が答えた。


「心愛に出会えたことを本当に、心の底から感謝してるよ」


「詩文さん…」


社長と目があって、引き寄せられるようにして、お互いの唇を重ねた。


唇を離すと見つめあって、コツンとお互いの額を当てた。


「――私も、詩文さんと出会えてよかったです」


そう言った私を、

「心愛…」


彼は愛しそうに、私の名前を呟いた。

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