ガナッシュの恋心

時計に視線を向けると、10時を過ぎたところだった。


こんな時間に、一体誰がきたと言うのだろうか?


ピーンポーン


出てこない私にチャイムがもう1度鳴った。


モニターに歩み寄って誰がきているのかの確認をしたら、

「し…!?」


社長だった。


えっ、どうして?


社長がきていることが信じられなくて、私は玄関に行くとドアを開けた。


「心愛…」


社長が私の名前を呼んだかと思ったら、中に入ってきた。


「――ッ…」


久しぶりに重なった唇に、私の躰が震えた。


唇が離れると、

「詩文さん、どうして…?」


私は彼に声をかけた。


「おばあちゃんの具合は大丈夫だった?」


「えっ?」


そう聞いてきた彼に思わず聞き返してしまった。


「あっ…!」


そうだ、おばあちゃんの具合が悪いからって言って逃げたんだ。


「心愛?」


名前を呼んできた社長に、

「げ、元気です!


大丈夫でした、心配してくれてありがとうございます」


慌てながらだけど、私は言った。


「それで、あの…」


「君に会えなくて寂しかったから、こうして会いにきたんだ」


言いかけた私をさえぎるように、社長が言った。


「中の方に入らせてもらってもいいかな?」


そう聞いてきた社長に、

「はい、どうぞ…」


私は返事をした。


ワンルームの部屋に社長がいるなんて、何だか変な感じだ。


「思った以上に狭いんだね」


「1人で暮らしているので…」


「はい、おみやげ」


社長はそう言って私に何かを渡してきた。


赤い箱だった。


「これって、『キルリア』の商品ですよね?」


その赤い箱に見覚えがあった私は社長に聞いた。


「君が面接の時に好きだと言っていたガナッシュだよ」


社長はそう言って、床のうえに腰を下ろした。


私も彼の隣に腰を下ろした。


「“我が社の商品の中で1番好きなものはありますか?”って聞いた時、君はこのガナッシュが好きだって熱く語っていたじゃない」


「そうでしたね」


チョコレートの一種で、チョコレートを生クリームやバター、牛乳、洋酒などと混ぜあわせて用途に応じて硬さを調整したチョコレートクリームがガナッシュである。


水分が多く、他のチョコレート生地と比べて消費期限が短いと言うのが難点だ。


主にトリュフのフィリングや生チョコレート、オペラのアイシングとして使用されている。


「あの、開けてもいいですか?」


早く箱を開けて、早く食べたい。


こんな遅い時間に甘いものを食べるのは気が引けるけど、チョコレートとなったら話は別だ。


「君が答えてくれるなら」


社長が言った。


「えっ?」


答えてくれるならって、どう言うことなんだろう?


そう思っていたら、

「ウソをついて、逃げてたんだよね?」


社長が笑いながら聞いてきた。


その笑みは、抱きあっている時に見せるあの妖しい笑みではない。


口元はわずかながらに微笑んでいるけど、目は笑っていない――いわゆる、最も怖いタイプの笑顔である。


「は、はい…?」


「おばあちゃんは、具合悪くないよね?」


ば、バレている…。


ゾクッと、背筋が凍ったのを感じた。


「…おばあちゃんは、私が高校生の時に亡くなりました」


呟くように、私は社長に白状した。


「ああ、そうなんだ。


それで、何で亡くなったおばあちゃんを使ってウソをついたの?


ウソをつくのはダメだって、子供の頃に先生や両親からそう教わらなかった?」


「お、教わりました…」


そそっと後ろへ逃げようとしたら、

「話はまだ終わってないよ?」


社長がその距離をつめてきて、髪の毛に触れてきた。


洗って乾かしたばかりと言うこともあり、髪の毛はサラサラと社長の指をすり抜けた。


これは、もう逃げられない…。


もう全てを白状するしか他がない。


「――ご、ごめんなさい!」


私は土下座をする勢いで社長に頭を下げて謝った。


社長を避ける理由となったこの間の昼休みの出来事を全て話したら、

「なるほど」


社長は首を縦に振って返事をした。


「それで…詩文さんは、本当は私のことをどう思っているんですか?」


そう聞いた私に、

「恋人だと思っているよ」


社長は答えてくれた。


その答えとその思いを素直に言ってくれて、私は嬉しくなった。


だけど、

「でも、誰ともおつきあいをしないって…」


そのことが私の心の中でまだ引っかかっている。


「そう思っていたよ」


すぐに返事をした社長に、私は目をそらすようにうつむいた。


「君に出会うまでは」


続けて返事をした社長に私は視線を向けた。


「私に出会うまでは…?」


それはどう言う意味なのだろうか?


「飛永の血筋を絶やさないためだけに、愛人にさせられた母がかわいそうだった。


母を犠牲にした飛永が許せなくて、飛永に復讐するために、その血筋を絶やそうと思ってた」


それは苦しそうに、社長が言った。


「詩文さん…」


だから、誰ともつきあわなかったんだ…。


「でも、最終面接の時にチョコレートへの情熱を語る君のその姿を見て考えが変わった」


社長が私を見つめた。


「子供の頃からチョコレートが好きで、特に『キルリア』のガナッシュが好きだと熱く語っている君を素敵な人だと僕は思った。


純粋にチョコレートへの愛を語っている君を、僕は好きになったんだ。


君のそばにいたい、君を僕のものにしたい――僕は君を見て、そう思ったんだ」


そう話をした彼に、私の心臓がドキッ…と鳴った。


「3月に仕事であの店を訪れた時に君に再会した時、今しかないと僕は思った。


それで、君をあの場所から連れ去って…」


社長は言い過ぎたと言うように唇を閉じると、私を抱きしめた。


「飛永への復讐に囚われていた僕を、母を哀れに思っていた僕を救ってくれたのは、君だ。


君は、35年間の人生で見つけた宝物なんだ」


「――詩文さん…」


「もう君がいない人生は、考えられないんだ…」


震えたその背中に両手を回して、彼を抱きしめた。


「私も、あなたがいない人生は考えられません…。


あなたが好きなんです…」


「――心愛…」


社長が私を見つめた。


「――好きです、詩文さん」


「僕も好きだよ、心愛」


先に顔を近づけたのは、どちらの方からだったのだろう?


引き寄せられるようにして、お互いの唇を重ねた。


唇が離れると、またお互いの躰を抱きしめた。


「あっ」


そう言った私に、

「どうかした?」


詩文さんが顔を覗き込んで聞いてきた。


「ガナッシュ、食べてもいいですよね?」


もう全て答えたからガナッシュを食べてもいいはずだ。


そもそも、答えたら食べてもいいと言う約束をしていたのだから。


そう思ってガナッシュの箱に手を伸ばそうとしたら、

「ダメ」


その手は社長に取られてしまったうえに、箱を遠ざけられてしまった。


「えっ、何で?」


もう全て答えたじゃない!


答えたら食べてもいいって言う約束だったじゃない!


「逃げた理由はわかったけど、ウソをついたことはまだ許していない」


そう言った社長は、妖しい笑みを浮かべていた。


「は、話が違うじゃないですかー!?」


その笑みに向かって言い返した私に、

「僕は食べていいとは言ってない」


社長はさらに言い返した。


な、何ちゅー展開だ…。


そう思ったけれど、確かに彼は“食べていい”とは一言もいっていなかった。


「詩文さん、意地悪ですね…」


呟くようにそう言った私に、

「僕の性格が意地悪だと言うことを知ったのは、君だよ。


君がことあるごとに僕のことを“意地悪”って言うからね」


社長は言い返した。


「じゃあ、鬼で」


「僕は人間だ」


そう言う意味で言った訳じゃありません。


「どうすれば許してくれるんですか?」


そう聞いた私に、

「そうだな…」


社長はそう呟いて腰をあげると、ベッドのうえに座った。


えっ、何ですか?


そう思いながら社長に視線を向けたら、彼は妖笑を浮かべて私を見つめてきた。


「君が僕に尽力をつくしてくれるって言うなら許してあげてもいいよ?」


「なっ…!?」


な、何ちゅーことを言うんですか!?


「…私が尽力をつくす、ですか?」


「できないなら、ガナッシュはお預けね?」


そ、そうきましたか…。


「僕は何もしないから」


社長は降参をするように両手をあげると、すぐに下ろした。


本当に、何もしないようだ。


意地悪だ。


「――わ、わかりました…」


呟くように返事をした私に、

「頑張ってね、心愛ちゃん」


社長はフフッと笑いながら返事をした。


えらそうだ。


床から腰をあげると、ベッドに座っている社長にまたがった。


ギシッ…と、ベッドが大きく深く沈んだ。


シングルサイズのベッドに大人2人が乗っているから、こうなるのは当然のことである。


「――ッ…」


私を見つめてきた社長から目をそらすように、彼と唇を重ねた。


「――んっ…」


首の後ろに両手を回して、重ねている唇を深いものへと変えて行く。


「――んんっ…」


口の中に舌を入れて、かき回すようにして舌を動かした。


キスをしているだけなのに躰が熱くなって、お腹の下がジン…となった。


躰は社長を求めている。


早く彼と気持ちよくなって、彼と繋がりたいと言っている。


「――ッ、はっ…」


離れたお互いの唇の間を引いていたのは、銀色の糸だった。


それを見つめている彼の視線が恥ずかしくて、隠すようにしてまた唇を重ねた。


チュッ…と何度も音を立てながらキスをして、ジャケットに手をかけて脱がした。


唇を離すと、

「――詩文さん…」


そう呟いて彼の首筋に顔を近づけて、キスをした。


シュルリと首に巻いているネクタイを外して、シャツに手をかけた。


さっきと同じように音を立てながら首筋にキスをして、シャツのボタンを外した。


シャツを脱がせたら、彼は上半身裸になった。


体型的には華奢だけど、躰は意外にも筋肉質である。


胸板に顔を近づけようとしたら、

「――えっ、待っ…!?」


彼の手がパジャマにかけられていることに気づいた。


「君も脱いでくれないと困るんだけど」


「な、何もしないって言ったじゃないですか…」


私がそう言ったら、

「手は出さないって言ってないよ」


彼は言い返した。


パジャマを脱がされて、

「――んっ…」


胸に社長の顔が埋められたかと思ったら、背中に彼の両手が回った。


プチン…


その両手はブラのホックを外した。


「――あっ…」


外されたブラを脱がされて、胸を隠すものはなくなってしまった。


「――もうこうなってる…。


自分からキスして、服を脱がせたから興奮したの?」


「――ち、違っ…」


「美味しそう…」


「――あっ…」


胸の先を口に含まれて、ビクッと躰が震えた。


軽く歯を立てられて、舌のうえでコロコロと転がされたかと思ったら、強弱をつけて吸われる。


もう片方の胸にも手が触れて、強弱をつけられて揉まれる。


「――あっ、ああっ…」


指でつままれて、爪を立てられて、かと思ったら弾かれて…胸の先の刺激はあまりにも対照的過ぎて、彼にまたがっているその脚が震えているのが自分でもわかった。


胸の先の刺激で、もうどうにかなってしまいそう…。


そう思った時、

「――ああ、君が尽力をつくすんだったね」


彼がそう言って胸の先に刺激を与えるのをやめた。


「――えっ、なっ…」


「僕が欲しいと思っているんだったら頑張ってよ」


彼は妖しい笑みを浮かべて、下から私を見あげていた。


「――い、意地悪…!」


そう言った私に、

「何とでもどうぞ」


社長は妖しく笑って言い返した。


もうこうなったら、とことん尽力をつくして社長を降参させてやる!


彼の胸に顔を近づけて、キスをした。


「――んっ…」


ビクンと彼の躰が震えたので、感じてくれたんだと言うことを理解した。


胸や肩に何度も唇を落としながら、彼の下半身に手を伸ばした。


「――ッ…」


ズボン越しに感じたそれに視線を向けると、彼の灼熱だった。


いつ見ても、存在感がすごい…。


ベルトに手をかけると、それを抜き取った。


ズボンを開けて前をくつろがせると、下着越しから彼の灼熱を握り込んだ。


「――あっ…」


ビクンと、彼の躰が震えて声をあげた。


「――脱がせてもいいですか?」


下着越しの灼熱を感じながら聞いた私に、

「尽力をつくすのは君なんだから…」


震える声で、彼は言い返した。


脱がせていいとそう解釈すると、まずは彼のズボンと靴下を脱がせた。


それをベッドの下へと落とすと、下着越しの灼熱に視線を向けた。


試しに下着の上から灼熱に手を伸ばしてこすると、

「――あっ、はっ…!」


彼はビクッと躰を震わせて息を吐いた。


先ほどまでの妖しい笑みを浮かべていた彼とは違うその姿をもっと見ていたくて、今度は下着の中に手を入れると灼熱に直接触れた。


「――んっ、はっ…」


彼はビクンと躰を大きく震わせた。


熱を持っているそれは、私が触れたことによってさらに固さと大きさを増した。


「――あっ、ふうっ…」


先の方を握り込んでこすると、彼は震えながら声をあげた。


「――ダメ、はあっ…!」


「――ひゃっ…!?」


彼の手がパジャマのズボンに触れていることに気づいた。


「――えっ、あの…」


「僕ばっかりは、いくら何でも不公平過ぎる…」


「――あっ…」


彼の手がズボンを脱がせたかと思ったら、ショーツの隙間に指が入ってきた。


「――あっ、やっ…!」


「――ああ、もうこんなに濡れてる…。


僕のをさわって、そんなにも興奮した?」


「――やっ、違っ…」


妖しい笑みを浮かべている彼に、フルフルと首を横に振って否定をした。


「――あっ、ああっ…!」


割れ目をなぞるその指がじれったい。


「――中に、僕の指が欲しいんだよね?」


「――んっ、あっ…!」


彼の指が中に入ってきた瞬間、ビクッと躰が震えた。


「何日か経ってるからどうかなと思ったけど、案外入るものなんだね」


「――んっ、んんっ…!」


確かめるように中をかき混ぜてきた彼の指に、どうにかなってしまいそうだ。


「――あっ、ああっ…んっ!」


ずるりと、彼の指が中から出て行った。


「――えっ…?」


思わず彼に視線を向けたら、

「ほら、続き」


妖しい笑みを浮かべた彼はポンと私の太ももをたたいて促してきた。


「――意地悪…!」


彼をにらみつけてそう言ったら、

「はいはい、でも涙目でにらみつけても何の意味がないよ?」


彼は言い返したのだった。


もうどうなったって知らないんだから!


本当に降参って言うまで尽力をつくしてやるんだから!


そう心に誓って彼の下着に手をかけると、脱がせた。


彼の躰にまとっているものは、もうなくなった。


「――んっ…!」


灼熱に指を触れると、彼の躰が震えた。


それを見ながら私は自分のショーツに指をかけると、それを脱いだのだった。


私の躰にもまとっているものはなくなった。


彼の頬を挟むように手を当てると、

「――ッ…」


自分から彼と唇を重ねた。


彼の唇を感じながら、先ほどまで指が入っていたそこに灼熱を当てた。


「――んっ…!」


灼熱の先を中へ迎え入れた瞬間、躰がビクッと震えた。


唇を離して、息を吐きながら彼の顔を見つめた。


「――へえ…」


そう返事をした彼に答えるように、私は腰を沈めて灼熱を中へと進めた。


「――あっ、はあっ…!」


何日かぶりに中へと入ってきた灼熱に息を吐きながら迎え入れた。


「――あっ…」


入れただけなのに、呼吸が荒かった。


でもまだ終わる訳にはいかない。


彼の肩に両手を置くと、私は息を吐いた。


「――んっ、はあっ…!」


ゆっくりと腰をグラインドさせて、中に入っている灼熱を動かした。


「――あっ、んっ…!」


我ながら動きがぎこちない。


だけど、妖しい笑みを浮かべているその顔を崩してやりたいと思いながら腰を動かした。


その時、

「――あっ、あああっ…!」


下から彼が突きあげてきたので、私は何が起こったのか状況を理解できなかった。


「もう少しだけ君のその姿を見たかったけど、いいものが見れたからもうこれくらいで許してあげる」


「――あっ、はあっ…!」


妖しい笑みを浮かべている彼の指が胸の先をさわったかと思ったら、ギュッとそれをつまんできた。


「――あっ、ああっ…!」


彼の両手が背中に回ってきて、ギュッと抱きしめられた。


「この体勢、とてもいいね。


君の顔が見れるし、こうして抱きしめることができるし…何より、密着してるって言う感じがする」


「――あっ、んんっ…!」


下から突きあげられる灼熱に躰が震える。


「いい眺め。


大きな胸が揺れてて、いい感じ」


「――あっ、んあっ…!」


妖しく笑っている彼に視線を向けると、顔を近づけた。


「――んっ…」


唇を重ねたその瞬間、本当に彼とひとつになれたような気がした。


このまま、彼と溶けあってしまいそうだ。


唇を離して彼を見つめると、

「――心愛…」


彼が私の名前を呼んだ。


「――詩文さ、ああっ…!」


中を突きあげている灼熱が激しく動いた。


「――ッ、あっ…!」


社長が声をあげたその瞬間、

「――あっ、あああああっ…!」


頭の中が真っ白になって、躰がビクンと大きく震えた。


社長は私を強く抱きしめると、深く息を吐いた。


熱くなった躰に冷たいシーツが心地よかった。


「――ッ、はあっ…」


呼吸をして躰を落ち着かせながら、天井を見つめた。


自分で言うのもおかしいけれど、私も私でよくやったな…。


自分から社長に乗るとか、我ながら本当に何をしているんだ…。


カサカサと箱を開ける音がしたので視線を向けると、社長がガナッシュの箱から中身を取り出していた。


「――あっ…」


そう呟いた私に、

「はい、お待ちかねのもの」


社長はガナッシュを私の口に入れてきた。


「――むぐっ…」


口の中に広がった滑らかな触感のミルクチョコレートが、火照った私の躰を癒した。


「面接の時も思ったけど、本当にチョコレートが好きだね」


社長はそんな私を見ながら、同じようにガナッシュを口の中に入れた。


「大好きですよ、幸せな気持ちになれますから」


ガナッシュの甘い味を舌のうえで堪能しながら、私は言った。


「幸せな気持ち?」


そう聞いてきた社長に、

「甘いものを食べると、幸せって思いませんか?」


私は聞き返した。


社長はピクリとキレイに整えられた眉を動かすと、

「僕と一緒にいる時は、幸せじゃないの?」

と、聞いてきた。


「えっ、はい?」


その意味がよくわからなくて、私は首を傾げた。


「もう1つ食べていいですか?」


そう聞いてガナッシュに手を伸ばそうとしたら、

「ダメ」


社長はそう返事をして箱を遠ざけた。


「えっ、何でですか?


確かにこんな真夜中に甘いものはダメだとは思いますけど、チョコレートは別です。


それにチョコレートには神経を安定させる作用があって安眠をすることが…」


「君のチョコレートに関するウンチクは聞いていない」


私の話をさえぎるように、社長がピシャリと言い放った。


社長の端正な顔が近づいてきて、

「――ッ…」


唇を重ねられた。


「――し、詩文、さ…」


名前を呼んだその瞬間を待っていたと言うように彼の舌が口の中に入ってきたかと思ったら、口の中をかき回してきた。


「――んっ、ふっ…」


チョコレートの味がするキスに、彼も一緒にチョコレートを食べていたことを思い出した。


ああ、そう言えばチョコレートには媚薬効果もあったんだ…と、頭の中でそんな豆知識を同時に思い出した。


「――ッ、はあっ…」


離れた唇からこぼれ落ちたのは、熱い吐息だった。


「――詩文、さん…?」


名前を呼んだら、

「――僕はまだ心愛不足なんだ」

と、彼が言った。


「――わ、私不足ですか…?」


呟くようにそう聞いた私に、

「何日か我慢させられていたからね。


もう少しだけその補充をさせて欲しいよ」


彼は妖しく笑いながら答えた。


「ぜ、絶倫ですね…」


さっきまで抱きあっていたのに、何と言う体力の持ち主なんだ…。


ああ、でも抱きあっていたと言っても彼はほとんど何もしていなかった。


「そうかもね。


でも、僕が絶倫だと言うことを知ったのは君とつきあってからだよ」


社長は妖しく笑いながら言い返した。


「えっ…?」


私とつきあってから…?


そう思いながら社長の端正な顔を見つめたら、

「僕は文字通り、女性とおつきあいをしたことがないんだ」


社長が言った。


「それは、つまり…」


「俗に言う“童貞”だな」


ですよね…。


「じゃあ、詩文さんの初めては…」


「片山心愛、君だね。


君が僕の初めてをもらったんだよ」


社長はそう言うと、

「――ッ…」


また唇を重ねてきた。


唇が離れると、

「――私も、一緒です…」


私は言った。


「えっ?」


訳がわからないと言うように聞いてきた社長に、

「――私も、詩文さんが初めてです…」


呟くように、私は返事をした。


「本当?」


そう聞いてきた社長に、

「はい」


私は首を縦に振ってうなずいた。


「私の初めては詩文さんです」


そう言った私に、

「じゃあ、僕らはお互いの初めてをもらった…と言うことになるんだね」

と、社長が言った。


「そのようですね」


そう返事をした私に社長は笑うと、

「――ッ…」


また唇を重ねてきた。


すぐに唇が離れたかと思ったら、

「それで…」


社長がトンと、人差し指を私の唇に当てた。


「君は僕とチョコレート、どっちが好きなんだい?」


「…えっ?」


聞かれた私はよくわからなかった。


「えーっと、それは…?」


「チョコレートを食べている時が幸せだって君は言ってたけど、それって僕と一緒にいる時は幸せじゃないって言うことだよね?」


社長は首を傾げて私を見つめた。


今のって、“仕事と私、どっちが大事なの!?”的なことを言われたんですよね?


ドラマやマンガでよく聞いていたこのセリフを、まさか現実で、それも自分が聞かれることになってしまうとは…。


「…詩文さん、チョコレートに嫉妬しているんですか?」


そう聞いた私に、

「傍から見たらそうなるのかもね」


社長はそう返事をすると、

「――あっ…」


華奢なその指で、胸の先を弄んできた。


強弱をつけられて引っ張られて、弾かれて、つままれて、彼の指先は弄んでくる。


「――んっ、ああっ…」


「チョコレートへの愛があふれているって言うのはいいことだけど、僕への愛がないって言うのは寂しいな」


「――んっ、ひゃっ…!」


もう片方の胸の先が口に含まれたかと思ったら、同じように弄んできた。


吸われて、軽く歯を立てられて、舌のザラついている部分で舐めたりと…ガナッシュで癒されたはずのその躰がまた熱でぶり返してきていた。


「――んっ、詩文さん…!」


対照的過ぎる胸の先への刺激に、もうどうにかなってしまいそうだ。


「君は僕とチョコレート、どっちが好きだって言うんだ?」


「――ああっ…!」


ツッ…と、その指先が割れ目をなぞっていることに気づいた。


「ここ、もう大変なことになってるよ?


胸への刺激で興奮した?」


「――あっ、んっ…」


自分でも、そこが洪水状態なのはわかっている。


早く彼にさわって欲しい、気持ちよくなりたいと、躰が叫んでいる。


そんな私に彼は気づいているのか、それとも気づいていないのか。


彼は妖しく笑うと、

「でも君は、見られた方が興奮するんだよね?」


そう言って、私の両足首をつかんでグイッと大きく開かせた。


「――やっ、ダメ…」


彼の視線はそこに注がれている。


「あふれてるね」


彼はそう言うだけで、一切触れようとしなかった。


「あーあ、こんなにもあふれさせちゃって…」


「――やっ、もう…」


脚を閉じたくても、彼がその手を持っているせいで隠すことができない。


唇はおろか指すらも触れてくれない彼は、ただ見ているだけである。


それが恥ずかしくて両手で顔をおおって隠した。


唇を開いて、

「――の…」


呟くように、私は言った。


「えっ?」


私の呟いた声は、彼の耳に届かなかったようだ。


もう1度唇を動かすと、

「――詩文さんが、好きなの…」


音を発して、彼に告げた。


「――チョコレートは好きだけど、それと同じくらいに詩文さんのことも好きなの…」


あなたが好き。


チョコレートも好きだけど、あなたも好き。


「わがままだね、僕もチョコレートも好きだなんて」


そう言った彼がクスッと笑った。


「――わ、わがままだもん…。


詩文さんもチョコレートも、好きなんだもん…」


「わがままな心愛も好きだから、許してあげる。


嫉妬してごめんね」


「――ひゃっ…!?」


それまで視線が注がれていたその場所に、彼の唇が触れた。


その刺激に顔を隠していた両手を離したら、

「ああ、僕を見てくれた」


私と目があった彼は、妖しく微笑んだ。


「――あっ、ああっ…!」


敏感になっている蕾を唇で挟まれて、チュッと吸われた。


「――んっ、ひゃっ…!」


柔らかく、温かい舌がなぞってくるその感触にビクッと躰が震える。


もっと気持ちよくなりたい…。


そんなことを思ってしまった私は、自分でもふしだらだと思った。


「――あっ…し、詩文さん…」


「――んっ、どうしたの?」


「――詩文さんの、が…」


「ここに?」


「――ああっ…!」


何が起こったのかわからなかったけど、中に彼の指が入れられたことに気づいた。


「――やっ、違っ…」


フルフルと首を横に振っている私を彼は見つめていた。


「――指じゃなくて、詩文さんの…」


「ああ、そう言うこと…」


ずるりと彼の指が中を出て行ったかと思ったら、そこに彼の灼熱が触れた。


「――んっ…」


先が触れただけなのに、躰はビクッと震えて反応した。


まだ入っていないのに感じてしまったその躰は、もうすっかり彼の虜なんだと言うことを知らされた。


「――心愛…」


「――あっ、あああああっ…!」


灼熱は一気に、それも強引に中に入ってきた。


「――んっ、ヤバい…」


彼は苦しそうに息を吐いた。


「――あっ、はあっ…」


「そこまで締めつけられると、ヤバい…。


もうどうにかなりそう…」


私の方がもうどうにかなっちゃいそうだよ…。


彼と一緒に気持ちよくなって、彼と繋がっているんだから…。


「泣いてる…」


彼がそう呟いて頬に指が触れた時、私は自分が涙を流していたことに気づいた。


「僕がいじめ過ぎたから泣いたの?


それとも、いきなりがっついたから?」


悲しそうに眉を下げて聞いてきた彼に、私はフルフルと首を横に振って答えた。


「――詩文さんが好きだから…」


呟くように、私は返事をした。


「――詩文さんが好きだから、詩文さんと繋がって嬉しいから、泣いてるの…」


そう言った私に彼は目を細めると、

「――僕も好きだよ…」


そうささやいて、中の灼熱を動かしてきた。


「――あっ、ああっ…!」


「――ッ、はあっ…!」


彼は腰を動かして、灼熱を突いてくる。


本能なのか、それとも彼と少しでも共有したいのか――自分でもよくわからないけれど、私も一緒に腰を動かしていた。


「――んっ、ああっ…!」


頭の中が、だんだんとぼんやりし始める。


「――心愛…!」


彼が私の名前を呼んで抱きしめたのと同時に、私も彼の背中に両手を回した。


「――あっ、あああっ…!」


その瞬間、頭の中が真っ白になって躰が大きく震えた。


カーテンの隙間から見える白み始めてきた空に、もうすぐで朝がくることに気づいた。


時計に視線を向けると、もう5時を過ぎたところだった。


もちろん、朝の方である。


当然のことながら、一睡もしていない。


今日が休みでよかった…。


荒い呼吸を繰り返して熱くなった躰を冷ましながら、私はそんなことを思った。


「――心愛」


名前を呼んだその声に視線を向けると、社長が私を見つめていた。


「――詩文さん…」


私が名前を呼んだことに彼は微笑むと、唇を重ねてきた。


すぐに唇が離れたかと思ったら、

「――君が好きだ」


彼は言った。


「私もですよ、詩文さん」


そう返事をした私を彼は抱きしめてきた。


「シングルベッドって狭いね」


そう声をかけてきた彼に、

「1人で寝るものですから」


私は言い返した。


「まあ、この部屋にキングサイズは難しいだろうな」


そう言った彼に、

「仮に置いたら私はどうやって生活しろと言うのですか?」


私はさらに言い返した。


ジョーダンじゃないよ、本当に。


「ごめん、言い過ぎた」


社長はそう言って額にキスをくれた。


「さっきも思ったんですけど、詩文さんっていじめっ子なんですね」


私は言った。


「どうもそうらしいね。


僕が意地悪でいじめることが好きなことに気づいたのは、君とつきあってからだな」


「…そう言うのを、世間では“ドS”と言うらしいですよ」


今の今まで自分の性格に気づかなかったんですね…。


本当に、今の今まで誰ともおつきあいをしたことがないんですね…。


「ドSな僕は嫌い?」


そう聞いてきた社長に、

「…嫌いじゃ、ないです」


呟くように、私は返事をした。


「フフッ、かわいいよ」


社長はそうささやいて、私の頬にキスをしてくれた。


「あの…もう、寝ませんか?」


サワサワと肌をさわっている彼の手に気づいた私は、そう聞いた。


「もう、寝たいです…」


私は言った。


「起きたら?」


「おやすみなさい」


社長から逃げるように、私は目を閉じた。


「あっ、コラ」


社長の背中に両手を回して、彼の胸に顔を埋めた。


「――ッ、仕方ないな…」


彼はそう呟いて、私が眠ることを許してくれた。


「君に出会わなかったら、僕は何も知らないままだったかもね。


自分が意地悪で、こんなにも独占欲が強かったことに気づかなかったよ」


社長がそう呟いて、私の髪をなでてきた。


「もう君を離さないよ」


チュッ…と、額に彼の唇が触れた。

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